12. 夜会と宣戦布告
王国主催の夜会は盛大なもので、キラキラと輝くシャンデリアの下では可憐に着飾った令嬢達が見える。
公爵子息であるハロルドはグラディオと比べれば劣るが、凛々しい見目に虜になる者は多いようであっという間に囲まれていた。
やっぱり場違いだと逃げるように壁の花になれば、幾分気持ちは楽になる。
早く終わればいいのにと足元を見ていると影が現れ、視線を上げればいつの間にかハロルドが囲いから抜け出してきたようだ。
「良かったのですか?」
「何がだ?」
「御令嬢の方々はまだお話されたいようですよ。」
「言っただろう。俺はレノア以外に興味は無い。」
「そ、それは初耳ですけど。」
いきなり耳元で言われ、顔が熱くなるのを感じる。
普段の彼からは想像できないくらい女性の扱いが上手い。
そんなことを思っていると遠くから聞こえていた靴音がこちらへと近づいて来ているようで、ハロルドで見えないが彼は誰か予想しているのか。
視線をレノアに向けたまま首筋にキスを落とした。
「…ハロルド。冗談のつもりなら笑えないよ。」
「グラディオ殿下。私が冗談でするとお思いですか?」
「ならどういうつもりかな。」
「貴方には婚約者のオレリア様が居られるではありませんか。私が彼女を夜会に誘っても何の問題もないはずですよ。」
「…なるほどね。」
「グラディオ様、こちらにいらっしゃったのですね!ハロルド、そちらの方は?」
「オレリア様、彼女は私の婚約者です。あまり虐めないであげて下さいね。」
レノアの腰を抱き寄せ髪にキスを落とすその姿にされている本人は勿論、見ていたオレリアまで頬を染めて視線を逸している。
グラディオのキツく握られた拳が直ぐにでも引き離したい衝動を抑えているようだ。
それを見てニヤリと笑うハロルドは確信犯だろう。
「彼女はこういう場に不慣れなので少し夜風に当たってきます。」
反応を示さないレノアの手を取りテラスへと歩んでいくと、その姿にテオのときと同じような憎悪が沸き上がってくるのを感じていた。
「グラディオ様、お顔がとても怖いですわ…。」
「…あぁ、とても不愉快だな。」
彼はそう言うとくるりと踵を返して王のいる玉座へと向かっていく。
その頃やっと我に返ったレノアが婚約者とはどういうことだと抗議の声を上げていた。
「オレリア様は我が儘姫だからな。こういう牽制しか方法がないんだ。」
「牽制って…。」
「レノアが気にすることじゃない。」
「気にしますよ!あんな大きな声で婚約者なんて…。」
「大丈夫だ。オレリア様に気付かれないということは、ドレス姿の君は別人だと思っている。」
「顔が薄くて化粧映えする…もしかして貶してます?」
「貶すわけ無いだろう。普段はあまり可愛い格好はしないでもらいたい。俺は心が狭いからな。他の男に見られるとつい剣に手がいく。」
「怖いんですけど…。そもそも可愛い格好とかしても男性が寄ってくることはないので心配無用ですし。」
「だとしても心に留めておいてくれ。」
そういった彼があまりにも綺麗に笑ったため思わず頷いてしまった。
夜会から帰ると母から根掘り葉掘りと聞かれ、疲れてしまいそのまま眠りにつく。
翌朝、いつもなら朝日が出る前に目が覚めるのに既に日が高く登っていることに焦りながらメイド服に着替え、髪型も整わないまま走って城を目指せば着いたときにはゼーゼーと呼吸を乱している。
「運動不足だな。」
楽しげに笑うハロルドに視線だけで反抗すると自然に髪にキスを落としてから職務に戻るべく歩いて行ってしまった。
昨日のあれはフリではなかったのかとため息をこぼしながら髪を整え急いで厨房に入っていく。
「レノアさん、おはようございます!今日は遅かったですね。」
「ごめんなさい、寝過ごしてしまいました…。朝食は…?」
「私が代わりにお届けしたから大丈夫ですよ!でもお部屋でグラディオ殿下がお待ちですから早く行ってあげてください。」
彼女にそう言われるがまま乱れた服装を整えてから部屋の扉をノックすると入る許可を得られたようだ。
「おはようございます、グラディオ様。遅くなってしまい申し訳…。」
謝る言葉より先に抱き寄せられ、昨日ハロルドが唇を寄せた首筋にピリッとした痛みが走る。
彼に噛み付かれたのだと気付いたのは家の鏡を見たときだったがそれはまた別の話だ。
