第四十一話 討伐作戦その3
side 鞠
未だ戦闘が続いているのが船の甲板から見える。天使らしき小さな人影が鳥の群れみたいな者に向かってビームを撃っている。あの鳥の群れみたいなのが、スサノオ部隊の人達なのだろう。
天使とスサノオたちの戦いが初まって、もう30分は経とうかとしていた。
戦いの光景を僕は見ながらパラソルの下で美味しいジュースを飲みながら椅子に座っていた。律儀に置いてあるテーブルにジュースを置くと、僕は椅子を倒してくつろぐ。
潮風に当たりながら青い空と青い海と、天使とスサノオたちと言う映画を見ている気分に僕は今なっている。
まさにお前は此処に何しに来た状態の僕だが、これでいいのだ。もしも何も知らない人が見たらお金持ちの子供に見えるだろう。
僕は何もやる事が無いので戦いをスポーツ気分で観戦していると、スサノオ部隊の動きが変わった。何か異変が起きたのかなー、なんて呑気に考えていると…。
「え?」
急に変わった動きに何か異常事態が起きた事を隣にいる護衛と話そうとした時、僕の瞳は光速で向かってくる何かを見た。
距離があり飛んでくるものが点にしか見えないが、その点の背中部分に輝く何かがある事でその正体を察する。
その正体、天使がこちらに向かってきている事を護衛の二人も認識したのか誰かに連絡をしていた。
まだ距離があるとはいえ、天使の飛行速度はかなり速い。この調子では1分ほどで天使がこの船に着くだろう。
急な展開に僕の思考はどうすれば良いのかで混乱する。勝手に動く訳にもいかないので、護衛に聞いてみた。
「ど、どうしましょう!?」
「鞠さん!今緊急の連絡がありました!今すぐに船内へ入ってください!」
そう言われた僕は慌てて脱いでいた靴を履く。さっきまでくつろぎ過ぎていた弊害で靴を履くだけで数秒間掛かってしまった。
靴を履き終えた僕は船内に向かって走り出すが、一歩遅かった。
船内まであと一歩のところでドンと大きな音を立てて船が大きく沈む。浮力で重い船が上がってくるが、地震の様に何回も揺れる。
あまりの衝撃に僕は尻もちをついてしまう。堅い甲板に何回も打ち付けた尻を触っていると、地面に影が落ちた。
何事かと思って影の正体を見ると、そこには…。
「は?」
天使が居た。
天使を始めて近くで見た。そして、思った。こんなにも人間に似ているのに、どこまでも人ではない事に恐怖を覚えた。
ロングの金色の髪の毛。無機質な黄金の瞳。その造形美で誰しもが美しいと思う顔はやけに無表情で機械的な顔だ。その顔は本当に人に似ているのに、人の皮をかぶっているだけで人とはまるで違うと感じる。
不気味な天使はその大きな天使特有の白い翼を広げた。もしも、何も知らない人が天使を始めて見たら造形美的だけれども無機質で不気味な顔と、純白の大きな翼で受胎告知の天使を思い浮かべるだろう。
そんな天使が僕を真っすぐ見つめていた。そして、その無機質な顔が言葉を発することで口元だけが少しだけ動いた。
『お前は、何者だ?』
脳に直接響き渡る声。日本語でも英語でも無い言語がなぜか理解できる不快感に眉を顰める。
しかしながら、この天使は何を言っているのだろう?僕がいきなりの天使の言葉に疑問符を浮かべていると、天使は言葉をつづけた。
『…お前は何者だ?お前は天使か?』
この言葉にも僕は困惑してしまう。
僕には黄金の瞳も天使の翼も無い。そんな僕を天使?意味が分からない。僕は人間だ。僕が天使でない事は一目瞭然なのにもかかわらずこの天使は何故そんな事を言ったのだろうか?
僕が天使の言った言葉を考えていると遠くから声が聞こえた。
「鞠伏せろ!」
その言葉を脳で理解するよりも早く僕は地面に伏せていた。
僕が言葉を咀嚼したと同時に天使が吹き飛ぶ。何が起きたのか理解する前に、僕は誰かに抱えられていた。
フリーズしていた脳が再起動すると、僕を抱えている人物を見る。まあ、さっきの声で何となく分かってはいるのだが、それは正剛少将だった。
「鞠大丈夫か?」
「え?ええ、攻撃はされてません」
空を飛び、敵を吹き飛ばして登場する。まさにヒーローの登場シーンの様な感じで来た正剛少将に少年心がときめいてしまった。
僕が正剛少将のかっこよさに感動していると、正剛少将を追って他の軍人も正剛少将の後ろに着地した。
その軍人たちに正剛少将は一瞥もすることなく指示を飛ばす。
「お前たちは天使の警戒をしろ!」
そう言うと全員が一斉に飛び立っていった。
命の危険がある状況なのに、興奮が冷めやらない。僕も男の子だった頃があるから、こういったロマンのかっこよさは心に響く。
「本当か?何かされなかったか?」
僕が隊員と正剛少将にときめいていると、正剛少将は僕を落ち着かせる様に頭を撫でながら僕の無事を再度聞いてきた。
僕は本当に何もされていないので、手を振りながら無事であることを言う。が、しかし、天使から言われた事は言った方が良いか。ほうれんそうは大事だ。
「いえ、…ただ、天使から『お前は何者だ?』って聞かれました。どういった意味なのでしょう?」
さっきの無感情を真似してそう言う。似ていないとは思うが雰囲気を伝えたくて真似をした。…ちょっと恥ずかしい。
正剛少将は天使が言葉を発したことに驚いていたが、それを熟考する時間は無かった。
「っつ!」
「へぇ?」
瞬間的に視界がぶれた僕は、気づいた時には中空の空高くに居た。
