第二十三話 地獄の病室
正剛少将に担がれて入った病室は地獄そのものだった。
本来広いハズの部屋には歩く隙間が無いと思えるほどに人が寝ていた。そのほとんどが応急処置として包帯を巻いている。中には腕や足が無いものも何十人と居た。
「これは…」
「ショッキングな光景だろう。でも鞠、お前がこれから働く場所はこういった場所になる」
「…」
正直、自分の手が震えているのが分かる。普通の視覚で見える光景も悲惨な物なのだろうが、僕の視界はそれどころではない。本来、服や包帯が邪魔をして見えないはずの傷口が鮮明に見えてしまう。
今すぐにでも目をそらしたい光景だが、この光景を救えるのも僕だけなのだ。
そう自分に言い聞かせて心を奮い立たせる。そうしなければ精神が持ちそうにもなかった。
「…分かりました。…正剛少将、優先順位の高い者から治していきます」
「ああ、助かる。おい!そこの職員ちょっといいか。再生能力者を連れてきた。優先順位の高い者を案内してくれ!」
「は、はい!」
白い白衣を所々赤く染めながら働いていた職員に声をかける。
こっちに駆け寄ってきた医師は眼鏡越しでも分かるほど目はうつろで憔悴していた。
「案内します。ついてきてください」
そういって奥の方に連れていかれた。ドアから離れれば離れるほどに重症率が上がっていく。そのことが良く分かってしまうこの目を今は閉じたい。
しかし、そんな事をしても現実が変わってくれるわけでは無い。だからしっかりと現状に向き合わなければならない。
「この方です」
そういって医師が指さした人は数少ないベットに横たわる男だった。
僕の視界で見ると、右足と左手が付け根から無くなっていた。それだけでは無く腹部が横一文字に裂かれており、腸が出かけている。
それ以外にも右肺に指先程の穴などが開いており、もう死にかけでただただ死を待つだけの状態だ。
「では、治します」
僕は男の手を握る。
僕はこの男の人を全力で治したい気持ちをグッと抑えて、瀕死から重症になる程度の力で超能力を発動させた。
僕の力のリソースは決まっている。それはこの数年間でかなり伸びたとは言え、ここに居る重傷者を全員完治させるだけの力は無い。
だから一人でも多く救うために力を極限まで温存するのだ。
先ほどまで無かった腕がうにょうにょと生えてきた。お腹の傷は幸い内臓に傷はついておらず、普通の外科手術でも十分になんとかなるだろう。右肺は穴が空いているが、これも自然治癒で最悪何とかなる。
僕は本当に最低限だけを治すと、一息つく。これまで再生の調整なんてやったことが無かったから、出来るかは不安だったが、案外何とかなった。
「次、…行きましょう!」
「あ、ああ。医者よ案内してくれ」
「はい!次はこの方です」
そう言って指さしたのは隣のベットだった。
隣の人の病状を見る。こちらも何とも酷いもので、右手の欠損と肝臓に大きな穴が空いている。
それ以外にも多数の傷はあるが、最低限の救急処置として傷を針で縫ってある。
しかし、その処置も本当に最低限であり、もう開きかけていた。
僕は患者の状態を確認し終えると、右手と腎臓に力を絞って使う。一瞬にして右手が生えてきて、腎臓の傷が修復される。
それを見た医師が次の病人を指さした。
「次はアチラの方です」
指さされた先はもう一つ奥の病人だった。
そして僕は分かってしまう。このベットの並び順がすべて僕が治すべき重症者なのだと。そして、なんとも憎い事に僕の目にはここに居るすべての人が今日の夜は越せない事が感覚的に分かってしまった。
僕は歯を食いしばって次の重傷者を治す。それは命のシャトルランの様だった。
それから兎に角超能力を使っていった。治しては治す。治しては治すの繰り返し。出来る限り多くの人を治せる様に力をセーブするのは集中力を削っていった。
脱力しかける体にカツを入れて奮い立たせる。もう、限界まじかの体は激しい頭痛を訴えてくるが、我慢して超能力を使う。時々脳の血管が破れる感覚がするが、瞬時に再生して治療を続ける。
朦朧とする視界の中、鼻を伝ってぽたぽたと血が垂れた。この鼻血は超能力の使い過ぎによる血圧上昇が引き起こしたものだ。
「鞠…。これ以上はやめろ。お前の命に関わる」
鼻血が垂れているのを心配して正剛少将が気遣ってくれる。でも、返事を返せるほど力は残っておらずジェスチャーで次の患者の場所を求めた。しかし…。
「…これ以上の超能力使用はお勧めできません。これ以上は命に関わります」
