第四十六話 side 菊鞠と夫の天使1
私の夫との出会いは偶然だった。いや、あれは運命だったのかもしれない。
私の生まれは大和の都市のR43番区だ。外の世界に住んでいる人とは違い、大和に生まれただけで勝ち組と言われる世界。そんな世界で私は不自由なく過ごしていた。
両親は超能力が優れておりスサノオ部隊の一員でもあった。そんな両親とは違い私の超能力は物を軽くするだけのごく一般的な超能力だった。
少しの劣等感はあったものの、超能力事態は遺伝性ではない。運に外れた程度と自分で自分を慰めていた。
突然、両親が死んだ。死因は天使の大攻勢によるものだった。その年の大攻勢で多くの人が死んだが私にはそんな事よりも両親の死の方が大きかった。
目の前が真っ暗になり、一人部屋の中で心の底から天使を恨んでいた。
暗い部屋の中ベットにうずくまって両親との思い出を振り返る毎日。
両親には少しの劣等感があったものの、パパもママも私の事を愛して、心配してくれていた。
そんな両親に私は毎日救われていたと思う。
しかし、そんなプラスの物を奪った天使には憎んでも憎み切れない感情が溢れかえっていた。
今すぐにここから飛び出して天使どもに復讐をしてやりたいが、私にはそんな力は無くて。ただ恨む事しかできない私自身を一番恨んだ。
やっと遺品の整理が終わって軍から両親の遺品が届いた。そのほとんどは軍施設に置いていた荷物だけで唯一両親が死の間際身に着けていた物は母のネックレスだけだった。
何とも言えない感情に支配された私は、夜の街に飛び出した。やけに周りは静かで、静寂な空気が大和全体に存在していた。
とにかく走った私は、気づいたらD番区の警備前に居た。その時私は何も持たずに気持ちに任せて大和都市を出た。
そして私は見たのだ。今までに経験のない外の世界と言うヤツを。
初めてガラスの無い天井はいつもよりも見やすくて。
夜は周りに光が無いから満点の星空がキラキラと輝いていて。
息を吸うと青臭い匂いがする。
全部が都市とは違う事に感動していた。
昔は整備されていただろうコンクリートの道を歩く。所々割れていて歩きなれていない故か足が痛くなる。それでも、その事が楽しかった。
外の世界にも人は居て、歩いているとたまにすれ違う。誰もが良い人で食料や情報なんかを無料でくれた。
両親が死んでから一度も笑えなくなっていた私は、気づいたら外の世界では自然に笑えていた。
いろんな所を歩き、いろんな所を旅する。季節が一周したときに私は一つの集落にお世話になる事にした。
ボロボロになったリュックを置く。木造の家は昔の名残を修理して使っている。そしてここが私の家になるのだ。
朝起きて、畑を耕して、食べて、寝る。
一見つまらなそうにも見えるが、私にとってはとても楽しかった。
初めて何かを自分の手で作ると言うのは苦戦もするが楽しかった。
誰かと一緒に同じ時間を過ごすのは家族以外では初めてで楽しかった。
都市に居た頃は誰も頼れないと思っていたが、そうでは無い事にこの人たちと居たら気づけた。
皆同じ苦しみを分かってくれると言うのは、私にとって救いだった。
そして、私はこの村で夫に出会った。
私の夫との出会いは偶然だった。いや、あれは運命だったのかもしれない。
春が来た。三日前におばあちゃんから山菜の見分け方と取り方を教えてもらった私は、一人で銛に来ていた。
半袖には少し寒い様にも感じるが、動いたら暖かくなるだろうと思いそのままの格好で入った。
昼とは言っても森の仲は少し薄暗い。子供じゃない私はちょっと寒気のする肌をこすって気を紛らわせた。
鳥のさえずりや、木々の揺れる音。水が遠くから流れる音に虫の鳴き声。すべてが無造作に奏でられるが、それが美しかった。
