第三十二話 母への親孝行プレゼント
服屋から出て僕は体いっぱいで袋を持ち大通りまで来ていた。
僕はEgGNeuRonでタクシーを呼ぶ。
この都市には完全無人のタクシーが走っている。都市全体の情報が常に集められていて、そこからの予測によって適切なタクシーが適切に走っている。
もちろん12番区には人が多い故に沢山のタクシーが走っている。
僕の所にも直ぐにタクシーが来ると自動でドアが開いた。僕はタクシーにIDパスポートと家のデータを送るとタクシーは走り出した。
完全無人のタクシーは量子コンピューターによって制御されている。個々が判断して運転するのでは無く、膨大な数のタクシーを一つのコンピューターが制御することによって、無駄なく車線変更や渋滞の改善などができる。
このタクシーも例に漏れず、スイスイと車を縫って僕の家に向かっていった。
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家に着くと僕は荷物を持ってタクシーから降りる。お金は事前にかざしていたIDパスポートから勝手に送金されている。
僕は体を使って一生懸命荷物を持つ。エレベーターの前まで行くと一旦荷物を下ろしてエレベーターを呼んだ。エレベーターで3階まで行くと、301号室の玄関を開けた。
体を全部使って扉を開けると、その音に気が付いた母が玄関に来てくれる。
「鞠おかえりなさい」
「ん、ただいま」
僕は母に扉を押さえてもらいながら紙袋を家の中に入れた。
母は不思議そうな顔をしながらも紙袋をダイニングの方へと持っていってくれる。僕は母に感謝を伝えながら手洗いうがいをした。
夏という事もあってだらだらに汗を吸った服を洗濯カゴの中に入れて着替える。クーラーに当たりながら熱くなった体を冷ましていると、母が紙袋を差しながら中身を聞いてきた。
「鞠、この袋は何?」
紙袋には一応店の名前も書いてあるが、有名な店ではないようで母は知らなかった。
僕は母に近寄って無言で母の手から紙袋を奪った。僕はプレゼントを渡すことが何故か急に恥ずかしくなり始めた。僕は紙袋で自分の顔を隠してしまう。
いつもの僕ならばこんなことは無い。元大人として恥ずかしくなりようが無い。
っと、ここで思い出した。僕前世で誰かにプレゼントした事ッてあったっけ?もちろん取引先の人に菓子折りを持って行ったことは何度もある。けれども、個人的な気持ちでプレゼントを渡したことは無い。
理由が自分の中で言語化出来たとは言え、恥ずかしい気持ちは変わらない。今の自分の顔を3次元的視覚で見たら顔が赤くなっているのが分かるだろう。しかし、そんな事をしたら羞恥で死にそうになるので避けた。
僕の奇行に母の顔には疑問符が浮かんでいるが、僕は母に顔を見られないようにプレゼントを母に突き出した。
「ママ、これプレゼント」
「プレゼント?」
僕が恥ずかしがっているのを母は分かっている。紙袋越しに母がニヤニヤとし始めているのを僕はしっかりと見えていた。
僕は恥ずかしさのあまりから、聞かれてもいない言い訳を並べ始めた。
「僕、前に依頼があったでしょ。その時の結構なお金が入ったから初任給的な事で恩返しプレゼントをしようと思ったの」
「フフ、うれしいわ鞠。ありがとう」
母は優しい笑顔で僕の頭を撫でる。僕はさらに恥ずかしくなってトイレに逃げてしまった。
便座に座り、前世大人が何をやっているのだろうと、自虐に入る。
これでも40年、今生も合わせれば50年にもなる僕は、今は本当の子供みたいな行動をとってしまった。別に他者から見たら、大人のふるまいをしている子供の方が違和感のある事なんだろうけど、僕からしてみれば子供の行動と言う物は気恥ずかしく思う。
「はぁー」
トイレの水を流して出る。トイレから廊下を歩き、ダイニングに行くと、そこには僕のプレゼントの服を着ている母が居た。
母が来ているのは二つの服の内のかわいい系の服だ。
一目見た見た目はすさまじく、夏に咲いた一凛の白雪姫の様だった。
淡いブルーのワンピースは夏に咲いた一凛の花の様に美しく。ストレートロングの髪は、儚さと美しさを併せ持っている。服よりも濃い青色の目はその意志の強さがにじみ出ている。
いつもは地味目な服を着ていても、滲み出る美しさを消せてはいなかった。それがどうだ。可憐な服をまとっただけで誰もが振り向くような見た目になった。
「どう?似合ってる?」
ワンピースの袖を持ちながらそう言う。その少し傾けた顔なんてあざとい以外の何物でもない。でも、それを無意識でやっているのが、この母のすごい所でもあり、怖い所でもある。
「似合っているよ」
「あら、本当?そう言ってくれると嬉しいわ」
しかし、本当にすごいな。母がこの服を着ると、健康的で元気な色気と、何故かあふれ出ている未亡人特有の色気が混ざり合っている。
世の男性が見たらいちころ間違いなしだ。
