第四十二話 討伐作戦その4
side 山中中将
私は作戦本部にある複数のモニターを見ながらコーヒーを一杯啜る。あまりの緊張に味などさほどしないが、カフェインの為に摂取する。
軽く口を湿らせると私は通信官に今の状況を尋ねた。
「今、大阪軍の再編成はどれほど終わっていますか?」
「現在再編成は70%ほどです。装備の補充は終わっており、後は振り分けられた部隊員がそれぞれの場所に移動すれば完了となります。完了まで20分程かと」
なるほど。あとは人事の移動だけですか。ならばある程度作戦を進めてもいいですね。
私は未だ会議している後ろの将軍たちに作戦の進捗状況と説明の最終確認をする。
「では皆さん。お配りしたデータをご覧ください。今回の大和軍、スサノオ部隊を中心とした大指揮官クラス討伐作戦を説明します。今回の要であるスサノオ部隊は…」
そうして私は作戦の概要の説明の後、詳細な説明をしていく。質疑応答を中心とした会議は順調に進み、あと少しで終わると言う時、意図せぬ来訪者がやってきた。
わざと防音にはなっていない扉の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。
何事かと思った私は扉に立っている兵士に外を見てくるようにジェスチャーをする。
兵士が一つ頷き、扉を開けて外を見た。覗き見るような形で見た兵士だが、その兵士が急に後ろによろめいた。
まるで何かに押されたかのように後ずさりした。そして、その兵士を押しのけた張本人が両扉を開けて入ってくる。
何事かと思いその入ってきた人に注意をしようとしたが、私の言葉はその人を見た瞬間に詰まってしまう。
「っ」
その入ってきた人物はこの大阪の都市で有名人である人だ。そう、この大阪と言う都市の一番上になっている人、都長だ。
周りの将官たちもなんて声を発せば良いのか戸惑いを覚えている。それは私も同じで、なんて言えば良いのか迷っていた。
しかし、無言の時間は失礼に当たるので唯一立っていた私が堰を切って挨拶をした。
「…これはこれは岸田首相、ここに何か用事が?」
私は少し苛ついている心を静めながら、大人として顔に出さない様に細心の注意を払い言う。
そもそも軍の作戦中に都長が乗り込んでくること自体おかしい。正直な気持ちでは、今直ぐにこの場から追い出したいがそうもいかない。
軍の指揮系統は行政にあるため、私たち軍の一番上に居るのが都長なのだ。しかしながら、政治の事を主にする政治家と、軍事を主にする軍人とでは不文律がある。それは軍人が行政に口を出さないのと同時に行政が軍事に口を出さないと言う物だ。しかも、その不文律をただでさえ破った上で、戦時中に作戦本部に突撃してくるなんてどうかしている。
「いま現状どうなっていますか?」
眼鏡を片手に持ちレンズを拭きながらそんな事を言う岸田首相。
私はこの岸田秀雄と言う人物をあまり好きではない。大人として本人の前では言わないが、ここに居る将官たちも同じ気持ちなのだろう。その目が雄弁に物語っている。
「現状はスサノオ部隊の提案した連携作戦を元に作戦名キクの花作戦が進行中です」
「そうですか」
そもそもこの岸田秀雄はあまりいい噂を聞かない人だ。
この岸田秀雄の親が大阪都市有数の商人だった。その親の死後、岸田が会社を引き継いだ。引き継いでから数年は絶好調の会社の伸びだったが、岸田がその会社を退いてから一年と言う速さでその会社は倒産している。
理由は様々あるが、その大きな要因として優秀な人材が抜けた事と、賄賂と忖度の悪循環が原因だ。
もともとは健全だった会社なのだが、岸田が社長になってから有能な者は会社から抜けていき無能な者だけが会社に残るようになった。
理由はいろいろ考察されているが、噂によると有能な者の手柄を岸田が奪ったからだそうだ。そして、手柄を奪った岸田はそれにとどまらずに会社での嫌がらせでその人を退職までさせている、と言う噂まである。真実かどうかは置いといて、火のない所に煙は立たない。
