第四十七話 side 菊鞠と夫の天使2
夫と出会って1ヶ月が経った。
なんだかんだでなし崩し的に私の家に住むことにした琥珀は慣れた手つきで布団を物干し竿に干す。
私は畑から取ってきた夏野菜を綺麗に洗っていく。昔ほど気温は高くないそうだが、それでも暑いものは暑い。だらだらと汗をかきながら料理に手を着ける。
ここの村事態電気はあるものの、クーラーの様に電力をバカすか食う様な物には使用できない。せいぜいが各家で扇風機1、2台ぐらいだ。
それでも、暑い事を楽しめるだけの余裕がこの生活にはあった。
「琥珀、水を汲んできて」
下水道なんて通っていないここでは川から水を汲んでいる。もちろん近くまで水を通しているが、さすがに下水道の様なものは作れない。
村に数台しかない冷蔵庫から氷を取り出して、夏野菜を冷やす。今日はこれと一緒にそうめんを食べるのだ。
茹でたそうめんを氷で絞める。大きなお皿にそうめんを入れるとちょうど琥珀が返ってきた。
「琥珀、今できたところよ。食べましょうか」
「分かった」
二人で食卓を囲む事も完全になれた姿は、完全に夫婦そのものだった。
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村には大した娯楽は無い。故に、女子たちの井戸端会議と言う物が必然的に盛んになる。
そして、今回話題に上がったのが私と琥珀の話だった。
「菊鞠ちゃん。琥珀君とはどんな感じなの」
四十代の一番噂好きの真知子さんがそう言う。少し体形がぽっちゃりとしているが、デブでは無い。
「その話私も気になるわ」
隣からそう言ったのは、痩せた体形の松子さんだ。
さて、三人の井戸端会議なのだが、今回の話題は私と言う事もあって話を逸らそうとした。けれども、二人の好奇心には勝つことが出来ずに、今この話題になっている。
「で、どうなのよ」
ワクワクとした顔で言われるとなお言いずらい空気になる。
「えっと、別に大したことにはなっていませんよ」
「えー。本当に?」
「はい、別に勘ぐるような事は何も無いです」
これは事実だ。初日の事件以降私は特に気を付けるように立ち回っている。それに、この人たちが期待する用な事は本当にしていない。
「じゃあ、菊鞠ちゃんは彼の事をどう思っているの?」
どう思っているの?って聞かれても困る。正直自分でも分からない。
多分だけど私は彼の事が嫌いではない。一緒に暮らしていても不快な感情とかは無い。それどころか、前よりも楽しい日々を送っている気がする。
でも、彼の事が恋愛的に好きかと言われれば正直分からない。
「…そうですね。嫌い、では無いです」
「あら、そうなのね?私が思っているよりも発展していないのは本当なようね」
逆に一カ月足らずで何かなると思っていたのだろうか?
でも、本当に私は彼をどう思っているのだろう。好きと言えば好きなのだろうけど、それがはたしてLOVEなのかは分からない。
私は少しもやもやとした気持ちのまま家に帰った。
彼は相変わらずのんびり縁側に座っている。あそこがお気に入りなのか、琥珀は良くそこに居る。
彼のくつろいでる背中を見て、私は考えた。言語化するにはあまりに複雑な感情が脳を支配する。ぐるぐると回る思考は混沌としていた。
結局その日は考え過ぎて一睡もできなかった。
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時は少し経ち、あの日からなんだが彼への思いが錯綜している。
何とも言えない感情の間で私の思考は停止したままだ。
そんな思考から逃げるように考えるのを放棄し始めた秋ごろ。もう彼と過ごすのも完全になれてしまった私は一種の家族の様に彼を扱っていた。
「琥珀、隣の家のおばあちゃんと栗の採取に行ってきてくれない?」
「分かった。今日は栗ご飯?」
「そうよ」
ここだけを切り抜けば母とその息子の様な関係だろう。しかし、外見年齢が近い私たちはそれとは少し違う関係性だ。
彼に栗を取ってきてもっらている間に私も夕食の準備を始める。
コンコンとリズムのいい包丁の音が鳴る。作業的にこなせる料理は、無意識的に進行する。そんな無意識に動くからだとは違い、脳の方は別の事を考えていた。
彼との生活も半年に近づいてきている。でも、彼への気持ちを私は未だ出せていない。夏から色々な経験をして彼への思いが少しずつ傾いてきている事を客観的に見てもそう感じる。でも、それが愛や恋と言った物なのかは未だ二十歳にもなっていない私には分からなかった。
いつかは答えを出さなければいけないのだろうけど、このぬるま湯みたいな生活についつい甘えてしまう。
いつまで琥珀が居るのかも分からないと言うのに。
「菊鞠、この栗どこに置けばいい?」
玄関の外から琥珀の声が聞こえる。あれからかなりの時間が経過している様だったが、考え事に夢中だった私は時間を忘れていた。
「キッチンのそばの机に置いておいて」
そう。こういった些細な会話や、些細な日常が楽しい。それを崩すかもしれない要因はなるべくは排除したいと言うのが、言語化したくない本音でもあった。
でも、それがいけない事が分かっている。いつかは答えを出さないといけない。そう”いつか”だ。
私はそうやってまた逃げた。
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告白、それは愛の告白をみんな思い浮かべるだろう。しかし、告白にはもう一つある。それは隠していた真実を言う事だ。
