第四十五話 衝撃の一言
僕はボロボロの船に揺られて帰る。正直帰りたくない気持ちもあるのだが、母に心配をかける方が嫌なので大人しく船に揺られている。
長い一日に終わりを告げる様に、日も段々暮れ始めて茜色の空になってきた。海にその色が反射して何とも綺麗な光景である。
さて、そんな現実逃避も長くは続かない。何を現実逃避しているのかと言うと、この翼と光輪だ。
自分なりに頑張って消そうとしたのだが、消せそうな気配が全くしない。諦めた僕は仕方なく翼を小さく折りたたんで姿勢よく座っている。
この翼は地味に邪魔で背もたれにもたれかかろうとしても上手く座れないのである。仕方なく疲れている体でこらえて姿勢よく座っているのだ。
「そろそろ着くぞ」
横から声をかけてきたのは正剛少将だ。さっきまでは部下の調子を見ていたようだが、ある程度終わってこっちに来たのだろう。
天使の姿になって変わった事が結構あるのだが、処理能力の向上もその一つにある。外見的には分からないだろうけど、その上昇率はすごい物だ。
試しにEgGNeuRonでベンチマークをしてみた。結果はエラー。正確に言うならば測定不能だった。
そのベンチマークは1000万までは計測できると書いてあったから、それ以上なのだろう。
処理能力が上がった事で3次元的視覚の範囲も広くなった。この軍艦の全部はもちろんの事その周囲まで見渡せる。
正剛少将がどこで何をやっていたのかを知っていたのもこのおかげだ。
僕は疲れ切った心身を少しでも休めようとて姿勢のいい体制で目をつぶり寝る。
なるべく外を見ない様に3次元的視覚を絞っていたが、港にプンプンに起こっている母の顔が見えてしまった。
背筋がゾクゾクと震えて姿勢のいい体制がさらに良くなった。
僕がビクビクして怯えているのを察した正剛少将も事態を察したらしい。
ゴクリと二人の息を飲む音が二人だけの部屋に響き渡った。
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船はゆっくりと港に着岸した。軽い振動と共に船がロープで固定されて停止する。
止まった船に階段がかけられるのと同時に母が怒りの表情をたたえながら登ってくるのが見える。今にも隠れたい気持ちでいっぱいだが、ここはしっかりと怒られた方が良いだろう。今回は100%僕が悪いのだから。
覚悟を決めたとは言え怖いものは怖い。手が震えているのが自分でも分かるほどに大きい。
どんどんと近づいてくる母におびえる僕と似て正剛少将も緊張の面持ちをしている。正剛少将がおびえるのも当然で、今回は正剛少将が発端で連れてこられているのだ。
ついに歩いてくる音も聞こえ始めた僕と正剛少将は唾をのむ。
閉じているドアの前で足音が止まった。ゆっくりと思い金属製の扉が開かれていく。徐々に開いていく扉にびくびくと体が怯えて心拍数が160を優に超えていた。
扉が完全に開け切ると、ついに僕は般若たる母と対面した。
「鞠!」
さっきまでは般若と美馬が追うばかりに怒っていた母の顔だったのに、僕を見た瞬間、安堵と嬉しさの顔になった。
母は走って僕に抱き着くと顔をうずめる。僕の耳元で安堵のため息を吐いた。
そのため息はどれほど僕を心配していたのかを感じさせるもので、僕にさらなる罪悪感と気まずさを植え付けるものでもあった。
「鞠、怪我は無い?」
「う、うん…ないよ?」
変な疑問形が付いたせいで母に疑われてしまう。
「本当?」
どうにかして誤魔化さなくては。流石に心臓を抉られた、なんてとてもでは無いが言えない。
…となれば。よし、これで行こう。
僕は母の抱擁を解くと、少し身を離して後ろを向き、母に大きな純白の翼を見せた。
「これなんだけど…」
「あら?」
誤魔化すためにとっさに翼を母に見せたが、正直母にもしもこの翼で引かれたら、と思うと自分の行動に後悔し始めていた。
ちょっと後悔し始めている僕とは違い、母は呑気そうな顔で、衝撃の一言を放った。
「白くて綺麗な翼ね。夫にそっくりだわ」
「「え?」」
正剛少将と全く同じ「え?」が出た。
きれいな翼ね、までは分かる。しかし、夫とそっくりだわ、はどう考えてもおかしいよね?