そして、無能ばかりの会社になったのだが、過去の遺産を切り売りして外ずらだけの業績だけは残していた。
しかし、そんなもの長くは続かずに、岸田が社長を辞めてから一年と言う短時間で会社が倒産してしまった。
その後に都市により査察が入ったのだが、横領と忖度が蔓延していて末期がんの様に終わっていたらしい。
たったの数年でそんな状態にしてしまった岸田なのだが、倒産した当時には社長を退いていた事もあり公的な言及は無かった。
時は経ち、総理大臣になった岸田なのだが、そこでもいい噂を聞かない。
様々な政策を打っているのだが、どれも空中戦のお題目ばかりで、実際の効果がある政策をほとんどしていない。そして、誰からでも分かるような大企業に忖度して優遇政策をやっている。
まだ一期目だが、支持率は底辺を割っており、過去最低値をたたき出している。
そんな岸田だが次の瞬間、この場にいた全員を凍らせる一言を放った。
「では、その作戦を即刻中止してください」
「「「…」」」
まさに絶句とはこのことだ。
この人物はその意味するところを理解しているのだろうか。もしもこの作戦を止めてしまうと最悪大阪と言う都市が消滅しかねない。核にも匹敵しうる大指揮官クラスをもしも討伐できなければ大阪の都市に大指揮官クラスの攻撃が降り注ぐ。
防衛機能が停止した大阪には安全など無い。人口が多い都市と言うものは天使に狙われる危険性が大いにある。そうなってしまえば推定人口1000万人の民族大移動が発生しかねない。
天使が現れる前の世界ならば200ヵ国もあるどこかの国に難民として保護してもらえたかもしれない。しかしながら、今の世界では難民の受け入れるだけの余裕はどこにもない。それどころかこの旧日本でも1000万人もの難民を受け入れることはできない。
推定人口1000万人もの殆どが屋根の無い場所で暮らす羽目になってしまう。
それだけは何としてでも阻止しなければいけない。私にだって家族と愛する娘が居るのだから。
「…それは、どういう事でしょうか?」
私には聞き返す事しかできなかった。あまりの事に他の将官たちも仰天の瞳とは違い口は閉ざしている。
私が聞き返すと岸田首相は少し眉をひそめて不快そうな顔をした。
「聞こえませんでしたか?私は今すぐに作戦を中止しなさいと命令したのです」
やはりさっきの言葉は間違いでは無かったようだ。しかし、私たちはそれに同意する事は出来ない。
「…理由をお伺いしても?」
しかしながら、私たちは軍人であるがために上からの命令には従わなければならない。
「…説明する必要がありますか?」
呑気にそう言い放つ岸田をぶん殴りたくなる。本当にその命令がどういう結果を生むのかコイツは理解しているのだろうか?
軍上層部でも岸田の評判は良くないが、まさかここまでとは思ってもみなかった。
「我々にも作戦を指揮するものとして知る権利があるかと」
私がそう言うと岸田が不機嫌そうな顔をした。一瞬で平常の顔に戻していたが、私の目にはしっかりと見えていた。
「……その必要はありません」
「何故でしょうか?」
「私がそう判断したからです。ああ、あとスサノオ部隊への連絡を禁止します」
「…」
…今私の手元に拳銃があったならば衝動で撃ち殺していたかもしれない。何故スサノオ部隊への連絡を絶つのかは知らないが、それが民のメリットになる事は無いだろう。
しかし、私は大人で軍人だ。
グッと気持ちを抑える。強く握りしめた拳から血が数滴垂れるが、その痛みで何とか怒りを抑えられた。
「………分かりました。了解であります」
私の一言に納得した岸田秀雄は一つ頷くと、にこやかな顔で作戦本部室を出ていった。
扉が閉まる音と共に、私の怒りは爆発した。思いっきり殴りつけた机はドン!と大きな音を立てる。
あまりに理不尽な命令だ。しかし、自分が根っからの軍人である事に嫌悪する。
「「「…」」」
周りの将官たちも同じ気持ちである事に変わりはない。であるならばだ。もしもに備えて動けるように準備はしておこう。