秋が終わり冬が来た。この季節になると食料の確保が難しくなるのと同時に雪でも降ったら商人から食料を買う事すら難しくなる。そのため、保存食を多めに仕入れて倉庫に入れてある。
私は年越しの準備をしつつネットで調べたおせちと言う物を作ってみようとしていた。
冬の始まりにネット環境がやっと整備されたことで動画が見れる様になった。
このおかげで、気になっていたが作り方が分からなかった料理に挑戦できる。その一環でのおせち作りだ。
もう年越しまで24時間しかない。忙しくなるので琥珀にも手伝いを頼んだのだが、何かが変だ。挙動不審と言うか、そわそわしていると言うか、兎に角落ち着きが無いように見えた。
しかし、私はそんな事に構っている暇はないのでテキパキとおせちを作り始めた。
それから一晩で無事に料理が終わった。あとはゆっくり年越しを待てばいい。
私は琥珀が座っているこたつの横に座った。
「狭いよ菊鞠」
「いいじゃん。寒いんだし」
完全に恋人の距離感だが、二人にはその自覚は無い。もう完全に家族の一員みたいな立ち位置になっている。
テレビは無いものの最近通ったネットで二人動画を見ながらみかんを食べる。
ザ・お正月な光景だが、本当にお正月だからいいのだ。
そんな時間に琥珀が話があると言い出した。
「菊鞠。話があるんだけどいいかな?」
「なに?」
「今まで黙ってきたけど。俺、天使なんだよね」
動画を見ながらの告白に私は冗談だと思った。
「またまた、天使の羽も無いのに天使を名乗るなんて」
「…これなら信じてくれる?」
そう言った琥珀は私の横顔を一瞬見る。その瞬間私は何かに覆われた。
あまりの急な事に身を硬直させてしまう。
「な、なに?!」
やけに触り心地のいい何かが私を包んでいる。慌ててそれから抜け出すと、そこには大きな六枚の翼があった。
白く純白の翼が私の体を包む。白も純白も同じような意味だが、それをつなげたくなるほどに綺麗な白だった。
触り心地はまさに至高で、少し撫でるだけですべすべでふわふわで柔らかいのが分かる。
その翼の根元を辿っていくと、琥珀の背中から生えていた。
「なにそれ…ドッキリグッズ?」
分かっていても聞きたくなってしまう。あまりの事に理解が出来ないからだ。
「いや本物だよ」
琥珀は翼を動かしてそう言った。ちょっと頬に当たってくすぐったいが、なんだか暖かくていい匂いがする。
私はその匂いにつられるまま鼻を翼に押し付けて思いっきり匂いを吸った。
「すーぅ」
「ちょ、っちょっと何やってるの?」
驚いた琥珀は翼を離してしまう。急に支えが無くなった私は床にころんと転がった。
「いや、良い匂いだったから」
「だからっていきなり吸うのはおかしくない?!」
「ごめんごめん」
私は謝りながら翼に手を伸ばすがスっと距離を取られてしまう。
ちょっとご立腹の琥珀の顔からは「ごめんが軽い」と言いたげだった。それでも、すぐに機嫌を直して翼を触らしてくれる。
私が翼に夢中になっているとぽつりと琥珀がこぼした。
「でも、良かったよ。菊鞠に引かれなくて」
「ハハ、何言ってるのよ。琥珀が今更天使だからって引かないわよ。琥珀は琥珀なんだから」
「菊鞠…!」
「わ!」
急に抱き着かれた事でびっくりする。が、その安心した横顔を見た私は優しく琥珀を抱き返す。
多分だが決心の告白だったのだろう。天使と人間は敵対関係にある。そんな中でも自分を受け入れてくれるかが不安だったのだろう。
でも、琥珀は琥珀だ。天使や悪魔だからって関係ない。もしも琥珀が大量殺人者でも私は琥珀の事を受け入れるだろう。過去の琥珀がどうであれ今の琥珀は私が知っている。そこに嘘偽りは無い。
「大丈夫だよ。私は琥珀が天使だろうが悪魔だろうが関係ないわ」
その事を口に出してしっかりと伝える。
一瞬琥珀の体が一瞬震えるが、次の瞬間さらに強い力で抱き着かれた。
「おっとっと」
急に力が増したことで体制を崩す。慌てて手をついて姿勢を留めたがあと一歩で頭を打つところだった。でも、琥珀のこんな安心したような、泣きそうな顔を見たら怒る気にもなれなかった。
でも、何だろうこの気持ちは?なんか母性というか何というか…すごい私の心拍が上がってきている気がする。琥珀に抱きつかれているからだろうか?それとも驚いたからだろうか?
…いや、ここで誤魔化すのはやめよう。また逃げたらいつ向き合える時が来るのか分からない。
私は琥珀のことが好きだ。こうやって触れ合って、一緒の時を過ごしたいと今本気で思っている。
でも、この気持ちを素直に琥珀に伝えるのは気恥ずかしい。でも、琥珀だって頑張って明かしてくれたのだ。ここで引き下がるのなんて女が廃る。
「ねえ。…琥珀は私の事、好き?」
どんどん尻すぼみになっていく声と、どんどん顔が赤くなっていく。でも、それでも琥珀の目からは視線を逸らさない。
「え?急に何?」
鈍感主人公のように惚けた顔でそういう。
イラっとした私は思いっきり頭を引っ叩いた。
「痛い!」
頭をさすりながら私から離れて顔を上げた。その隙を狙い澄ました私は蛇のように琥珀の唇を奪った。
「ん!んぅんぅう」
私の気持ちを正確に伝えるために長く深くキスをする。舌を絡めあった大人のキスは私のファーストキスだった。
体を逸らして逃げていく琥珀を捕まえて、私が上になって押し倒す。
もう決めた。私は琥珀を逃さない。重い女かと思うだろうが、琥珀がそうさせたのだ。
その日の夜は激しいものだったとだけ言っておく。




