第四十八話 菊鞠と夫の天使3
新年と新生活が始まり早一カ月。
いろいろな、と言うかめちゃくちゃな生活になったものだと隣に寝ている琥珀の頭を撫でて思う。
ちょっと最近やりすぎている気はするのだが、娯楽のない村ではね。言わなくても分かるでしょ?
散らかっている下着を洗濯物に居れて新しく服を着る。琥珀が起きるまでに朝食を作っておきたい私は家から出て畑に向かった。
玄関を出ると、寒い空気が肌を撫でる。未だ一月だから寒いのは分かるが、それでも日が昇ってばかりの朝はなお寒い。
私は畑から白菜を一ふさ取ると家に戻って料理を始める。ごはんとみそ汁と納豆と焼き鮭と言う定番のごはんだが、これがまたいいのだ。
しばらくして、料理の匂いにつられて私の夫が寝室から出てきた。
「おはよう菊鞠」
「はい、おはよう。ごはんが出来るからこたつの中で待ってて」
琥珀は眠い目を擦りながらこたつの中に入るとだらけ切った体勢になる。
顎をテーブルに乗せて情けない顔だが、これがまたいいのだ。
私はみそ汁と白米をよそってこたつの上に並べていく。
二人にしては少し小さいこたつに私も入る。
「食べましょうか」
「「いただきます」」
二人で箸を動かしご飯を食べる。こういった日常が何気ない幸せなのだ。
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冬も終わり春が来た。春と言えば琥珀と合ったあの日からちょうど一年ぐらいだ。
一年前には琥珀とこういう仲になるとは思っていなかった。人生には二転も三転もある事を実感する。
そろそろ山菜も生え始めた頃だし、取りに行くついでに琥珀と出会ったあの川まで行ってみようかな。
「琥珀一緒に行く?」
「うん、行く」
琥珀も誘い山に入る。天気も良く気持ちいい風が木々の合間を縫って私たちを歓迎してくれる。
人が住まなくなった山では徐々に自然が回復していき、少し山に入っただけで山菜がたくさん生えている。
取りすぎても良くないので私たちが食べれる量だけ取ると切り上げて川の方に向かう事にした。
此処から川まではさほどの距離は無く、すぐに目的の川に着いた。山菜を入れていたリュックサックを木陰に置くと、私たちは川の岸辺に座った。
「ここだね。一年前にここで休んでいる時に琥珀が流れてきたんだっけ」
「そっか、ここだったね。この一年が濃くてすっかり忘れていたよ」
私たちはこの一年の事を振り返って話す。汗が乾くと少し肌寒くも感じるこの季節では自然と二人の距離は縮まり腕が触れ合う。
「ちょっと寒いね」
私がそうこぼすと琥珀は天使の翼を出して私を包んでくれた。
琥珀は天使の姿があまり好きでは無いのか、翼をあまり出してはくれない。私的には素敵だと思うのだが、本人が嫌がってそうそう出してはくれないのだ。
それでも、人前が無い時や私をこうやって暖めてくれる時には出してくれる。その心の優しさが暖かいのだ。
「そういえばなんだけどさ、その翼はどうやって消しているの?」
気になってはいたが聞く機会もそうそうなかった。今の二人だけの空間ならば他人に聞かれる心配もない。こういった機械じゃなければ話してくれない、そんな気がしていた。
「ああ、これね。そもそも菊鞠は天使の翼が何で出来ているのか知ってる?」
「んー…わかんない」
「天使の翼って出したり消したりが出来るから物質じゃないんだ」
「物質じゃない?」
「正確に言うならば今は物質として顕現させている状態なんだ。ちょっと話が難しくなるけど、天使の翼を顕現させていないときはエネルギーとして貯蔵しているんだよ」
「エネルギーとして貯蔵?そんな事が出来るの?」
「もちろんできるよ。今から一世紀半に天才の理論物理学者が居たんだよね。その人がE=mc^2と言う質量とエネルギーの等価性と言う物を唱えた。すごく分かりやすく言えばエネルギーは物質になるし、物質はエネルギーになるって事」
「なるほどね。でもそれって数字上の話じゃないの?」
「そんな事は無いよ。大きなエネルギーが解放される時に起こる事もあれば、ミクロの量子の世界では常にピコ秒単位で起こっている事でもある。確かにマクロの世界ではなかなか起こらない事だけど、実際にあるんだ。そして、その一つがこの翼ってこと」
「なるほど、難しいわね。でもなんとなく分かったわ。それで一つ思ったのだけれどその貯蔵したエネルギーはどこに貯蓄しているの?」
「それは超能力と同じだよ」
「超能力と?」