わきに抱えられる形の僕は真下に船が見える。そして、その船は横一文字に甲板が抉られていた。
そこまで見てようやく理解する。正剛少将は今の一瞬で僕を抱えあげて天使の攻撃から守ってくれたのだと。
そして思う。もしあれに当たっていたら塵すら残らず消滅していたことに。
理解したことで冷や汗がだらだらと流られるが、そんな事を考えている暇は無く状況は動いていく。
一瞬天使が光ったかと思ったら特大のビームが放たれる。正剛少将が回避してくれるが、近くを通り過ぎただけでも肌が焼けるほどに暑い。
次々と放たれる光の矢を正剛少将が空を飛びながら避けていく。
一瞬でもミスれば死ぬ状況と、空を縦横無尽に動き回る様はデスジェットコースターだ。
「第一班!ヘイトを稼げ!第二班!船の撤退を見計らったら攻撃を再開しろ!第三班は第一班の援護をしろ!」
正剛少将の怒声にも似た命令は必至だ。僕を飛び抱えながら攻撃を回避して命令まで出す。
僕には到底まねできない事をすんなりとこなしてしまう所に憧れる。
でも、僕はそろそろ限界だった。激しく飛び回る事で発生するGと、視界が何回転もする空中飛行に僕は吐きそうになっていた。
「正剛少将、うぷ。そろそろ下ろしてくれませんか。…吐きそうです」
「我慢しろ。もう少しで船が安全領域に避難する。そうすればこの攻撃の嵐もやむだろう」
それって何分待てばいいのだろう?分からないが早くしてほしいと心から願う。
時々生転で自分を治して吐くのを必死に食い止める。もったいないと思うかもしれないがこんな所で吐きたくはない。
長くも感じる時間が、EgGNeuRonで時間を確認すると未だ3分しか経っていない。
早く終わってほしいと心より願いながら揺られること5分。僕はやっと待ちに待った時が来た。
「よし!船が領域外から出た!第二班は攻撃を同時に放て!合図は次の光の矢の攻撃を天使が発射した瞬間だ!」
そう合図すると第二班の人達が攻撃態勢に入ったのが分かる。全員が距離を取っている事からして遠距離能力者で固められた班なのだろう。
僕がそんな事を思っていると急にGが加わり再度、吐きそうになる。僕がさっきまでいた場所が光の矢で貫かれたのと同時に正剛少将が合図を送った。
「よし今だ!撃て!」
第二班の全員が各々の超能力を放つ。まるでそれが虹色にも見える様々な超能力はこんな状況でも綺麗に見えた。
その何十もの超能力が天使に同時着弾する。激しい音と共に良く分からない物が天使を一瞬覆った。
推測するに全く系統の違う超能力が同時に衝突するとああなるのだろう。
よく分からない物が無くなると天使の姿が見える。会心の一撃だったのか片翼が消滅していた。
「やったか?」
なんてフラグの言葉を吐いてみたが、今の一撃は天使を葬るには十分な威力に見えた。
「しぶといやつだな」
しかし、正剛少将には逆に見えたらしい。全く警戒心の解かない正剛少将を見てヤレていない事が分かった。どうやらフラグと言う物は本当にあるのかもしれない。
でも、あの一撃は天使の片翼を吹き飛ばせた。あと一回か二回繰り返せば倒せるだろう。
まあ、相手も馬鹿じゃないだろうし、同じ轍は踏むまい。
「第二班はいったん退避!第一班と第三班で再度かく乱!我は鞠を連れて船に戻る。それまでは回避優先で立ち回れ!」
その命令を送ると正剛少将はとてつもない加速で船へ向かった。
しかし、急に加速された事でここまで我慢してきた胃酸が僕の口から出ていった。正直もっと気を使って加速してほしかった。
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船へ着くと、甲板は酷い有様だった。天使の攻撃によりドロドロに溶けた甲板は固まっているが、未だ水をたらせば蒸発するほどに熱い。幸い船の航行に支障があるたぐいの損傷では無かったが為に未だ沈まずにいられている。
「鞠降りるぞ」
「早く下ろしてください。また、吐きそうです」
口元を抑えながらそう伝えると、正剛少将は理解したのかあまり揺らさずに下ろしてくれた。
この気遣いさっきの時にしてほしかった。
船に降りると、僕は急いで船の端の方に行く。手すりから身を乗り出して僕は吐いた。さっきも吐いたのに収まる気配のない気持ち悪さは今すぐに生転で直したい。しかしながら、さっきみたいに緊急では無いので超能力の温存の方を優先した。
さっきまで口の中は美味しいジュースの味だったのに、今では胃酸の味が口内を占領している。
「大丈夫か?鞠よ」
「ええ、吐いたら楽になりました」
正剛少将が背中をさすってくれるが、その優しさを吐く前にしてほしかった。まあ、こんな性格なのは前から知っていたし文句を言う事はしない。この人もこの人なりに精一杯やってくれていたし、命の恩人でも一応はある。なぜ一応なのかと言うと、この依頼自体正剛少将が発注したものだからだ。まあ、参加すると言ったのは僕だけれども。
「では我は行く。何かあったら連絡してくれ」
正剛少将は時間が無いのか僕が大丈夫そうなのを確認すると飛び出してしまった。
「気を付けてくださいね」
少し楽になった身体で手を振りながら送り出す。一人になってしまった甲板で手すりに掴まりながら、僕は再度吐いた。さっきまでは大丈夫だった船の揺れが地味にキツかった。




