第二十五話 夜明けの病院
瞼の裏から見える光が眩しく、目が醒める。
ゆっくりと開ける視界の中で、僕は久しぶりに朝日と言う物を見た。
いつもとは違う光景に一瞬困惑するが、自分が病院に居る事を思い出す。眠い目を擦りながら周りを見渡すと、昨日には無かったはずのベットが僕のベットの横に併設されていた。
そしてそこには安らかな顔ですやすやと寝ている母が居た。
「ママ」
何故母が言葉に居るのかと不思議に思うが、正剛少将が連絡していてくれたことを思い出す。
いつから居たのかは知らないが、母の事だから何を置いても駆けつけて来てくれたのだろう。
そう思えば母への感謝と、嬉しさがこみ上げてくる。
僕は母を起こさない様に静かにベットから抜け出す。テーブルに置いてあった眼帯を手に取ろうとするが、が置いていくことにした。
何故かは分からないが、この目でこの病院を見たいと思ったから。
廊下に出ると何人かの看護師があわただしく動いているのが見える。
この独特な雰囲気は前世の末期を思い出すが、あの時よりもこの病院は活気と言う物で溢れかえっていた。
そんな独特な雰囲気の病院を歩いて何の気なしに屋上を目指した。僕が寝ていた病室は高層にあったようで2階分も上れば屋上に出られた。
久々に肉眼で見る景色は綺麗だった。どこまでもどこまでも、広がっている景色が見える。上を見上げれば青い朝の空が天に張るガラスを一枚通した先に広がっていた。
いつか、いつかはあのガラスの向こう側へ行ってみたい。そう思わせる何かの魅力があった。
僕が西空の景色を見ていると後ろで扉が開く物音がした。
僕は気づけば復活していた3次元的視覚を使って後ろを見た。
「正剛少将」
振り向かずに当てられた正剛少将は一瞬だけ驚いたが、僕が目隠ししていても周囲が見えていた事を思い出して納得した。
正剛少将は僕の隣まで歩いてくると手摺に体を預けた。
「調子はどうだ?」
「あまり良くはないですね」
「まあ、そうだろうな。我も同じだ」
沈黙が落ちる。
この人も苦しいに違いない。それでも、大人として子供の様子を見に来たのだ。本当にこの人は尊敬できる。
前世の自分ならば正剛少将の様にはできなかっただろう。そう思えば正剛少将がどれだけ大人な人間なのかが分かると言う物だ。
「少し聞いてもいいですか」
「なんだ?」
「…世界一すごい再生能力者ってどの程度ですか?」
この質問は僕の覚悟の現れの質問だった。絶対に僕はその人以上の再生能力者になって見せる。多くの人間を救えるような人になってみせる。
正剛少将は少し、沈黙を挟んだ後に答えた。
「これは国家機密レベルの情報だから他言は無用だ」
おっと、思った以上の返答が返ってきそうだ。まさか国家機密の話が出てくるとは微塵も思っていなかった僕は、何を言われても大丈夫なように心を落ち着かせた。
「アメリカにマテオ・ウィルソンと言う男が居る。我は一度会った時に一瞬で分かった。圧倒的に自分よりも上の超能力者だと。過去にも未来にも彼を上回る超能力者に会う事は無いだろう。そう思わせるだけの何かを持っていた」
マテオ・ウィルソン。もちろんの事ながら聞いた事はない。
しかし、正剛少将にそこまで言わせる再生能力者か。ちょっと興味が湧いたな。機械があれば一度会ってみたい。
でも、僕はその人レベルになれるのだろうか?なんて不安がこみ上げてくるが、首を横に振って振り払う。そんな事を考えていては絶対に超えられない。
もしも、生涯をかけてその人に追いつけなくても、僕のやる事は変わらない。
だから僕は、その迷いを振り払う為に。覚悟を心とする為に、正剛少将に向けて宣誓した。
「じゃあ、いつかその人を超える超能力者に僕が成ります」
そう言うと正剛少将は豪快な笑みを浮かべて頭を強くなでてきた。
あまりの強さにぐあんぐあんと脳が揺れる。やっと収まったかと思えばその豪快な笑い声は続いていた。
「ワハッハ!そうか!そうか!よくぞ言った!よし、我がお前を全力で支援しようではないか!なに、未来ある若者への投資だと思えばおつりがくるわ!」
その大きな笑い声はA棟どころか、この病院全体に響き渡った。
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「ちょっと鞠!髪がぐちゃぐちゃじゃない!」
そういってお人形の様に膝に僕を乗せて髪を解かしている。さらにはどこから持って来たのか分からない服が僕の傍らに広がっていた。