「……おい、命令があれば即座に動けるように再編成をしておけ」
「いいのですか?」
「そのぐらいならば軍規に違反する事は無い」
私はそれだけ言うと後は他の将官に任せて私は一服しに部屋を出ていった。本来やってはいけないような行為だが、今私が作戦本部に居ても居なくてもさほど変わらないだろう。
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side 正剛少将
鞠を船に退避させた後、我はスサノオ部隊に戻ってきた。
私は第三班の解析を主とする人に現状の連絡を取る。
「現状どうなっている?報告せよ」
「現状怪我人はいません。しかし、気がかりが一つ」
「なんだ?」
「天使の行動パターンです。一定以上船と天使の間が空くと我々を無視して船の方に向かう様な行動に移ります」
「なんだと?それは本当か?」
「はい、そのデータがこちらです。未だサンプル不足で確実とは言えませんがかなりの制度で間違いないでしょう」
「なるほど…。分かった。船にもこの情報と一定以内に居るように言っておけ」
「は!」
命令を部下に出して戦闘に戻る。
先ほどの攻撃でだいぶ効いているのか動きが鈍い。そのおかげで余裕を持って対応できている。
しばらく天使の観察をしていると、部下の報告通りだった。確かに一定以上離れると天使が船の方に意識を向ける。
「もう少し船を近づけろと伝えろ!」
私はさっきの部下に通信を入れてそう言う。
距離が離れるごとにヘイトが変わるのがこれまた厄介で連携が崩れてしまう。そんな事ならいっそ危険を追ってでも船を近づけた方が良い。
あれから少しずつダメージを与えてるのだが、あまり聞いていない。やはり、光のバリアで防がれてしまい威力が相殺されている。先ほどの様に不意打ちじゃないと大したダメージにはならないようだ。
分かってはいたが本当に火力が足りない。第二班の13人の火力では限界があった。
戦いが始まり、すでに1時間以上は経っている。しかしながら、大阪軍からの続報が一向になかった。
部下にも限界が見え始め、動きが鈍り始めている。まだ大丈夫だが、あと何時間持つか分からない。
「おい!大阪の援軍はいつ来る!」
焦りが語彙に出ていたのか強い語気で部下に言ってしまう。いつもはなるべく優しく話しかけているのだが、今はそんな事に気を使っている余裕が無かった。
そして部下から返ってきた言葉に私は一瞬理解できなかった。
「何度も連絡を入れているのですが、もう少し、もう少しと言うだけで、有用な情報をよこして来ません」
「…それは本当か?」
「はい、何回も連絡をしているのですが、再編がどの程度終わったかすらも答えません」
「っち!こんな時に!私が連絡をする。お前たちはこれまで通りに戦え」
我は少し前線から距離を取ると大阪軍に通話を飛ばした。
『…こちら大和スサノオ部隊隊長の正剛正義だ』
『こちら大阪軍本部指揮所直轄です。ご用件はなんでしょうか?』
『現在の大阪軍の再編成をお聞きしたい。今どの程度まで終わっている?』
『…少々お待ちください。確認をとります。……お待たせしました。スサノオ部隊には軍事機密Aクラスの開示許可がありませんでした。そのためお答えできません』
何だと?我々に開示許可がないだと?どうなっているんだ。
あまりの事に怒りよりも先に困惑がきてしまう。
「…それは、どういう事だ?」
「先ほど申し上げた通り、スサノオ部隊には情報の開示権限がありません」
どうやら間違いではない様だ。
理解するにつれてふつふつと怒りがこみ上げてくる。今すぐに作戦本部に乗り込んで怒鳴りつけてやりたいが、そんな事は出来ない。
私は一指揮官として怒りを抑えて、確認をする。
『…それは…我々への援軍は無いと言う事でいいのかな?』
『…いえ、援軍の件はコチラでも承知しています。…時間をいただければ応援を』
その言葉に我は堪忍袋の緒が切れた。
『お前はバカか!こちらに時間を稼げるような余裕は無いのだぞ!まばらでもいいから援軍をよこせ!』
