機密と嫌疑
黒いワンボックスカーが走る。
有杜がいた場所から5km程走った車はM区にある3階建ての建物の地下駐車場へと入っていく。
「今回の捜索対象の事件にアリス君、関わってたんスね」
「そんでもって彼の喋ってたオヤジってのが警視監か、世間狭いな〜」
川中島の話を聞いた2人は少し神妙な雰囲気で言う。松林巡査はそれで?と問いを投げかける。
「なんで、離婚されたんですか?」
「…お前ホントに遠慮が無いな」
「そんな褒めんでください」
「褒めてないわ」
川中島は遠い目をすると言った。
「表向きはお互いの性格の不一致って事にした」
「……で?本当は?」
「……」
「アリス君言ってましたよ、両親の仲は良かったって」
「あいつは病院にいてな、知らないんだよ。事件の後、家帰ってから『何でちゃんと見てなかったんだ!』って当たり散らしちまってな、そっから大喧嘩よ…。あのときはお互いの主張が完全にすれ違っちまった。根っこは両方子供の心配だったんだけどな。まあ、そこからしばらく不仲でいたら、あっちからよ」
「……聞いといてアレですけど、……すんません。」
「そこ停めますね」
エレベーターや階段のある近くに車を停めると3人は下車した。
今回、この建物に来た目的は見学と研究協力だ。この場所を端的に言えば、中村勇死刑囚の遺体を運び出した犯人の潜伏場所と思わしき建物である。
「ここで例のゲームが開発されてるんスねー」
「楽しみだな」
「おい」
小声で「演技っスよ」と言われても、演技の必要など無い今、そのセリフには説得力がない。
今回の捜査に入るにあたって、この企業が国の管理である事と体感型の最新VRゲームを開発している研究機関であるということが警察上層部より伝えられていた。
エレベーターには身障者用の車椅子のマークが書いてあり、受付に繋がるであろう押しボタン式の電話が設置されている。3人は階段を登り1階へと上がる。
エントランスに入ると、黒シャツGパンの上に白衣でいかにも研究員らしき風貌の男がソファーに座り貧乏揺すりをしている。
「来たか」
男は3人の前を通り過ぎると奥のエレベーターの前で立ち止まる。
「どうした、来ないのか」
3人は訝しげに顔を見合わせる。なんだコイツは?
周囲を見渡すが、あの男以外は人がいない。受付や窓際のラウンジにも誰ひとりいない。
3人は渋々付いて行く事にした。他に人もいないし、先程の男の口調からして、こちらが来るのを待っていたようだった。
ドアが開き、男がエレベーター内に入る。続いて3人が入る。
「聞いても良いっスか?」
寺田が聞く。「ああ、なんだ」と短く返答があったので続けて質問を投げかける。
「お兄さんは案内の人か何かですか?」
「いや、違うが…そうだ。付いてくればわかる」
会話が止まる。質問に返答が返ってきたのに、なにも分からなかった。違うのか違わないのか。
驚いた事にエレベーターは上の階に行くのではなく、下に向かっている。外観からは分からなかったが地下駐車場のさらに下に隠された階層があるということなのだろう。
地下2階に着くと、男はすぐに外に出て歩き始める。
3人も続く。
少し長めの廊下の突き当たりの部屋に入ると、「連れてきたぞ」と、またしても男は短く言った。
「あー、ありがとう。…すまんね今、手が離せなくて」
部屋に入ると数十台のPCのあるデスクにそれぞれ5名の従業員と思わしき人間が無表情で作業をしている。その更に奥、機械的な箱に数本の配線が接続され、その周り1メートル程の間隔を空けて扇状に幾つもの大きな機械が設置されている。
声の主はその機械の一つに向かい合って何か作業をしている。
「警視庁から来た方ですよね?ちょっと今忙しいので、どこか椅子でも机でも座って待ってていただけますか」
「ああ、こちらも忙しいときに申し訳ない」
◇ ◇ ◇
ここまで連れてきた男はいつの間にか居なくなっていた。部屋の外出て左にトイレと喫煙スペースがあったので、そこで数分潰し、部屋に戻る。
3人はそれぞれ別の空いているデスクの椅子に座り、15分くらい待っただろうか?
