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10年前の事件

視点や場面転換によって区切りを入れていますが、今回は少し長めです。

長野県のT町山中に川中島警視監は住んでいた。当時は刑事部で警部をしていたが、とくに大きな事件もなく平和だった。


息子が高校2年、娘が5歳になったばかり、その日は家族でスキーに行く約束をしていて、土曜日だった。非番でも家を出ていく俺に反抗期だった有杜は「今日は休みじゃなかったのかよ嘘つきオヤジ」と怒鳴り散らしていたが、俺が勧めた剣道やプログラミング教室の習い事はしっかり続けていた。


家に警察車両がなかったために一度県警まで行って細かい情報を仕入れて現場に行く。だが、その現場情報を耳にしたとき、俺は背中からは冷汗が流れ、同時に安心もした。

スキーに行く約束をしていた場所が、今回の事件の犯行現場の1km圏内だ。被害者は身元が分かっており、スキーに来た旅行客、推定14名。いずれも鋭利な刃物で切裂かれたような傷を負っており、生存者は0。人目につく大通りに面したスキー場近くのコインパーキングで広さは8台分。スキーウェアを着用していることから旅行客であると断定。また、コインパーキングの自動車には遺族と思われる人物が3名。



他人事ではない。家族で朝早く家を出ていたら事件に巻き込まれていただろう。夜の内に書類の見直しで顔を出して欲しいと連絡が来ていたから避けられた。



◇ ◇ ◇



見通しの悪い雪の中。

現場に着くと周辺の犯人捜索と検視で既に総員47名が動員されていた。雪で証拠が埋もれることや、次の犠牲者が出ないとも限らないため、早期解決を狙っての動員数である。死者が出ており目撃者がいない最悪の状況であるが、返り血を浴びた犯人の潜伏場所はすぐに見つかった。

スキー場の監視小屋、その場所に向けて茶色い雪の跡が続いていた。相手が刃物を持っていることが想定されるため、拳銃は奪われる可能性を避けるため、敢えて携帯せず、しかし万全を期すために刺股や手錠など、携帯できる全ての準備に時間を取られた。それが失敗だった。


機動隊12名を新たに動員し、包囲の目は徐々に狭められていく。だが、雪深い小屋に対し、遠くからの偵察は悪手だった。同じ県に属していても住む場所によって人間の特性に差がある。山住みと麓住みでは雪に対する差があった。山歩き初心者の彼らが踏み固められた雪とそうでない雪を見分けられることはなく、足を取られて包囲は完璧ではなくなる。彼らが小屋に突入した頃には、包囲を抜けた犯人が次へと動き出していた。未だ小屋に潜伏していると考えているため、多くの人員が小屋に釘付けになった。



◇ ◇ ◇



わずかに掘り起こした雪の中、犯人は進んでいた。


中村 いさめは製鉄所の職員であったが、度重なる重労働と同じものを作り続ける仕事に愛想が尽き退社、自分で作りたい物をつくる。激情的な半面、ものづくりに関しては抜群のセンスがあり、特に模擬刀の製造は得意分野である。


数々の模擬刀を作っていた彼は、ふと考えてしまった。ホンモノを作りたい。


そして作ってしまったのである。本物の日本刀を。そして、その斬れ味を試さない訳がなく、人気のない廃墟や森の中に入ってはあらゆるものを斬り付けた。楽しい。


快楽に呑まれ続けた結果、彼は生物を斬り殺すようになった。通りかかった狸を追いかけて殺し、飛び立とうとした雉を後ろから叩き斬る。次第に血が乾いて張り付き、斬れ味が悪くなってくる。

