11. ドレス
あれから数日。
グラディオの件について巻き込んでしまったことをジョアンナに謝罪すると、押し倒すような勢いで手を握られた。
「私は応援してますからね!」
「応援ですか?」
「王子様とメイド…キャーーー!!最高の展開じゃないですか!」
何だか勘違いしているようだが、彼女が楽しそうならいいかと否定するのは止めて裏庭にある倉庫へと向かっていく。
「レノア。ここで何しているんだ?」
「ハロルドさんこそ、グラディオ様の護衛は良いのですか?」
「今は他の者と交代してる。それで?この先は地下牢に続く道だが用でもあるのか。」
「え、地下牢!?今日行われる夜会用に倉庫から青い箱を取ってくるように言われたのですが…。」
「倉庫?裏庭に倉庫はないぞ。誰からの指示だ。」
「私の勘違いだったみたいです!ありがとうございました。」
不味いと逃げようとしてみたが、騎士である彼から逃げられるはずもなく簡単に捕まってしまった。
早く吐けとでも言うような視線を向け、言うまでは手を離す気はないらしい。
「あの、本当に私の勘違い…。」
「嘘が下手だな。メイド長か。」
「ち、違います!」
「そうか、あの女か。地下牢は危険な場所だというのに、殿下が聞いたら…。」
「ふーん。僕のレノアにまた手を出すなんて、彼女は学習能力がないのかな。」
「グラディオ様?今回は私が勘違いしただけなので…。」
「うん、レノアは何も心配しなくていいよ。僕に任せてくれれば大丈夫さ。」
口元に浮かべられた歪な笑みを見たら大丈夫などと言う言葉が嘘であることは誰でも理解できる。
正直、あのメイド長であるヘンドリカの事は好きではないが、ずっと頑張ってきた彼女にとってぽっと出た私がメイドの憧れである王子専属という肩書きを横から掻っ攫っていったのだ。
そりゃ腹も立つだろう。
発熱の件も、私がちゃんと注意していなかったのが原因だ。
母にも心配を掛けてしまったし、反省したつもりだったがまたかと小さくため息を溢す。
転生前はしっかり者で周りがよく見えてるとか言われていたのに。
あの後、結局そのままグラディオの自室にあるソファーに座らされた。
目の前で長い脚を組んだ姿勢の彼をじっと眺めているような状況である。
しばらくそうしていると凄い勢いで扉が開かれる音が鳴り響いた。
「グラディオ様!」
「オレリア、通す許可はしてないと思うけど。」
「わたくし、婚約者ですのに…酷いですわ。本日の夜会、エスコートしてくださるのですよね?手紙をお出ししたのに返事を下さらないから…。あら、貴女…気が利かないメイドね。邪魔なのよ。早く出ていきなさい。」
ぴしゃりと言われた言葉に確かにそうだと納得しながら一礼して部屋から出ていく。
後ろから向けられる刺さるような視線は気付かないふりだ。
ジョアンナが夜会の準備で忙しいと言っていたし、手伝いに行こうと厨房を訪れてみたが、彼女の姿はない。
井戸のところだろうかと移動してみるがやはり居ないようだ。
「レノア。」
「え、ハロルドさん?」
「私服で会うのは初めてか。」
「今日は礼服を着られているんですね。何だか新鮮で違う方みたいです。」
「ここでは騎士をしているが、隣国では公爵家の次期当主だからな。夜会には公爵家子息として招待されているんだ。」
「公爵家…?次期当主ってえ!?私そんな方にとても失礼な言動をしていたのですか?もっと早くに教えて下されば、態度を改めましたのに…。」
試作品だと言って紙袋を投げ渡したことを思い出してあーっとその場でしゃがみ込むと彼は楽しげにしている。
文句でも言ってやろうかと視線を上げるとそのまま腕を取られ、胸の中に引き込まれた。
「俺はこのままの関係で構わない。」
「えっと、この状況は…?」
「俺と夜会に行ってくれないか。」
「わ、私が!?無理です!ただの果物屋の娘ですよ?仕来りもマナーもわからないですし、ハロルドさんにご迷惑掛けるだけでなんのメリットも無いじゃないですか…!」
「メリットはある。夜会という名の舞踏会は俺には荷が重い。」
「荷が重いのとメリットと何の関係が…?」
「これは王家が主催する見合いだ。」
「お見合い!?舞踏会ってそんな意味があったのですか。もしかしたら良い方が見つかるかもしれませんよ!」
「今の俺に相手は不要だ。下手に期待させるくらいなら婚約者のいる殿下のように最初から女性を連れて行くべきだろう。」
「た、確かにそうですけど…何で私なんですか?せめてもっと基礎が出来てる方を選出されるべきです。」
「それは俺の本心が許さないからな。そもそもレノアに拒否権はない。言っただろう?俺は公爵家の次期当主だ。それだけの権力はあるつもりだが…まだ断るのか?」
「…それ脅し…。」
「メイド長の許可は取った。ドレスを見に行こう。」
「ドレスなんて私着たことないのに…。」
そんな呟きも虚しく城下町にある高級な仕立て屋兼宝飾品店へと引き摺られるようにして連れて行かれる。
「ハロルド様、本日は何をお求めですか?」
「レノアには淡い桃色のイブニングドレスだな。」
「ネックラインはどういたしましょう?」
「ホルターネックでプリンセスラインのタッキングスカートを考えている。」
「さすが、完璧ですね。宝飾品はどうなさいますか?」
「ピンクダイアモンドの一式。それを貰おう。」
次々と購入を決めるハロルドにちらりと値札を見て絶句した。
私の給金の1000倍以上の金額だ。
「ハ、ハロルドさん!私が着るには高過ぎませんか!?」
「これくらい普通だ。」
「お嬢様はこちらへ。ハロルド様はお掛けになってお待ち下さいね。」
綺麗な女性に別部屋に連れて行かれ、ヴィクトリアンスタイルのメイド服から下着まで全て脱がされる。
補正下着ショップでこんなことあったなと遠い目をしていると全身に黄金色のクリームを塗り込まれていく。
優しいフローラルの香りに包まれ、サテン生地の高級そうな下着に淡い桃色のドレスへと着替えさせられていった。
シニヨンにしていた髪を下ろし、キラキラと輝くクリームを塗り込んでから夜会巻きにされていく。
髪が整えられると下地にファンデーションを丁寧に塗り、白とピンクのアイシャドウに茶色のアイライナー。
長くもない睫毛をビューラーで上げられてから茶色のマスカラで綺麗に整えられていくのを鏡で見ていると別人とまではいかないが、流石プロと納得してしまうほどの出来栄えだ。
「ご準備整いました。」
彼女のその言葉で慣れないヒールに少し戸惑いながらもおずおずと出ていけば、いつまで経っても無言の彼。
「やっぱり似合わないですよね。」
「…想像以上に似合っている。」
「あ、ありがとうございます。」
「殿下がどう出るか…楽しみだ。」
そんなことを呟きながら華麗にエスコートする彼は確かにただの騎士でない。
とはいえ、まさか公爵家の次期当主とは思っても見なかったと世間に疎いまま来た自分に大きなため息を溢すのだった。




