10. 港町
全速力で走らせていたこともあり、1時間ほどで辿り着いた港町。
馬から降り、視線を彷徨わせると皆グラディオに気付いたようで頭を下げている。
たが、彼にとって今はそれどころではない。
目当ての人物を探すべく移動し始めた。
「テオ!さっきの見た?すっごい大きな魚!」
「そんなはしゃぐなよ。」
「私、港町初めて来たんだよね。潮のいい香り。それにしても何で食材を?いつもはクィトさんだよね?」
「ぎっくり腰だってよ。俺も親父に叩き起こされて知った。」
「テオのお父さんクィトさんと仲良しだから。心配だったんだよ。」
「俺を巻き込むなよな。」
大きなため息を溢すテオにあははと笑いながら必要な食材を手に入れるべくお店を回っていると後ろに引っ張られる感覚とともに何かに当たり背中がじんわりと暖かくなる。
誰だろうと視線を上げるとグラディオから冷たい視線を送られていることに気付き急いで離れた。
「ど、どうしてグラディオ様がこちらに?」
「…レノア、ここ。早く。」
有無を言わさぬ言葉で腕の中を示され、仕方なく戻ればそのまま抱き込まれる。
この状況は一体何なんだと問いたいが、その前にテオに腕を掴まれそのまま彼の背に隠された。
「…僕から奪うなんて君何様のつもり?」
「俺はレノアの幼馴染です。」
「…彼女は僕の専属メイドだよ。勤務時間内の彼女の所有権は僕だ。」
「人を物みたいに言うんですね。殿下だとしてもレノアは大切な存在です。物のように扱われるのは…。」
「レノア、僕は君にそんな扱いしていないよね。」
「はい。テオ、私は大丈夫だよ。だから…。」
言いかけた言葉はテオの唇によって塞がれる。
あまりにも突然のことに反応が遅れたが、見る見る顔が赤くなるのを感じた。
「…ハロルド。僕、彼のこと殺すかもしれない。」
小さな声でポツリと呟かれたその言葉がレノアに届くことはなかったが、右眼から見える憎悪の感情は隠しきれていない。
固まってしまっている彼女を彼から奪い取ると馬に乗り、城への道を戻って行ってしまった。
あまりの速さにテオも反応出来なかったようだが、騎士であるハロルドは流石と言えるだろう。
彼を港町に残したまま同じように城への道を馬で走っていく。
城に辿り着くと困惑しているレノアを無視して抱きかかえたまま部屋に入り、彼女をベッドに降ろせば少し不安そうな表情が見えた。
「…グラディオ様?」
「君が悪いんだよ。」
その言葉とともに彼女を組み敷くと、ふっくらとし唇に触れるだけのキスをする。
テオと呼んでいた男になど負けるつもりはないが、嫉妬心を抑えることができなかった。
チュッとリップ音をたてながら首筋にキスを落としていけば、彼女の瞳が怒りを見せ始める。
「ちょ、とやめ!」
「だめ。僕は嫉妬深いからもう少し我慢して。」
「嫉妬深いって…?私はただのメイドですからっ!」
「ただのメイドじゃないよ。僕の専属メイドだ。ねえ、本当に何もないのに専属メイドにすると思っているの?僕も男なんだけど。」
「…ぇ、本気で言って…?私がメイドだからってなんでも許されるわけじゃない!」
しっかりと鳩尾にめり込んだ拳に流石のグラディオも痛みで動きが止まった。
今がチャンスだとベッドから出ようとしたが弱々しい力で腕を掴まれる。
「…っ。」
「離してください。」
「…ごめ、そういう意味じゃない…。」
左眼を抑え小さくなるグラディオに先程までの怒りは少し収まっていった。
ズキズキと痛むのか、そのままベッドに身体を預けてしまう。
「お医者様、呼んできましょうか?」
「…いい。レノア…側に居て。」
苦しげにしながら縋るように言う彼には先程までの威勢はなく、小さくため息を溢してから少しでも楽になるような体制へと動かしていく。
しばらくすると小さな寝息が聞こえ、やっと眠ったかと安堵の息を吐いた。
閉じられた瞼に黒く長い睫毛。
私とは比べ物にならないほど整った顔立ちに少し腹立たしくなりながら眺めていると眼帯が煩わしいようでぽいっとベッドの外に捨ててごろり寝返りをしたようだ。
額から頬にかけた傷痕。
痛そうだと思いながらそっと手を触れるとその瞳が開かれる。
色を無くしているそれは見えていないのだろうと瞬間的に理解できた。
「あれ、眼帯…。」
「ご自分であちらに捨ててましたよ?」
「…ごめん、嫌なもの見せたね。」
「嫌なものとは?あぁ、さっきの暴走殿下にはとても驚きました。」
「それもあるけど、この傷。醜いだろう。」
「全く。」
「気を遣わなくていい。」
「気は遣ってません。欠片も思わなかったのでそう述べたまでです。」
「…欠片も?」
「はい。ただ、痛そうなのでつい触れてしまいました。申し訳ございません。」
「レノアなら…いいよ。」
「?」
「…僕の全てを見せるから、僕だけの物になって。」
首筋に顔を埋めながらそう言う彼は大きな子供のようだ。
そんなことを思いながらまた暴走されては困るため、どうやって諦めてもらおうと思案するのだった。