僕は母にばれない様にEgGNeuRonで何枚も写真を撮った。
「次はこっちも来てみましょうかしら」
そう言って手に取ったのはプレゼントのもう片方の服。
母はすぐさま脱衣所に入っていった。
さっきのワンピースであれだけの破壊力のある姿になったのだ。もしもこっちを着たらどうなるのか、僕は興味津々だった。
しかし、脱衣所に入ってからしばらく経ったが、母が出てくる気配が無い。何か問題があるのかな?と、重い、声を掛けようとした瞬間にドアが開いた。
「ど、どおかしら?」
母がタジタジしながら脱衣所から出てきた。母が着てきた服はレディースのスーツだった。黒の様に仰々しい服では無く、灰色のカジュアルなスーツだ。
先ほどとは違い、出来る女の人のような感じだ。特に長いロングの髪をポニーテールに結っているのが良い。眼鏡でもかければ完璧だ。
「似合ってるよ」
「そ、そう」
「でも、かなり時間が掛かっていたね?何かあったの?」
「それは、、、このネクタイの閉め方が分からなくて調べていたのよ」
確かに所々歪みが出来ている。まあ、女性がネクタイなんて締めないものね。
しかし、なんともまあ、良い。いやね。前世でこんな人が会社に居たらめちゃくちゃモテただろうな。前世で恋人なんて出来たこと無い僕からしても、めちゃくちゃモテる事が一目でわかるぐらいにはすごい。
さっきからすごい、しか言っていない気もするが、そのぐらいすごいのだ。
でも、そのぐらいにあっている服を買えて良かった。あの店員の目に狂いは無かったようだ。
「この服似合っててよかったよ」
「鞠ありがとうね。このプレゼント本当にうれしいわ」
そう言って母が僕に抱き着いてきた。その強い抱擁は苦しくもあるが幸せでもあった。
それから数分間母の抱擁が続いた。流石に苦しくなった僕は母に手で叩いてギブを知らせた。
「あら、ごめんなさいね」
「ううぅ」
特に母は胸が大きいために強く抱擁されると押しつぶされるのだ。短い時間なら我慢できるが、さすがに数分続くと呼吸が苦しくなる。
僕が呼吸を整えていると、母が僕の突かれたくない事を聞いてきた。
「しかし、この服良い服ね。いくらしたの?そういえばどこからそんなお金が出てきたの?」
「ゴ、ゴホ」
息を吸い込んだ瞬間に言われたからむせてしまった。
ヤバい、聞かれたくない事を聞かれてしまった。流石に言えない。この服二着で800万円なんて。
いやね?子供が800万円の服をプレゼントしてきたら怖くない?正剛少将に言われた車が買える値段の服なんて、僕が親ならば気絶するかもしれない。
だから、僕は濁して言う事にした。
「ちょっと高めの金額だよ」
ちょっと高め(800万円)と言った。まあ、ギリのギリギリ、ちょっと高めで通せる金額……だと信じたい。
「まりぃー?私の目を見て言いなさい。いくらしたのこの服」
母が僕をジト目で見てきた。僕はその視線から逃げる為に一歩後ずさった。
母は僕を逃がす気が無いらしく、どんどんと近づいてきて、ついには両手で確保されてしまった。
「さあ、白状しなさい」
さすがに誤魔化せない事を悟った僕は、小さな声で言った。
「8」
「なに?この服8万円?かなり安めね」
言えない。さすがにその二けた上なんて。
僕が、未だ母から目を逸らしている事に母が気づいた。それで分かったようだ。
「もしかして80万円もするの?!」
「…」
未だ目を見ない僕に母はついに真実に気づいてしまったようだ。
「まさか…800万円?」
「(コク)」
そう一つ頷くと、母はよろめいてしまった。
みんな金銭感覚が狂っているかもしれないが、800万円とは高級車を買える値段である。もっと言うならばEgGNeuRonを3台買ってもお釣りが出る値段である。
そんな金額の服を買ってきた子供がいるのならば倒れずにはいられない。
「…ねえ、聞いてもいい?そんなお金どこにあったの?」
「最初にも言った通り、こないだ受けた依頼のお金だよ」
「…そういえば、そんな事を言っていたわね。衝撃で忘れていたわ」
僕が変なお金に手を指していない事を知ると一安心してくれた。
一安心したことで腰が抜けたのか地面にへたり込んでしまう。
「よかったわ。…でも、依頼のお金ってこの服が買えるだけの金額だったのね。いくらだったの?」
それは単なる疑問だったのだろう。でも、僕が言った金額に母は衝撃を通り越して呆れてしまった。
「確か6900万円だったかな?」
「6900っ。はぁーすごいわね。でも、私の全資産を余裕で超えられたのがちょっと複雑な気分」
確かに。それは同感するわ。自分の子供が4歳で自分の全財産を超えていくと、自分の人生は何だったのかと思ってしまう。それは前世では死ぬまで働いていたからこそ強く思う。
それから僕は、母にもう一度強い抱擁をされた。長い抱擁は苦しかったが幸せでもあった。