自分の工房に帰ると持ち帰ったそれを打ち直す。

動物を斬るのも飽きたな。


銘は大公雪。

既に勇の興味はこの世界にはただ一つにツ斬る。

斬るために人が集まる、人の目の少ない、目立たない場所へ行こう。

そんな考えの中、最低限の荷物を持ち、工房を出ると、牡丹雪が降っていた。

雪の多い場所ならもっと斬れル。



◇ ◇ ◇



有杜はスキー場へ着いた。

母と妹は家に置いてきた。

友人に今回の事を通話アプリで相談したら、友人家族もスノボーに行く話をしていたのだ。住所を連絡し、ピックアップしてもらった有杜はご機嫌でスキーレンタルをした。


何度かリフトを登っては降り、充分に楽しんだと思われたが、

子どもの好奇心とは歯止めが利かない。


カレーに水という昼休憩を挟み、もっと急な坂へと挑む。怖くて行きたくないという友人を置いて、有杜は1人でリフトに乗る。

雪山は上に行くほど天候が悪くなり、吹き付ける風も冷たい。視界が悪いと正しい判断はできなくなる。特に山の最上部は人も少なく、正しい順路から外れて滑る人も多い。

リフトで来れる一番高いところまで来た。

3つの道がありどの道からも降りられそうだ。

有杜はリフトから降りた後、右手の道を滑って降りていく。だが、これは正規の道ではない。


数時間前に起きた事件の犯人である中村勇が、斬るための人間を誘い込むために掘った道だ。



◇ ◇ ◇



川中島は焦っていた。完全な包囲を敷いていたつもりが、小屋の前にあった坂を見逃していたのだ。そんなわけがあるかと思われるかもしれないが、雪の濃淡は判別がつきにくい。雪が降っているとさらに色の差が無くなるので地形が分かりにくくなる。検死結果から傷の深い所で刃渡り20センチ以上の刃物を所持している可能性が高いということが分かったことも不安要因だった。

そんな中、電話が鳴る。


有杜がスキー場で友達と別れて2時間山から降りてこないという連絡だった。



◇ ◇ ◇



有杜は坂をゆっくりと左右に切り返しながら進んでいく。

この坂はもはや壁。

急に降りたら勢いを殺しきれずに崖から転落。

だからだろう、普段より注意深く周囲を見回しながら降りていたから気付けた。

遠目ではあるが、明らかにヤバそうな奴がこの坂の麓にいる。


血は時間によって変色する。全身が赤と茶色と黒のマーブル模様の作業服を着た仙人の様な見た目の男が抜き身の日本刀を振り抜いては悦に浸る。


その情景を見た有杜は、自分が降りてきた坂は正規の順路ではなかったと悟り、少し強引ではあるが、踏み固められていない雪が多い木々の間に身を滑り込ませた。見つかれば自分が標的になるだろう。ただ、目はそらさずにその人物がいる方向へ向いていた。


「っな!?」


思わず声が出たが、悪天候に助けられ、音は掻き消された。男との距離は15メートル程。男のすぐ近くには、有杜と同じく順路から外れた母娘がいた。ソリを盾にその場を離れようとする娘と庇うように立っている母。その状況を見た有杜は足に履いていたスキー板を外し、ストック2本を持った状態で駆け出していた。

だが、無慈悲にも刀は娘を庇う女性の体に吸い込まれていく。声を上げて囮になろうという考えもあったが、今いる方向は相手の左後方の死角である。駆け寄った有杜は容赦なく男の首へとストックを振り抜く。


だが、甘かった。直前に男は2歩程女性側に踏み込んでいたため、ストックは相手の脇を掠めて腰に当たる。


代わりに敵の刀がお返しと言わんばかりに閃く、


「ッ!っと」


だが、刃が上手く立っていなかったため、斜めしたに力を入れたストックで簡単に受け流せてしまう。精神的な面で勝敗の天秤が傾いた気がした。


刀を左下に打ち下ろし、無防備になった右側へもう一本のストックをこちらもお返しとばかりに打ち下ろす。剣道の小手打ちの容量だ。


「うごっ!」


相手は刀を落としたが、痺れていない、もう一方の手で落とした刀を拾い直す。

素人の作った刀であるため、ストックとリーチが同じくらい、斬れ味からも日本刀とは到底言えないが、取り回しの良さから使用者に技術が無くても扱えるようだ。


お互い息を整えるためか睨み合いになる。

有杜は状況を確認しながら、自分の方が劣勢である事に溜め息をつきたくなる。


(人質を取られたら終わり。時間をかけてもあの子供の母親は死んでしまう。相手はブーツを履いているが、こちらはスキー用で動きが制限されてる。得物も刀とストックじゃ…)


敵の10歩程奥を見れば、おびただしい血を流しながら女性が倒れており、女の子がその数歩奥で座ったまま呆然と母とこちらの状況を交互に見つめている。


このときの有杜では判断がつかないが、出血量と雪山の中であるという、この状況では母親は確実に助からない。


「アァァッ゙!」


有杜は吠えた。自分を鼓舞するためでもあるが、自分に注意を向ける事が今一番必要だと思ったからだ。



意識を相手に集中する。




だが、この膠着を破ったのは敵でも自分でもなかった。




「「犯人に告ぐ!貴様は完全に包囲されている!武器を捨て、その場にうつ伏せになれ!」」



有杜が周りを見れば、いつの間にか完全武装の大人たちに包囲されていた。




実際、警察が犯人を囲むってどんな状況だ?って思いますし、そういう時って犯人にどんな声をかけるんでしょうね。

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