『…それは戦力の逐次投入と言う事で出来ません。まとまった数が集まりましたら援軍としておくります』
『っち、話にならんな』
こんな状態では、我々が先に潰れる。それは大和軍として許容できない。
我は声を少し落ち着かせると、静かな声で宣告した。
「……あと30分以内に援軍が無い場合…我々は撤退する』
そう言うと通話を切った。
もし敵前逃亡と言われても、我々スサノオ部隊と大阪軍は指揮系統と言うか所属組織が全く違う。その罪を問う資格は大阪には無い。
「隊長、どうでしたか?」
「あれはダメだな。多分上の方からちょっかいか何かが入ってきたのだろう。それに巻き込まれて我々が死ぬ義理も無い。我々は30分後に応援が無い場合、撤退する」
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あれから20分が経つ。未だ応援の連絡は来ないままだ。イライラと焦燥感が募る中での綱渡りの戦闘はかなり精神に来る。部下の集中力も切れ始めていて、無駄な負傷が増え始めていた。
体全部が蒸発しなければ直ぐに回復できるとは言え、命の危険は常にある。
未だ一人も死者を出していないのは幸いだが、それでもいつ一人目が出てもおかしくは無い。
「連絡はまだか?」
「まだです」
一分に一度は聞いている。もっと落ち着いた方が良いとは思うが、心情的に焦る気持ちを抑えられない。
刻一刻とタイムリミットが迫る中で、撤退の作戦を脳内で考えながら指揮を執る。
大和軍としても大阪が無くなる事は大ダメージだが、最悪のパターンは我々が全滅して大阪が無くなる事だ。スサノオの精鋭たる我々が居なくなったら大和の防衛すら怪しくなってしまう。
我が時間を気にしながら指揮を執っていると、動きがあった。悪い方向で。
視界の端で何かが動いたのが見えた。動いたものの正体を確認しようと一瞬だけ目線を向けると…。
「おい!誰が船を離していいと命令を出した?」
そう、船の位置が戦闘地点からどんどんと動いて離れて行っている。あの船には鞠と言う爆弾でもあり、命綱でもある人間が乗っている。動かしたらこっちの陣形が崩れるだけじゃなく、あの船に天使が行きかねない。今のスサノオ部隊では誰一人として余力は無く、到底天使を止める事なんて出来ない。
「おい!船に連絡しろ!」
「今やってます!しかし、応答がありません!」
っち!このままでは本当に取り返しのつかない事になる。ここは無理をしてでも強硬手段に出るしかない。
「第三班!船のエンジンを破壊してでもいいから止めてこい!このままでは船どころではなく大阪と言う都市が無くなるぞ!」
私が指示を飛ばすと、第三班は即座に船へ向かった。
っち、本当にめんどくさい事になった。第三班が抜けた穴を塞ぐのは容易ではない。ただでさえ人数は欲しい現状でこれは痛手だ。でも今はやるしかない。
自分の頬を叩き、カツを入れる。もしも我が諦めてしまったら部下も諦めてしまう。それは指揮官としてやってはダメだ。
「第一班と第二班は天使を船の方へ誘導しつつ交戦だ!第三班が抜けた穴がある。連携をミスるなよ!」
天使を誘導しつつ交戦する。第三班の穴は限界状態の我々には大きく、徐々に隊員が負傷して一時離脱をする。
もう余力的にも限界の我々では、このまま押しつぶされると思った時、事態が動いた。
天使の動きが急に止まると、ある一方向を見る。これは何度も見た天使の行動パターンだ。
「まずい、!総員天使に攻撃せよ!」
我の命令に従い全員が攻撃をするが、連携を欠いた攻撃は互いに相殺し合いその三分の一しか当たらなかった。
天使は我々の攻撃などどうでもいいようで、一瞥もせずに船の方に飛んで行ってしまう。
我は極わずかの超能力をフル活用して天使を追いかける。それでも、限界まじかの我では天使にどんどんと距離を離されて行ってしまう。距離を離された我は天使が豆粒の様に見えるほど離されてしまった。そんな天使が今、船に着弾した。