「そう、天使も人間も根本の所ではさほど変わらない。人間も生まれながらに様々な能力があるように、天使も生まれながらに階級と言う物がある。人間でいう超能力の貯蓄器官にエネルギーを蓄えているんだよ」
「なるほどねー」
私にはちょっと難しくて全部を理解はできなかった。でも、彼の言っている事が正しいならば…。
「それならさ、私たちの間にも子供って出来るのかな?」
それは私が気になっていた事だった。天使と人間と言う事で諦める覚悟はしていた。しかし、もしもできるのであればぜひとも欲しい。
「それは…分からないかな。前例を知らないから何とも言えないけど、可能性は零じゃない」
そう言って琥珀は私の肩を寄せた。頭を琥珀の方に乗せる。こういう小さい瞬間が私は好きだ。
ちなみにだが、そこから帰ったのは4時間後だった。その間ナニをしていたのかは皆様方のご想像にお任せする。
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夏が終わり秋も終わりかけている季節の10月。
その日はやけに体調がすぐれなかった。朝起きた時から気分が悪く、吐き気やめまいといった症状があった。
琥珀はやけに心配していたが、今の季節は仕事が多い。男での琥珀は重要な戦力だ。
琥珀を仕事に行かせた私は1人寝室の布団で寝る。
病気の時特有の微睡の中で体がゆすられた。
「う、んぅ」
目を開けるとそこには琥珀と…知らない人がいた。
一見一般人に見えるその人は目が目をかけていて理知的に見える。
「その人は誰?」
「この人はお医者さんだよ。ちょうど来ていた行商人の一向にいたから来てもらったの。ではお医者さんお願いします」
お医者さんは私の脈を図ったり心音を聞いたりなどをして様々な事を調べていった。
その後に症状などの聞き取りを全て済ませるとお医者さんは険しい顔を緩めて言った。
「おめでとうございます。菊鞠さんはご妊娠されました」
その一言は余りに衝撃的で理解するのに時間を要した。カチカチと時計の針が動く音だけが一瞬支配した。
そして均衡を破り、最初に動いたのは琥珀だった。
「やったな菊鞠!」
そう言って勢いよく抱き着いてきた。でも、決して私とその子供を傷つけない様に優しく抱く。
琥珀が抱き着いたことによって思考が再稼働する。
最近私は子供は無理かなと考えていた。ほぼ毎日の様にヤっていたのに10ヵ月間出来なかった。それだけやっても無理ならば、と諦めかけていた。
でも、それを覆した医者からの言葉。あまりの事に思考が追い付いていなかったが、少しずつ理解するにつれて歓喜の感情がこみ上げてくる。
「菊鞠?泣いているのかい?」
私は自然と泣いていた。あまりの嬉しさで言葉や言動には出ずに、涙と言う形で感情が出た。
「ごめんなさい。あまりに嬉しくて」
「そっか、かなり悩んでいたもんね」
毎日とは言わないまでの週に一回は悩んでいた。もしも5年以上出来なかったら里子を受け入れる事も考えていた。それだけ私は形に残る愛の結晶と言う物が欲しかった。
私は自然とお腹をさする。ここにその愛の結晶があるのだと思うと、ものすごく愛おしく感じる。
「では、私はこれで失礼します」
竹原さんに感謝の言葉を告げて玄関から見送った。
私は琥珀と一緒に部屋に戻ると、椅子に座った。
「ねえ、この子の名前何にしようかしら?」
「それはちょっと早いんじゃないか?」
あまりの嬉しさに先走る思いがあった。
琥珀に言われた通り確かに早い気はするが、それでも考えていて悪い事は無い。
「琥珀は興味が無いの?」
「それはもちろんあるさ」
「じゃあ琥珀はどんな前がいい?」
「んーそうだな。そうだ!俺が男の子だった時の名前を考えて、菊鞠は女の子だった時の名前を考えてよ」
「いいわねそれ」
この子が女の子だった場合か。そうだな、この子には自由に生きてほしいから飛鳥なんてどうかしら。
「菊鞠は決まった?」
「うん。もしもこの子が女の子だったら自由に生きてほしいと言う意味も込めて飛鳥にするわ。琥珀は?」
「俺はいろいろ考えたけど鞠にしようと思うんだ」
「まり?ちょっと女の子みたいな名前じゃない?」
「確かにそれは思ったけど、菊鞠みたいに元気に笑って生きている子になってほしいかなって…思って…どうかな?」
「琥珀ったら」
ああ、ついに。遂になんだ。そう思った私は再度お腹をさすった。
曇り空の下、外が光った。数秒の時間差で大きな音が鳴り響く。それはこれからの未来を暗示している様に過去から見たらそう思えた。
こんな幸せな日々が続くと思っていたが現実は酷く残酷で、容赦が無く理不尽だ。そのことをまだ知らない私は最愛の夫と二人で今日も寝る。




