第4章 初めてのゲーム実況
翌日。
エレノアの部屋には、見慣れない道具がいくつか並べられていた。
魔導水晶。
操作用の小型端末。
そして――魔導ゲーム用の接続装置。
「……こうして並べると、なかなか壮観ですわね」
思わず呟く。
普段の優雅な室内とは、どこか趣が違う。
「お嬢様、本当にこちらをお使いになるのですか」
ミレイユが少し不安そうに尋ねる。
「ええ。昨日、視聴者の皆様にお約束してしまいましたもの」
エレノアは柔らかく微笑む。
「それに……少々興味もありますの」
未知のものに触れる感覚。
それは貴族としての教育の中では、あまり経験することのない種類のものだった。
「何事も経験、ですわ」
軽くそう言って、エレノアは装置に手を伸ばす。
ゲームのタイトルは――「アビス・ラビリンス」。
魔導技術で構築された仮想の迷宮を探索する、高難度のダンジョン型ゲーム。
初心者にはやや過酷。
だがその分、達成感も大きい。
(……と、説明には書いてありますわね)
エレノアは説明書を閉じる。
正直なところ、ほとんど理解していない。
だが問題はない。
「実際にやってみれば分かりますわ」
どこか前向きすぎる結論を出し、彼女は配信の準備に入った。
夜。
月明かりが差し込む中、エレノアはいつもの位置に座る。
ほんの少しだけ緊張がある。
だが、それは昨日までとは違う種類のものだった。
“期待に応えたい”という感覚。
「……配信、開始」
水晶が光り、画面が展開される。
視聴者数:20
「ごきげんよう皆様。本日もお越しいただき、ありがとうございます」
自然と、いつもの挨拶が出る。
「本日は……皆様からご提案いただきました“ゲーム”に挑戦してみたいと思います」
コメントが一気に流れる。
『きた!』
『待ってた』
『初見プレイか』
「ええ、まったくの初めてでございます」
正直に答える。
『大丈夫か?』
『詰むぞこれ』
不穏なコメントが混じる。
エレノアは一瞬だけ首を傾げた。
「……詰む、とは?」
『すぐやられる』
『死にゲー』
「まあ」
小さく息を吐く。
(少々難しいのかもしれませんわね)
だが、むしろそれで良い。
「それでは……参りましょう」
装置に触れ、意識を接続する。
次の瞬間、視界が切り替わる。
石造りの通路。
薄暗い灯り。
どこまでも続く迷宮。
「……これが、ゲームの世界」
思わず声が漏れる。
『始まった』
『うわ初心者装備』
「初心者装備、ですのね」
自分の姿を見下ろす。
簡素な剣と防具。
確かに頼りない。
「では、慎重に進むことにいたしましょう」
一歩、前へ。
その瞬間――
床が光る。
「……え?」
次の瞬間、足元から罠が作動。
爆発音。
視界が揺れる。
「きゃあああっ!?」
完全に素の悲鳴が飛び出す。
視聴者数:35
『草』
『いきなりww』
『罠だよそれ!』
「ちょ、ちょっとお待ちなさい!?」
慌てて後退する。
心臓が早鐘を打つ。
(な、何ですのこれは……!)
だがコメントは止まらない。
『前見て』
『そこ危ない』
「前、ですわね……!」
言われるままに視線を上げる。
すると――壁が動く。
「えっ」
押し潰される。
「嘘でしょう!?」
またしてもダメージ。
視聴者数:50
『wwwww』
『テンポ良すぎ』
「これは……少々理不尽ではありませんこと!?」
必死に言い返す。
だが、その声にはどこか楽しげな響きが混じっていた。
何度も失敗する。
罠にかかり。
敵に囲まれ。
逃げ惑う。
その度に、コメントが飛ぶ。
『右!』
『回避!』
『攻撃!』
「右……!?」
慌てて動く。
剣を振る。
かろうじて敵を一体倒す。
「……やりましたわ!」
小さな成功。
だがその瞬間、コメントが一斉に流れる。
『ナイス!』
『いけるいける』
視聴者数:70
エレノアは息を整える。
(……皆様の言葉で、動けている?)
一人では対処できなかった状況。
それが、コメントによって変わる。
まるで――共に戦っているかのように。
「皆様、お力をお貸しいただけます?」
自然と、言葉が出る。
その瞬間。
コメントの速度がさらに上がる。
『任せろ』
『ここはこう』
『ボス来るぞ』
「ボス……?」
その言葉に、空気が変わる。
迷宮の奥から、重い足音。
巨大な影が現れる。
「……大きすぎません?」
思わず呟く。
それは明らかに、これまでの敵とは格が違った。
視聴者数:100
コメントが加速する。
『逃げろ』
『いや戦え』
『いける』
相反する指示。
混乱。
だが――
エレノアは剣を握り直す。
「……挑戦いたしますわ」
その声には、わずかな震えと、それ以上の決意があった。
戦いが始まる。
攻撃を避ける。
反撃する。
また逃げる。
混乱の中、コメントが飛び交う。
それを必死に拾う。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
動きが噛み合っていく。
(……見えてきましたわ)
敵の動き。
タイミング。
そして、勝機。
「ここ……ですわ!」
剣を振る。
一撃。
そして――
ボスが崩れ落ちた。
静寂。
次の瞬間、コメントが爆発する。
『うおおおおお!』
『勝った!!』
『神回』
視聴者数:150
エレノアはその場に立ち尽くす。
息が荒い。
だが――
「……勝てましたわ」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「皆様のおかげで」
その声には、確かな実感があった。
一人では辿り着けなかった結果。
だが確かに、ここにある。
エレノアの胸の奥で、何かが大きく動き始めていた。