隣で見ていた医者が首を振って中断を進めた。
それでも、僕は止まる気は無かった。今少し頑張れば一人の命を救える。それならば頑張る価値は十分にある。
そう考えて次の一歩を踏み出した瞬間、僕の意識は途絶えた。
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「は!」
目が醒める。
「ここはどこ?」
入る視界には一室の部屋があった。部屋には1人、僕しかいない。
状況が飲み込めない僕は眼帯を外して周囲を確認した。眼帯を外してすぐに飛び込んでくる金色の光。窓の方を見てみると夕焼けを照らし出す綺麗な太陽が沈みかけていた。
そして、少しの時間窓から見えるきれいな景色に見とれていたが、時間が経つにつれて徐々に状況を思い出していった。
「そっか、ここは病院か…」
徐々に思い出していくにつれて思い出す、あの病室の光景を、あの地獄の光景を。
思い出しただけで気分が悪くなり胃酸が上に上がってくる。幸い朝食から何も食べていない僕はギリギリ吐くことは無かった。
僕は点滴の針を抜くと、ベットから立ち上がりふらふらと夢遊病患者の様に一人だけの病室を歩いた。
この無駄に静かな1人部屋の病室は前世の最後を思い出させるが、何故か不快な気持ちにはならなかった。
僕は広めの病室を歩き自動ドアでは無く手動ドアの取っ手を持つとドアを開こうとした瞬間、僕の力とは反して勝手に手動ドアが開いた。
「おっと、鞠おきていたのか」
「…正剛少将」
そう、ドアを開けたのは正剛少将だった。
そこで僕は思った。「なぜ僕は扉の向こうの正剛少将に気づかなかったのであろうか?」と言う事に。
いつもならば常に見えていたはずの3次元的視覚が今は完全になくなっていて、今はこの肉眼で物を見ている。
少しの時間考えた物の、回っていない脳みそではまともな回答を出すことは出来なかった。
って、僕は何を考えているのだろう…。もっと最初に考えなければいけない事があったはずじゃないか…。
「正剛少将…あの後…何人ですか」
主語が抜けていて何を言っているのか分からないが、その言葉の意味するところはちゃんと正剛少将に伝わった。
一瞬正剛少将は言葉を詰まらせるが、僕の静かなる覚悟を感じ取ったのか言葉を濁さずに答えてくれた。
「…3人だ」
「そう…ですか」
3人。僕があと3人分頑張っていれば救えた命。後ちょっとの所で、あと一歩のところで届かなかったことが死ぬほどに悔しい。
毎日少しだけ、毎日ちょっとだけ頑張っていれば救えていた命。一回ずつの再生をもう少しだけ抑えていれば救えた命。それがどうしようもない程に悔しくてたまらない。
気が付けば自然と僕は泣いていた。ぽたぽたと流れ出た涙は頬を伝い雫となって地面に落ちる。その落ちゆく雫の様に、一度失われた物は戻ってこない。
「気にすることは無い、と言っても無駄な事は我もよく知っておる。それは我も通ってきた道だからな。だから言おう。ここで止まるのではないぞ。小僧がこれからもっと頑張れば数多くの命を救えるかもしれない。もう一度言う。ここで止まるのではないぞ」
僕の涙を見た正剛少将が頭を撫でて慰めてくれる手とは違い、その口から出る激励の言葉は僕を奮い立たせるものだった。
その激励は慰められるよりも心にしみわたる。あと数人、それを救えるのならば頑張ろう。と、そう思えた。
僕は前世、何もない人生だった。死ぬ瞬間は悔いのない人生を、後悔しない人生を送ろうと思ったものだ。
しかし、生まれ直してから母の愛に触れて気づいた。正剛少将と言う男の背中を見て思った。
悔いのない人生を送るのでは無く、精一杯頑張る人生を送ろう、そう思った。
母は僕の為に精一杯頑張ってくれた。正剛少将は、常に頑張り人のために命を賭けて動いている。
僕はそんな人生を送ってみたいと思った。悔いのない人生を送るだけならば、超能力で金を稼いで悠々自適に暮らせばいい。
でも、僕の憧れる人の生き様はそんなものでは決してない。
「…正剛少将」
「なんだ?」
「僕、頑張ります」
「そうか…応援しているぞ」
その最後の一言で僕の涙腺は崩壊した。
それから僕が泣き疲れて寝落ちするまで正剛少将は付き合ってくれた。
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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。