1時間、四苦八苦して山菜もかなり取り終えた私は一休みを取ろうと思い川に来ていた。
時々川魚の影が見え隠れする。ここで今度釣りでもしてみようかな、と思っていると、上流の方から何かが流れてきたのが見えた。
それは桃、では無く人だった。
あまりの事に私は慌ててしまう。しかし、反射的に体が動いていた私は川に飛び込んだ。
あまり大きな川では無い事が幸いして足がギリギリついた。流れてきた男の人を水流に流されつつも私は苦労して岸辺に上げることが出来た。
ぜぇはぁと荒い呼吸をしながら、この人の安否を確認する。
「脈は…ある。呼吸もしてる。でもこれは…」
脈や呼吸はあるものの、その腹に大きな切り傷があった。内臓が少し見えているが、私はそれを気にする事無く、自分の服を破って傷を強く縛り付ける。
一応止血はできた。私は濡れた服を絞って木の上につるして乾かすと、枯れ木を集めてライターで火をつける。彼の服も脱がしていくが、緊急事態なのになんかドキドキする。
頬を赤く染めながらも、濡れた服を絞って乾かす。男の人の近くに焚き火を移して冷えた体を温めてあげる。
私は一人ではこの成人男性を運んでいけないので、火の番をしながら彼が目覚めるのを待った。
「ん…んぅ…ここは…?」
小さなうめき声と共に彼は目を覚ました。痛いのかお腹を押さえながら、体を起こして瞳を開けた。
ゆっくりと開けられる瞳は驚くほど金色で、私はあまりの美しさから数秒見とれてしまった。
「君は…誰だ?」
「…」
私はその目に見とれていて反応を返す事が出来なかった。
そんな私を不審に思ったのか彼は目を細めた。こちらに手を伸ばして頭を触ってきた。
ぽん、と擬音が付きそうな触り方に私の脳は一度停止して直ぐに再起動した。
「っ、ごめんなさい!わ、私ね。私は菊鞠…貴方は?」
「俺か…俺は、いや、好きに呼んでくれ」
自分の名前を言うのを躊躇う姿から何か事情がある事を察した。こういった人間は良く村にも来る。
私は彼の事情に深く関与するつもりのなかった私は軽く受け流した。
「そう。じゃあ、琥珀と呼ぼうかしら」
私は始めて見た時に見とれた瞳の色から名前を取って、琥珀と名付けた。
彼は琥珀と言う名前を気に入ったのか、何度か反芻して自分の名前だと言う事を確認していた。
「そうか…琥珀、琥珀か。…いい名前だ」
「そう。気に入ってくれたなら幸いだわ」
この人とは村に帰ったら分かれる中になるだろうと思っていた私は今思えば冷たかったと思う。それでも彼、琥珀は嬉しそうだった。
そろそろ日も暮れる時間になってきた。時間帯的にそろそろ下山しないと危ない。
私は琥珀に肩を貸しながら山を下りた。なんだかんだ下山に時間が掛かってしまい、1時間半以上もかかってしまった。
いつもならば1時間もあれば着く距離の村に着くと、腰を下ろして少し休んだ。流石に、他人に肩を貸しながらの下山は体に来ていて、私の体が水を欲していた。
村の井戸に行くと、簡素的な井戸が掘られていて、そこから水を汲んで飲む。
一休み入れて空を見れる余裕が出ると、もう日は完全に暮れて茜色の空が青く染まっていっていた。
そろそろ本当に外が見えなくなる時間になりそうで、私は急いで家に向かった。
「いったん私の家に居て、ここの偉い人に私が話してくるから」
「わかった」
家に着くと琥珀をいったん置いて、私は村長の家に向かった。流石に無断でこの町に止める訳にはいかない。
村長に琥珀の事情を話すと案外簡単に受け入れてもらえた。この村はもうすでに空き家が無く、琥珀は私の家に宿泊する話になる。
素っ頓狂な顔の私に村長の奥さんが追加の布団を持たせると、にこやかな顔で私を送り出していった。
あまりに手つきのいい村長の奥さんの手際に私は抵抗する暇さえ無かった。