あまりの衝撃の一言に僕が混乱していると、正剛少将が僕に変わって聞いてくれた。
「あのぉ、夫と言うのはどうゆう事ですか?」
何となく母の答えが想像できてしまうが、実際に母の口から出た言葉はあまりに衝撃的な物だった。
「夫は天使だったのです」
まさに天地がひっくり返るとはこの事だ。
正直母が何を言っているのか分からない。いや、分かるのだが、それを飲み込めないのだ。
僕が混乱していると正剛少将がどんどんと話を進めていく。
まだ、立ち直れていない僕からしたら追い打ちの行為だ。
「天使が夫って本当ですか?」
「はい、そうですよ」
母は何の気負いなくそう答える。
しかし、僕は此処である疑問に思い至った。そう、それは。
「ママ、天使と人間って子供作れるの?」
そう、これである。
人とサルが子供を作れない様に違う生物同士では子供を作れない。これは逆説的に天使=人間と言う式が成り立ってしまう。
「それは我も気になっておった。天使と人のハーフ。そんなのあり得るのだろうか?」
あり得るあり得ないは置いといて、その実物がここに居ると言う事は変わらない。もうその話し合いのフェーズでは無い。
人と天使が同じDNAを持っているとしたら、天使はどこから来たのだろう。人が作り出した?いや、あの空間を渡ってくるような技術は人間には無い。
それに、一つのDNAからできているとしたら、みんな同じ顔になっているだろう。しかし、天使の顔にはそれぞれ個性がある。
近親交配で増える事も可能だろうが、そんなことしたら致命的エラーが出てもおかしくない。
数多くのDNAを元に作る事も可能性としてはあるが、そんなことまで考えていたらキリがない。
これは母に聞いても無駄な事だろう。でも一応聞いておくか。
「ママ、何で天使と人間の間で子供が作れるの?」
「んーっとね。確かパパはこう言っていたわ『人も天使も神が作り出したからベースは同じだ』って」
あれ?期待していなかったけど、ほぼ満点みたいな回答が返ってきた。
神が人も天使も作り出した、か。まあ、神話にはそうゆう話はあるが、真っ向からダーウィンの進化論に喧嘩を売っているな。
チンパンジーと人間のDNA一致率は98.7%だ。(今ネットで調べた)
そんな些細な違いでもチンパンジーと人の間に子供が出来る事は無い。もちろんライオンとトラと言う別々の種族でも交配する種は居る。でも、人にはそう言った者はいない。いや、今までは居なかった。
天使と言う人に酷似した存在を僕たちは全く違う生き物だと思っていた。
まあ、普通に考えればそりゃそうで、人に翼など生えてはいない。
でも、僕と言った特殊解が出てきてしまった。これによって天使と人はすごく近い種族の可能性が出てきている。
そこの画面の目の前の人は「そんなの死体からDNAを採取したらいいじゃん」と思っているかもしれないが、天使を殺すと灰になって消えてしまう。ゲノムを取るどころの話では無いのだ。捕獲して採取することも考えられるが、あんな光の矢をどこからともなく出してくる相手に捕獲の難易度は非常に高い。
ここまで考えたが、ひとまずDNAの事は置いておこう。これ以上は本当に捕まえて調べてみない限りはただの夢見ごとの話でしかない。
神が人も天使も作り出したって話も、証拠が全くない。天使が居るのだから神も居る、なんて安直な考えは仮説としては良いのだけれど、仮説以上にはなりえない。
僕は熱狂的なキリスト教でも無ければ頭のおかしいマッドサイエンティストでもない。
結果だけを言えば証拠不十分過ぎて何も言えない。
さて、ここまで要した思考の時間は1秒にも満たない。流石は天使になった事で思考能力が上がっただけはある。
僕は今思考した結論をディスプレイ上のゴミ箱に3ポイントシュート決めつつ、他の気になっている事を聞いてみた。
「ママ、パパってどんな人?天使だったの?」
「そうね。一言でいえば情けない人だったわ」
おっと、辛口のコメントが返ってきた。
しかし、母は罵倒したような雰囲気では無く、微かに微笑みあの頃に思いをはせている風だった。
「でもね。強い人だったわ。普通の人だけれど、それでもいざって時には体を張れる強い人だったわ。ふふ、そう思えば鞠みたいね。その他人のためならば頑張れるところとかすごく似ているわ」
僕の頭を撫でながらそう言う。
その時僕はどんな顔だったのだろう。ただ、自分の赤らむ顔を恥ずかしくて自分では見たくなかった。
「そうね。そろそろ鞠にも話しとくべきよね」
そこから父の事を母が話してくれた。




