第三十六話 軍医師のひとりごと
side 軍医師
私は軍人だ。しかし、私は戦う訳では無い。戦う事など私には出来ない。しかし、そんな私にも戦場がある。それは病室だ。
私は軍医師だ。そして再生能力者でもある。一人でも多く人を救う為に私は何時も頑張っている。
「なんていうには大げさよね」
確かに私は人を救いたいと思っている。しかし、軍に入りたかった訳では無い。どちらかと言えば嫌だった。
でも、父が軍人の偉い人だった事で私は多くの人から期待された。本心は嫌だったが、気の弱い私が断われる訳も無く、ずるずると引きずられる様に軍に入ってしまった。
それでも、頑張ろうと決めて頑張った。他の人よりも努力した自負はある。他の再生能力者よりも優れている自負もある。それでも目の前にいる才能の塊には勝てる気はしなかった。
一目見て分かった。ただ歩いているだけなのに周囲をすべて把握したような動き方。私にもそう言った事は出来なくは無い。でも、こんな乱れた場所では到底できない。
再生能力者には第二の目と言われる視覚がある。しかし第二の目と言っても数メートルを捉えるので精いっぱいだ。それ以上感知範囲を広げると脳が耐え切れない。
無論その感覚は私にもある。私は再生能力者の中でも優秀な方だ。感知範囲は頑張れば10メートルほどにまで伸ばせる。でも、そんな事をしたら情報を処理するだけで精一杯で歩くのでも苦労するだろう。
しかし、その少年はどこに誰が居て、どんな動きをしているのかを完全に把握している。それは動きを見れば明らかだった。
私はその子供が気になって彼が治療し終わった患者を診てみた。
そして分かってしまった。この子供は才能だけではない事を。もしこの子供が才能だけの存在なら才能に嫉妬はするもののそれ以上は何も感じないだろう。
私よりも繊細な治療の跡。それも取捨選択が完璧で私ですらこのレベルは出来ない。
再生能力者にとってただ治すだけならば簡単だ。そんな事覚醒したその日にだって出来る。しかし、範囲を選択するのは非常に難しい。特に臓器の様に密集して入り組んでいる物になると難易度も上がる。
そして、嫉妬できないその理由の一つがその優しさだ。
一般人の感覚からしたら治せるのに治し切らないのは残酷にも思えるだろう。しかし、実際にこっちの立場に立ってみれば分かる。無限と思える量が居る中で全員を全治させていたら救える命も無くなってしまう。
私が軍に入隊したときも、そう教わった。最初の頃は「なんて酷い」と思っていたが、一度足の踏み場もないような病室を見たらそんな思いは吹き飛ぶ。
一人でも多く救うためには取捨選択が必要だ。時にそれは命の選別も必要になる。だから、それをしないために死の淵から重症程度まで治すのだ。重症ならば自然治癒で治る。時間はかかるけれども、再生能力者が回復したらもう一度治してもらえばいい。だから兎に角多くの命のタイムリミットを伸ばす必要があるのだ。
その事をまだ子供が分かっていて実践しているのだ。
頭が良く、判断も能力も優秀。そして、一人でも多くの命を救うために全体を見て効率よく動く。
嫉妬すら通り越してただ敗北を見せつけられた。
「はぁー。私は何を考えているのだろう。あんな子供…」
酒でも一杯飲んで忘れたい気分だが、現状がそれを許してくれない。
私も私の仕事をするために動いた。
~~~
それから私は働いた。私の部下が何人もリタイアしていく中で私とあの少年だけが残った。
どれだけやれば終わりが来るのか分からない状況での治療は精神的に辛い。もう限界も近く立っているのでも辛くなりつつある。
そんな中で少年の方を見るが、彼はまだ余裕な様でテキパキと捌いている。
才能に嫉妬してしまうがそんなのはすぐに消える。なぜならば嫉妬している余裕など、今の私には無かったからだ。
「隊長、そろそろ休まれた方が良いのではないでしょうか?」
フラフラな私を見て部下がそう心配してくれる。
心配された事は嬉しいが、そんな事をしたら何人の命が失われるのか。それを考えるだけで震えがくる。
部下にも手伝ってほしいが、この部下はまだ若い。この気持ちは目の前であと一歩届かずに死んでいった人を見ないと分からないだろう。救った命よりも失った命の方を見るのはナンセンスだとは思うが、それでも自分の精一杯はやりたいのだ。
「私はまだ大丈夫だ。それよりも戦線の方はどうだ?」
「…かなり殲滅も終わった様ですが指揮官クラスが2体と大指揮官クラスが1体が残っています」
「……そうか…」
それはあまり嬉しくない報告だ。
指揮官クラスの天使ならば熟練した兵士の小隊で倒せる強さだ。安全を言えば中隊は欲しいが、小隊でも倒せる。
しかし、大指揮官クラスは違う。スサノオ部隊と言う超能力者の精鋭部隊でも倒すのに成功したのは2回だけだ。今まで十回以上の戦闘の記録があるが、ほぼすべて大損害をこおむって撤退しているか逃げられている。討伐で来た2回も全体の8割が負傷して、2割が死亡した。
そのぐらい大指揮官クラスは強い。
「それで、作戦本部で討伐作戦の目途は立ったか?」
「聞いたのですが返答はありませんでした。これは私の推測になるのですが、今の現状では絶望的かと…」
まあ、だろうな。今までの戦闘で戦力の殆どが負傷している。命に関わるものだけで四桁に届きそうなほどいたのだ。骨折程度の怪我ならばその10倍はいるだろう。どう考えても戦力不足だ。
「それであと何人きそうだ?」
これは重篤者の数だ。
「正確な数は分かりませんが、あと20名は行かないでしょう」
「そうか…それは唯一の朗報だな」
「ええ、交渉の末に1人の再生能力者も確保しました。これで大丈夫でしょう」
一つ肩の荷が下りた。
私の管轄内で死者が出ない様で安心した今ならば熟睡も出来るだろう。
安心した事で体から力が抜けた。それを部下が慌てて受け止めてくれる。
「隊長。少し休みましょう」
「ああ、そうだな。そうしよう。あとは任せたぞ」
「はい!お任せください」
後の事は部下に任せて休むことにした。
横になって目をつぶるがいざと言う時の為に寝ないのにはこの疲れ切った体には苦労した。




