流されたさきには
どこかへ流されているようでもあり、ただぼんやりと漂っているようでもある。
ふわりと、またわしの意識は戻ってきた。
途切れ途切れの、薄い、薄い意識。言ってしまえば、眠っているときと、ほとんど変わりがない。
わしは夢を見ておるのかもしれん。
やさしく波打つ夢の水面に、ぷかぷかと頼りなく浮いているようじゃ。
あるいはこれが、三途の河、なのかのう。たしかに、言われてみれば河を渡っているようにも思えるがのう。
「そうですね。ここは三途の河と呼ばれることもあります」
おお、そうかそうか。
ところで、突然話しかけてきたあんたは、いったいどなた様じゃ。
姿が見えんが、もしかしてこの河の渡し守さまではないか? 三途の河の渡し賃を、まだ渡しておらんはずじゃが。
「ふふふ。そのとおり、わたしは渡し守です。でも、御代は結構ですよ」
なんと。
気前がええの。
「ええ。なんせお客さんは大往生でしたからね。しかも、年齢と同じくらい、高い徳を積んできてくださった」
まさか。
そんなわけはあるまいよ。わしは、そりゃあ悪行こそ大して積んではおらんが、善行といえるものも特にしてはおらんからの。
「いえいえ、そんなわけがあるんですよ。ところでお客さん、あなたは生まれ変わりを信じますか?」
そりゃあ、信じておるよ。
なんせ、こうして三途の川があったんじゃ。
渡されていった先に閻魔様がおって、生まれ変わるための審問が行われるのも、きっとその通りなんじゃろう。
「まあ、そんなところです。それでですね、お客さん。実は、今月はサービス月間となっていまして」
さーびす月間?
なんじゃ、急に俗っぽくなったのう!
三途の河も、さーびすの質を上げないと、苦しいのかのう。そういえば、孫のリンちゃんも、たしかさーびす業をしていたが、お客さんが増えなくて大変だと話しておったぞ。
「そ、そうです。そういうことなんです。
そこでですね。今なら、なんと今回限り、期間限定で特別に! 当船では、お客さんが来世で生きていくのに役にたつものを、プレゼントさせていただきます!」
ほ。
来世で役に立つものか。
「はい。具体的には、こちらの輪廻六道くじを引いていただいて――」
うーむ……いらんのう。
「はい?」
だから、いらんのじゃ。来世のことは、来世のわしが考えるじゃろう。
そんなことより、渡し守さん。もしも、なにかもらえるなら、わしの子供や孫たちに贈ってやれんだろうか。
死んだもんより、生きているもんのほうが大事じゃ。そうじゃろう。
「あー……。やっぱり徳の高い方は、だいたいそんな感じで仰るんですよねー。どうしようかしら……」
なに。できんなら、無理にとは言わんよ。
「仕方ないなあ。じゃあ、私の権限で、ほんのすこしだけ、お客さんの家族は加護が増えるようにしておきますね。言っておきますけど、これはお客様の場合だけですよ。お客様だけ、特別ですからね」
ふふふ。
あんた、渡し守のくせに、本当に人間そっくりの話し方をするんじゃな。じゃが、特別扱いされるのは、悪くない気分じゃ。
ありがとうのう。
「ふふふ、どういたしまして。……さてお客さん、到着です。ここから先は、真っ直ぐ流れていってください。そこからは一本道ですから」
おお。
ありがとうよ。このまま真っ直ぐ流れていけばええんじゃの。
「ええ。よい来世を。またのご利用を、お待ちしております」
世話になったの。
さて、このまままっすぐ……といっても、わしはただ流れておるだけじゃがな。
おお?
なんだか急に、流れが激しくなったのう。
「あっ。おきゃくさ……そっち――」
渡し守さんが何か言いかけたようじゃったが、それも聞こえなくなってしもうた。
まあええ。流れていくだけなんじゃ。簡単じゃろ。
眠っていればきっと、すぐに着くに違いないわい。
ゅ゜
目が覚めると、わしは無意識に何かを口に含んで、食べておった。
もぐもぐ。おお。これはうまい。
やわらかくて、なんだか覚えのあるような味じゃ。
しかしここはどこじゃろうな。
渡し守さんの言っていた閻魔様のところに、もう着いたのかのう。
ぷつん。
ぷつん。
まわりで、何か大きなものが、弾ぜているような音が聞こえる。
なんじゃ?
音がした方に目を向けてみる。すると――
うおお。
なんということじゃ。いつのまにかわしの周りが、魚だらけになっておる。
赤い魚。赤い魚。赤い魚。わし。赤い魚。赤い魚。赤い魚。
こんな感じじゃ。
しかも赤い魚は、どんどん増えてゆく。なぜなら今まさに、目の前で、卵から孵っている真っ最中なのじゃ。
わしは魚の孵化を目の当たりにしている。
これは。まさか……。
ことによると、ことによるかもしれんぞ。
わしは、自分の体をくねらせてみる。足の感覚はない。
腕を持ち上げようとしてみる。ずいぶん、短い。それに指の感覚もない。
最後に、息を吸い込んでみる。
大きく口をあけると、空気ではなく大量の水がそこへ流れ込み、顔の下のエラから勢いよく出ていくのが分かった。
なんということじゃ!
なんということじゃ!
わしは、いつのまにか、魚になっておったのじゃ!




