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まさかのさかな やりなおし  作者: 岩岸佐季
第一章 海王のしっぽ
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流されたさきには

 どこかへ流されているようでもあり、ただぼんやりと漂っているようでもある。

 ふわりと、またわしの意識は戻ってきた。

 途切れ途切れの、薄い、薄い意識。言ってしまえば、眠っているときと、ほとんど変わりがない。

 わしは夢を見ておるのかもしれん。

 やさしく波打つ夢の水面に、ぷかぷかと頼りなく浮いているようじゃ。

 あるいはこれが、三途の河、なのかのう。たしかに、言われてみれば河を渡っているようにも思えるがのう。


「そうですね。ここは三途の河と呼ばれることもあります」


 おお、そうかそうか。

 ところで、突然話しかけてきたあんたは、いったいどなた様じゃ。

 姿が見えんが、もしかしてこの河の渡し守さまではないか? 三途の河の渡し賃を、まだ渡しておらんはずじゃが。


「ふふふ。そのとおり、わたしは渡し守です。でも、御代は結構ですよ」


 なんと。

 気前がええの。


「ええ。なんせお客さんは大往生でしたからね。しかも、年齢と同じくらい、高い徳を積んできてくださった」


 まさか。

 そんなわけはあるまいよ。わしは、そりゃあ悪行こそ大して積んではおらんが、善行といえるものも特にしてはおらんからの。


「いえいえ、そんなわけがあるんですよ。ところでお客さん、あなたは生まれ変わりを信じますか?」


 そりゃあ、信じておるよ。

 なんせ、こうして三途の川があったんじゃ。

 渡されていった先に閻魔様がおって、生まれ変わるための審問が行われるのも、きっとその通りなんじゃろう。


「まあ、そんなところです。それでですね、お客さん。実は、今月はサービス月間となっていまして」


 さーびす月間?

 なんじゃ、急に俗っぽくなったのう!

 三途の河も、さーびすの質を上げないと、苦しいのかのう。そういえば、孫のリンちゃんも、たしかさーびす業をしていたが、お客さんが増えなくて大変だと話しておったぞ。


「そ、そうです。そういうことなんです。

 そこでですね。今なら、なんと今回限り、期間限定で特別に! 当船では、お客さんが来世で生きていくのに役にたつものを、プレゼントさせていただきます!」


 ほ。

 来世で役に立つものか。


「はい。具体的には、こちらの輪廻六道くじを引いていただいて――」


 うーむ……いらんのう。


「はい?」


 だから、いらんのじゃ。来世のことは、来世のわしが考えるじゃろう。

 そんなことより、渡し守さん。もしも、なにかもらえるなら、わしの子供や孫たちに贈ってやれんだろうか。

 死んだもんより、生きているもんのほうが大事じゃ。そうじゃろう。


「あー……。やっぱり徳の高い方は、だいたいそんな感じで仰るんですよねー。どうしようかしら……」


 なに。できんなら、無理にとは言わんよ。


「仕方ないなあ。じゃあ、私の権限で、ほんのすこしだけ、お客さんの家族は加護が増えるようにしておきますね。言っておきますけど、これはお客様の場合だけですよ。お客様だけ、特別ですからね」


 ふふふ。

 あんた、渡し守のくせに、本当に人間そっくりの話し方をするんじゃな。じゃが、特別扱いされるのは、悪くない気分じゃ。

 ありがとうのう。


「ふふふ、どういたしまして。……さてお客さん、到着です。ここから先は、真っ直ぐ流れていってください。そこからは一本道ですから」


 おお。

 ありがとうよ。このまま真っ直ぐ流れていけばええんじゃの。


「ええ。よい来世を。またのご利用を、お待ちしております」


 世話になったの。

 さて、このまままっすぐ……といっても、わしはただ流れておるだけじゃがな。

 おお?

 なんだか急に、流れが激しくなったのう。


「あっ。おきゃくさ……そっち――」


 渡し守さんが何か言いかけたようじゃったが、それも聞こえなくなってしもうた。

 まあええ。流れていくだけなんじゃ。簡単じゃろ。

 眠っていればきっと、すぐに着くに違いないわい。



   ゅ゜



 目が覚めると、わしは無意識に何かを口に含んで、食べておった。

 もぐもぐ。おお。これはうまい。

 やわらかくて、なんだか覚えのあるような味じゃ。

 しかしここはどこじゃろうな。

 渡し守さんの言っていた閻魔様のところに、もう着いたのかのう。


 ぷつん。

 ぷつん。


 まわりで、何か大きなものが、弾ぜているような音が聞こえる。

 なんじゃ?

 音がした方に目を向けてみる。すると――

 うおお。

 なんということじゃ。いつのまにかわしの周りが、魚だらけになっておる。


 赤い魚。赤い魚。赤い魚。わし。赤い魚。赤い魚。赤い魚。


 こんな感じじゃ。

 しかも赤い魚は、どんどん増えてゆく。なぜなら今まさに、目の前で、卵から孵っている真っ最中なのじゃ。

 

 わしは魚の孵化を目の当たりにしている。

 これは。まさか……。


 ことによると、ことによるかもしれんぞ。

 わしは、自分の体をくねらせてみる。足の感覚はない。

 腕を持ち上げようとしてみる。ずいぶん、短い。それに指の感覚もない。

 最後に、息を吸い込んでみる。

 大きく口をあけると、空気ではなく大量の水がそこへ流れ込み、顔の下のエラから勢いよく出ていくのが分かった。


 なんということじゃ!

 なんということじゃ!

 わしは、いつのまにか、魚になっておったのじゃ!

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