先程まで作業していた人物が立ち上がる。
「お待たせしました!」
3人もその声に反応して立ち上がる。
だが、すぐに手で制される。
「ここまで来ていただいて、しかも待ってていただいたわけですが、捜査協力というのは致しかねます」
眼鏡をかけた30代後半くらいの見た目の女性は作業服を払いながら言う。
「困りますね、私は警視庁生活安全部の川中島と言います。協力いただけるという話しだと聞いていましたが」
「ああ、誤解ですね。いや、勘違いしてらっしゃると言ったほうが正しいかな。ひとまずこちらの説明を聞いていただけますか?」
その返答に納得いかないといった取り繕いもしない表情で首を傾げるも、話の腰を折るわけにもいかず。川中島は言葉を振り絞る。
「はい、どういった事か話してください」
「ここについて、貴方がたが、どのように知ったのかはわかりませんが、国家機密です。協力をするにあたって、まずは機密を話さない相手であるかを確定させる必要があります。この証明方法自体もまた機密です。ですから、皆様は協力ではなく、身内になっていただく必要があります。」
それを聞いた川中島は目を細め、少し呆れたような態度でワントーン低い声を捻り出す。
「具体的にはどうすれば良い?」
そう聞かれて女性は引っ張り出したタブレット端末を捜査すると端末の右下を指差す。
「ここにサインして、サインしたら貴課は警視庁から除籍されて、こちら側になる」
「まるで、最初から用意されてたみたいやね…」
「この計画は2年前から計画がありました。警察のお偉いさん達は余程貴方達を煙たがっていたんでしょうね。ちなみに戻る選択肢はありません。」
「売られたって事っスか」
川中島は少し考えるとタブレットを乱暴に受け取る。
「だが、何故上層部に働きかけられる?俺達が接触したら、お前らがグルなのは直ぐに周りにバレるだろう。その機密とやらは警察に一切漏れていない上に相手が目的を知らん事が前提だ。その上で俺達を引き抜く意図がわからん」
「まあ、国も一枚岩じゃないって事です。本件は重罪人の確保が目的でしたし、その捜査に来た人間を取り込むという狙いが有りました。貴方達はサインを拒否する事も出来ますが、その場合も既に想定されています。貴方達が警察に戻った所で部署毎抹消されるでしょう。逆に私たちの組織を貴方達で全員殺せたとして、国家反逆罪です」
「そもそも断る選択肢が無いか……。悪いな、2人とも、巻き込んじまったみたいだ」
川中島の言葉に2人は顔を見合わせると言う。
「いやいや、何言ってるんですか。ワイらはそもそも下っ端ですから、こういう大きな仕事出来るだけで出世もんですし」
「何より警視監ほど優しい上司に今まで会った事無かったッスから、普通に付いていきますよ」
「無関係って決めつけるんは、自分の目で見てからでも遅ないし、警察に未練あるわけでもないしな」
「悪い」
内容を一通り読むと右下の空欄に指でサインをし、タブレットを返す。
「これで、貴方達……『情報特務課』は我々『Genesis Startup Games』の機密に触れることができます。これからは情報特務という名前に恥じないよう機密の保全に努めてくださいね」
そう言うと女性は不気味に微笑むのだった。
◇ ◇ ◇
妹2人を駅まで送った有杜は家に戻ると夕食を取りながら、ニアから詳しいゲーム内情報を聞いていた。初回ログイン時には曖昧な説明のまま、やってみればわかるだろうと思っていたが、実際にマスターKから聞いた内容や、自分の世界を目の当たりにすると何からやれば良いのか分からない。
ソーシャルゲームなどでは定番となっていた案内役や各種初心者ミッションだが、何からやれば良いのか分からないという状態を早々に抜け出し、気付いたらやめられない泥沼へと引きずり込む。
だが、このゲームに関しては、それぞれの世界を自動生成するという謎技術で、まだ体験版すら出せない事から察するに、決まったルートが存在しないのだろう。
「本来、自動生成されるゲーム世界とは、AIがネットワークの情報を元に文化や歴史を設定した上で、それに則った建築物をランダムな地形に配置するという方法で作られます。ですが、NGGにおいて、この方法は当てはまりません。わかりやすく言いますとリアルタイムレンダリングを用いて、ユーザーの脳内イメージを描写し、住んでいるNPCをTRPGのパラメーター設定のような形で知識強度を決めたAIに操作させているのです」
「……」
「次に戦闘、ステータスやジョブについて説明しますが、その前に、ここまでで質問があれば伺います」
「あのさ」
「はい、何でしょう?」
「何一つわからないんだが、ひとまずゲーム内で説明してもらっても良いか?午前中のあの感じだとゲーム内でも連絡取れるだろ?」
「はい、でしたら夕食後はゲーム内でお待ちください。お風呂の準備と食器の片付けが済みましたら向かいます。約15分いただきますので、よろしくお願いします」
「ああ、それじゃ」
このまま説明が続くとゲームに戻れなかっただろうなーと思いつつも、ニアの完璧な仕事ぶりと家政婦姿に後ろ髪を引かれる有杜であった。