なんども、なんども経験してきた流れからして、この後はお人形コースが火を見るよりも明らかだ。
いつも通りの流れだが、これを説明する為に少し時間は遡る。
正剛少将を呼びに来た女の軍人、確か香織だったっけ?呼ばれた正剛少将はもう一度強く頭を撫でると言ってしまった。本当に仕事の隙間で会いに来てくれていたのだ。感謝以外の言葉が無い。
正剛少将が居なくなった後も屋上で1人黄昏ていたが、さすがに飽きた僕は病室に戻る事にした。
朝よりかは少し落ち着いた看護師がジュースを飲みながら休んでいた。
公の施設にしては人通りが少ない病院の廊下。静かだけれども、そこには生き生きとした活気があった。
僕が寝ていた病室の前まで来た。朝の衝突を避ける為に一応中の様子を見る。
中の病室を見てみると母はまだ寝ている様だ。
疲れているであろう母を起こさないように静かに扉を開けたが、その物音で母が目を覚ましてしまった。
「…まり?」
「あ、ごめん。起こしちゃった」
母は目を擦りながら乱れた髪を手で解かしている。その一つの髪が口に付いており何とも色っぽい。
未亡人の雰囲気を漂わせている母は一部の人間からめちゃくちゃ好まれそうな感じだ。
まあ、実の母と言う事もあって、僕はそう言った事を感じないのだけれど。
「まり、体の方は大丈夫?」
母も僕の体が大丈夫な事は分かっているのだろう。それでも、心配だからこう言って確認をとってくる。
僕は母を安心させる為に笑顔で大丈夫な事を伝えた。
「大丈夫だよ。今は元気なぐらい」
飛び跳ねながらそう言うと母はクスリと笑った。
「大丈夫そうね。…所でだけど何で目隠ししていないの?」
そういえばそうだった。
つけていない事に気づかなくなるほどに違和感が無かった。
超能力の制御が増すにつれて、3次元的視野の扱いも上手くなっていった。今では無意識にピントを合わせる事が出来る。
最初の頃はすべての物にピントが合っている感じだった。そのせいで、脳の容量がパンクしてしまい、視覚と言う脳の7割を占める器官を封じてやっと日常生活を送れる、と言った感じだった。でも、徐々に徐々に上手くなるにつれて、見たい所と、そうではない所に分けれる様になった。
それでも、一時間以上も目を開いていられるほどでは無かった。
でも、今は問題なく目をあけられている。初期にあった強烈な違和感も無くなっている。そうまるで同じ視覚情報なのに、別々で処理をしているみたいな感覚が、今は統合されて同じような感じで見えている…って今言ったことがとてもしっくりくるな。
僕が考え込んでいると、母が心配げにこちらを見ていた。
おっと、いけない。これ以上母に心配をかけちゃ親不孝者になってしまう。
「大丈夫だよ。何でかは分からないけど、目でも見れる様になったみたい」
そう言うと驚いた後に母はとても嬉しそうな顔になった。その勢いのまま僕の体は母の細腕に持ち上げられた。
高い高いの状態で僕は母にくるくると回されている。
「そう!それは良い事だわ。せっかく目が見える様になったお祝いをしないとね!」
お祝いか。目が見える様になったのは祝う程の物なのか?自分的にはあまり分からないが、母が嬉しそうなのでそっとしておいた。
「それじゃあ、おめかしをしないとね」
「え?」
え?…やばい。この流れは何度も経験している。これはダメな流れだ。一刻も早く何とかしないと取り返しのつかない事になってしまう。
「え、えっと。お祝い事は…そう!正剛少将にもお世話になったし、いろいろな人を呼びたいから…ね?」
「うふふ、何の服が似合うかしら」
やばい、全然人の話を聞いていない。
何とか、何とか軌道を修正しないと…。
「ほら、今回報酬もたくさん入っている事だし…ちょっと時間をおいて…」
そう言っている途中、母の人差し指が僕の額に押し当てられる。
「鞠、お祝い事は何度してもいいのよ」
絶望だった。もうどう頑張っても逃げようのない事を知った僕は諦めて母のお人形になるのだった。
追伸
それから数時間はずっと母が笑顔だった事を言っておく。
あと、扉を開けた瞬間にやばい物を見たと判断して、即座に扉を閉めた正剛少将は後で仕返しをする。
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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。