「あの、この体制は…。」
「なんでハロルドなんかに触らせたの。君の幼馴染も不愉快だったのに。」
「不愉快って…。」
「また暴走するけど、少しだけ我慢してね。」
その言葉で視界が天井に向いたのと同時に抱き上げられたのだと理解した。
暴走というのは港町に帰ってきた時のあれのことかとすぐに思い出して抵抗してみるが、王子とはいえ鍛えているのか。
びくともしない。
また鳩尾に食らわしてやると拳を作るが両手を頭上で抑え込まれているため抵抗ができなかった。
ぷつりと胸元までボタンを外され、髪、額、鼻筋、唇、首元とキスを落としていく。
あまりの恥ずかしさに足をバタつかせてみるがなんの意味もないようだ。
「大丈夫。ちゃんと理性はあるからこれ以上するつもりはないよ。」
「っそういう問題じゃない!」
「君との初夜、楽しみにしてる。」
「初夜…ってグラディオ様には婚約者が居るじゃないですか!何言って…。」
「オレリアのこと?心配いらないよ。彼女との婚約は破棄したから。父上が勝手に決めたことだ。僕が嫌だといえば無効になる程度の約束事さ。」
「それで隣国の王様は納得されるのですか…?」
「納得どころかこの左眼の傷が醜いから嫌ってた人だよ。両手を上げて喜ぶ。」
「…この傷のどこが醜いんでしょうね。そもそも人の顔にそんなこと言うなんてほんと何様?あ、王様なのか。」
「…レノア。」
「はい?」
「僕と婚約、ううん。結婚しよう。」
「…お気持ちは大変嬉しいですが、身分不相応という壁がですね。」
「大丈夫。父上は僕が幸せならそういうの一切気にしない人だから。」
「で、ではお友達からということで。」
「お友達…?」
「結婚まで行くにはお友達からステップアップしていかないと!途中で嫌になることがあるもしれませんし、ね?」
苦し紛れだが、とりあえず納得してくれたようだ。
「ならこれを。ハロルドからドレスと宝飾品一式貰ったんだよね?」
「あれは不可抗力と言いますか…。」
そう言っては見るが確かに貰ってしまっているので否定はできない。
ベッドに押し倒された体制のままサイドテーブルの引き出しから出された紫水晶の付いたネックレス。
ダイヤモンドが惜しげもなく散りばめられたそれは一目で高級だとわかるほどだ。
「そんな高級なもの頂けません。」
「そう。なら父上に言って強制的に結婚式までもっていこうかな。これは僕なりの譲歩だったんだけど。レノアが言うなら仕方ないよね。」
「…受け取らせていただきます。」
「これは君を想って僕が考えたデザインだから世界に1つしか無いんだよ。」
「あの…。」
「?」
「本当に。本当に私の事、す、好きなんですか?」
「好きとは違う。」
「え?」
「愛してるだよ。」
ごろりと隣に寝そべったグラディオは愛おしくて仕方がないとでも言うように彼女の手を取りその手にキスを落とし続けている。
お友達からの意味理解しているのだろうか。
やはりこの世界は西洋の文化の傾向が強いようでスキンシップが激しい。
成人してそれなりに経験のある私でも純日本人なので、こういう甘ったるい関係にはなったことがないため、どういう顔をすればよいのかわからないと小さくため息を溢す。
しばらくするとやっと離された手を動かして起き上がった。
「こんなことしていると怒られてしまいますのでそろそろ行きますね。」
「メイド長のこと?彼女は二度とレノアに何も言わないから大丈夫。ここに居てよ。」
「殿下、レノアが困っていますよ。」
「…ハロルド。僕は君に入室許可したつもりは無いけど。」
「ジョアンナが新しい菓子作りを手伝って欲しいと探していたので。」
「あ、そうでした!これ、ありがとうございます。大切にしますね。」
軽くお辞儀をしてパタパタと出ていった部屋は彼女が居なくなったのと同時に張り詰めた空気へと変わっていった。
「夜会のあれ、宣戦布告だよね。だから僕もちゃんと彼女に伝えたよ。愛してるって。」
「それは構いませんが、あまり独占欲を出すと嫌われます。レノアは適度に束縛するくらいでないとね。毎回押し倒されたら警戒するでしょう。」
「…。」
「今は騎士ですが、私も公爵家として殿下に遠慮するつもりはありませんから。」
彼はそう言うと軽く頭を下げ出ていくのだった。