私は初めての男の人とのお泊りにドキドキしながら、真っ暗な夜道を月明かりだけを頼りに家に帰った。
「帰ったわよ」
家の扉を開けて布団を置く。私の超能力で大した労力では無いが、今日の山菜取りと、琥珀に肩を貸したのが相まって疲れた。
「あれ?琥珀は?」
家に帰ったは良いものの琥珀の姿が無い。どこに行ったのかと探して家の中を探索した。
キッチンには居ない。そりゃそうで玄関のすぐそばにキッチンがあるのだから。次にトイレ、ベットルームと探していく。そして最後にお風呂場に向かった。
過去を振り返って言うならば、私は何故この時に声を掛けずに入ったのか理解に苦しむ。
私が脱衣所のドアを開けるのと、琥珀がお風呂から上がってくるタイミングが全くの同時だった。
「「…」」
二人見つめ合う。そして、私の視線は徐々に…下に…。
「キャー」
私は久しく出していなかった叫び声をあげた。
まさに絵にかくようなお約束だが、まさか立場が逆転するとは夢にも思っていなかった。
急いでドアを閉める。
「ご、ごめんなさい!」
私は謝りながらキッチンの方に走っていった。見ている所は見ていた私は顔を真っ赤にしながら、料理を作り始めた。
ドアが軋む音と共に琥珀が出てきた気配がした。私は振り返ろうとしたが琥珀の顔を今見てしまうと色々思い出してしまう。
それから私は無言のまま料理を作り続けた。無言の時間は何とも気まずいが、私から声をかける事は出来そうになかった。
そして、ついに料理が出来てしまった。さっきまでは料理を作っていると言う免罪符があったからよかったが、今それが終了した。
一つ一つちゃぶ台に料理を並べていく。その間もずっと無言だ。もちろん顔は見ていない。
「あのぉ」
琥珀が遂に耐え切れずに声を出した。
「なんでしょうか」
私はまだ顔が見れないので料理を並べていると言う免罪符を盾にする。
「さっきはすみません。勝手にお風呂はいっちゃって」
そう謝ってきた。ここは日本人とばかりに反射的に私も返した。
「いや、それはいいんですよ。私も確認せずに開けてしまってすみません」
反射的に謝り合ったら気が楽になった気がする。ちょっと彼の顔を見れば気まずそうにしている。
そういえばここは私の家だ。私のテリトリーで私がこんな雰囲気ならば気まずいのも当然。
本当に私は何やっているのかしら。これじゃあダメだわ。私が原因でこうなっているのだ。私が解決すべきよね。
「さっきの事は私が悪かったの。雰囲気を悪くしちゃってごめんなさいね」
「いえ、俺が…」
なんて何回か繰り返したらさっきの雰囲気はどこかに行って消えた。
「さあ、冷めないうちに食べましょうか」
「はい」
それから私は楽しい夕食を過ごすことが出来た。
夕食を食べ終えて、布団を二人分ひく。誰かと寝るなんて久しぶりだ。
別にいやらしい事をすることは無いが、なんか緊張する。ドキドキと鼓動が高鳴る心臓を収める為に深呼吸を深くする。
「すーはぁ。よし、大丈夫。べ、べつにあの大きな…」
落ち着いたと思ったら、さっきの風呂の事件を思い出してしまう。また変な思考に行こうとしたが、それを止めたのが琥珀だった。
「あのぉ、大丈夫ですか?」
「ヒャい」
いきなり声をかけられた事で変な声が出てしまった。二つの意味で顔を赤く染めた私を見て琥珀は不安そうな様子を見せる。
「あの顔赤いですけど、熱あるのではないですか?」
「い、いえ、これは…。だ、大丈夫ですよ…」
何回も大丈夫と言ったら何とか引き下がってくれた。
ドキドキと胸が激しく波打つ。正直これ以上は色々な意味で爆発しそうだった。
隣に男の人がいることに緊張するが、なんだかんだ疲れていた私はすぐに眠ってしまった。
これが私と夫との出会いだった。




