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第3章 ぎこちない会話と小さな手応え

翌朝。


エレノアは珍しく、目覚めた瞬間に昨夜のことを思い出した。


水晶の光。

見えない相手との会話。

そして、増えていった数字。


(……夢ではありませんのね)


ベッドの上で軽く身を起こし、指先を見つめる。


何かが変わったわけではない。

だが確かに、“掴んだ感触”が残っている。


「おはようございます、お嬢様」


ミレイユがカーテンを開けながら微笑む。


「おはよう、ミレイユ」


エレノアはゆっくりと立ち上がる。


「昨日は……お疲れのご様子でしたが」


「ええ、少々新しいことに挑戦しておりましたの」


その言葉に、ミレイユが首を傾げる。


「新しいこと、でございますか」


「ええ。配信、というものを」


「……配信?」


聞き慣れない単語に、彼女の目が丸くなる。


無理もない。

まだ一般的とは言えない文化だ。


エレノアは小さく笑う。


「簡単に言えば、不特定多数の方に向けてお話をする場、でしょうか」


「それは……お嬢様が?」


「ええ、そうですわ」


ミレイユはしばらく黙り込んだ後、ぽつりと呟いた。


「……面白そうですね」


その一言に、エレノアは少し驚く。


否定されるかと思っていた。

しかし返ってきたのは、純粋な興味。


「そう思います?」


「はい。お嬢様のお話は、いつも聞いていて楽しいですから」


あまりに素直な言葉に、エレノアは一瞬言葉を失う。


それから、ほんの少しだけ照れたように視線を逸らした。


「……ありがとうございます」


胸の奥に、温かなものが広がる。


(では……今日も、やってみましょうか)


その夜。


エレノアは再び水晶の前に座っていた。


昨日と同じように、姿勢を正し、軽く息を整える。


だが今回は、ほんの少しだけ違う。


“やり方”を知っている。


「……配信、開始」


水晶が淡く輝く。


視界に表示される数字。


視聴者数:5


「……昨日より多いですわね」


思わず声に出る。


画面にコメントが流れる。


『昨日の人?』

『また来た』


エレノアの口元が自然と緩む。


「ごきげんよう皆様。本日もお越しいただき、ありがとうございます」


昨日よりも、少しだけ滑らかに言葉が出る。


「ルナ・ルミナスでございます」


視聴者数:7


『名前それなんだ』

『ルナ様だ』


「ええ、本日はこの名でお話しさせていただきますわ」


コメントに応じる。


その一つ一つが、会話の糸になる。


「昨日は……初めてということもあり、少々緊張しておりましたの」


正直に話す。


『わかる』

『かわいかった』


「まあ……そのように言っていただけると、少し安心いたしますわ」


自然と笑みがこぼれる。


昨日よりも、距離が近い。


それを実感する。


しばらく雑談が続く。


好きな紅茶の話。

屋敷の庭の話。


特別な内容ではない。

だが、コメントが途切れない。


視聴者数:10


(……増えておりますわ)


その数字を見て、胸が少し高鳴る。


「皆様は、普段どのようなことをして過ごしていらっしゃるのです?」


問いかける。


『仕事』

『暇してる』

『ゲーム』


「ゲーム……ですか」


その単語に、エレノアの視線が止まる。


(確か……魔導ゲーム、でしたわね)


屋敷にもいくつか存在する。

だが、これまで触れる機会はなかった。


「それは、どのようなものなのかしら」


『ダンジョン行くやつ』

『戦うやつ』

『面白いよ』


コメントが一気に流れる。


熱量が違う。


(……皆様、かなりお好きなのですね)


エレノアは少し考える。


そして、ふと口を開いた。


「では……もしよろしければ、次回はその“ゲーム”を試してみましょうか」


一瞬の沈黙。


次の瞬間――


『まじ!?』

『やって!』

『絶対見る』


コメントが一気に増える。


視聴者数:15


「……まあ」


思わず声が漏れる。


(これほど反応が)


自分の一言で、これだけ空気が変わる。


その事実に、軽い驚きと――高揚感。


「それでは、準備が整い次第、挑戦してみますわね」


そう告げると、さらにコメントが加速する。


『楽しみ』

『絶対神回』


神回。


その言葉の意味は完全には分からない。


だが、期待されていることだけは伝わる。


配信終了の時間が近づく。


エレノアは軽く息を整える。


「本日もお付き合いいただき、ありがとうございました」


少しだけ名残惜しさを感じながら、言葉を紡ぐ。


「また次の夜に、お会いいたしましょう」


視聴者数:18


昨日の三人から、ここまで増えた。


わずかな変化。

けれど確かな前進。


配信を終え、水晶の光が消える。


部屋に静寂が戻る。


だがその静寂は、昨日とは違っていた。


空虚ではない。


どこか満たされた、柔らかな余韻。


「……面白いではありませんか」


エレノアは小さく呟く。


その声には、確かな手応えが宿っていた。


そして彼女はまだ知らない。


次の一歩が、自身の運命を大きく動かすことを。









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