さかなになったぞ
まさか、わしの来世がさかなになるとはのう。
周りに仔魚が群れていることからみて、どうやら、わし自身も、生まれたばかりの仔魚になってしまったようじゃ。
少なくとも、そう考えるべきじゃろう。
そう。おそらく、先ほどまで食べておったのは、わし自身が生まれてきた魚卵の殻だったのじゃ。
仔魚というのは、あれじゃ。
卵から孵ったばかりの赤ちゃんのことじゃな。
そして、魚の赤ちゃんのお腹にはたいてい、臍嚢と呼ばれる袋がくっついておる。袋には栄養がたっぷり入っていて、これは、人間でいうところの母乳にあたる。
わしらのような魚は、お母さんからおっぱいをもらう代わりに、これを吸って大きくなるのじゃ。
仔魚には外敵も多い。
魚といっても、こんな小さくては、まだ上手に泳げない。だから、動きの速いほかの小魚の、格好の餌食になってしまうのじゃ。
わし自身もいつまで生きてゆけるかわからんが、まあせっかく頂いたお命さまじゃ。大切に生きんとのう。
ぴるぴる。
尾びれがうまく動かん。
まあええ。とにかく、頑張って、あそこに浮いておる海藻まで行こう。
ほれ、急げ、急げ。
まずは、身を隠すのじゃ。
ゅ゜
わしが生まれてから、しばらく経った。
今日もお日様の光を避けて、海藻の中をぴこぴこ泳いでおる。
わしがどういう種の魚なのかはわからんが、ひとまず魚らしい形にはなったと思うぞ。
なんせ、お腹の袋がほとんどしぼんでしまったのじゃ。
袋がどんどんしぼんでいくにつれて、どんどんお腹が減るようにもなってきた。
そこで最近は、そのへんを泳いでおるプランクトンを、ぱくり、とつついて食べるようにしておる。
うまいぞ。
オキアミ。ミジンコ。クラゲ。目玉にヒレがついただけの変な生き物。
なんでもうまい。
じゃが、わし自身もプランクトンのようなものじゃから、ときにはもっと大きなやつに食われそうになる。
そういうときは、じっと海藻の暗がりに身を寄せて、とにかく気配を殺すのじゃ。
怖いのう。
そうそう。最近になって分かったことじゃが。
このあたりの海底一帯は、どうも、綺麗な珊瑚礁が広がっておる。
沖縄なのかのう。
今はまだ、わしは海面付近でぴこぴこ泳ぐしかないが、いずれはあそこまで潜ってみたいものじゃ。
こうして水面を泳いでおると、ときに思いがけない光景に出会ったりする。
海流に流されていく大きな赤い果実。
空から落ちてきて、獲物を探す白い水鳥。
何度もジャンプを繰り返すマンボウ。
マンボウは、水面に体をたたきつけて、体についた寄生虫を振り落とそうとする。クジラやシャチも同じようなことをする。
これを、ブリーチングというのじゃ。
テレビで、海洋自然番組をやると、たいていこの単語が出てくるので、わしも知っておった。
つまり、このマンボウは体が痒くて痒くてたまらない状態なんじゃな。
様子を眺めていると、やがてマンボウは疲れたのか、ごろんと横向きになってしまった。
その体のあちこちには、やはりノミのような虫がついている。
少し気の毒に思えたので、近づいて、その小さな虫を食べてやることにした。
ぱくぱく。
おお、寄生虫もうまいではないか。
こやつらが卵を持っておったら、わしに寄生してしまうのかもしれんが、まあ細かいことはええわい。
できるだけよく噛んで食べれば大丈夫じゃろ。
ぱくぱく。
しばらくそうやって虫を取ってやると、やがてマンボウは回復したのか、のんびりと泳いでわしから離れていった。
うむ。
達者での。
美味しい虫をありがとう。
ゅ゜
わしは仔魚から幼魚となった。
お腹の袋はもうなくなり、つねに腹を空かせて餌を探し回る日々が始まったのじゃ。
その餌も、プランクトンでは物足りないようになってきた。
まだプランクトンも食うが、今ではより大きなシラスやエビの幼生のほうが魅力的に思える。
つい最近までわしもこのサイズだったはずじゃが。
悪く思うな、弱肉強食なのじゃ。
ぱくぱく。
最近では、そろそろ海面近くで過ごすのも限界かと思えてきた。
大きな獲物(わしにとって、という意味じゃ)は、海面近くではなかなか見つからん。
海藻の住処は住みよかったんじゃがのう。
それに比べて。
海底を見てみると、どうもわしと同じくらいの大きさの魚が群れているのが、しょっちゅう見える。
あっちには餌が豊富にあるのじゃろう。
こちらでは、たまにくるマンボウから貰う虫くらいしか、ごちそうと言えるものがない。
引っ越しの時期かもしれんのう。
この表層から、海底まで、行くとしよう。
途中で襲われて食われるかもしれんが、なに、どのみちいつまでも海藻に隠れていられるわけはないんじゃ。
男は度胸。
でもちょっと怖いから、決行は今日の夜じゃな。
だからマンボウや、それまではお前さんにさーびすしてやるぞ。
なに、こっちも美味しいもんを貰っておるんじゃ。うぃん・うぃん、というやつじゃよ。
ぱく。
いや、本当は、だいぶ怖いからのう。
最後の晩餐みたいなもんじゃよ。
わし、死ぬかのう。
――死なんかったぞ。
決死の思いで海底までやってきた。夜を選んで正解だったようじゃ。
しかし、まだ安心するには早すぎる。
なんせ、海底は海底で、大勢の捕食者がおるはず。
わしなんか、狙われたらいちころじゃ。
とりあえず、どこか隠れるところは。今日眠れるところはないじゃろうか。
珊瑚礁を見る。
隠れるところは多そうじゃが、どことなく、縄張りなどが厳しく決まっていそうな感じじゃ。新参のわしが入っていって、歓迎してもらえる雰囲気ではない。
となると、岩礁のどこかに、身を隠すべきなのか。
いや。
わしの本能がささやくのを感じる。どうやら、わしにはもっと適した寝床があるようじゃ。
海底の砂地に降り、口で砂を掘ってみる。
これじゃな。
みるみる掘れる。しばらく砂を掻き出すと、わしが入るのに適した穴ができあがった。
結構。今夜はここで眠るとしよう。
おやすみなさい。
〈 レベルが上がりました 〉




