治癒
ホンソメワケベラさんたちもそうじゃが、わしら海の掃除屋は、主に患者の身に巣食う虫を食う。
まあ、ほかにも、口の中の食べ残しや、うろこについた藻や、古くなった体組織を取ってやることもあるが、一番喜ばれるのは虫を食うことじゃ。
虫。
いわゆる、寄生虫というやつじゃ。
体の体表にしがみついて、ノミのように粘液を吸うやつもおれば、うろこの隙間にもぐりこんで体液を啜るようなものまでおる。
さて、白点病というのも、寄生虫が引き起こす病気じゃ。
これが人間に飼われている魚であれば、初期のうちに隔離して、寄生虫を殺す薬を投与すれば、あっという間に治る。
しかし、ここは、海じゃ。
隔離する水槽などありはしない。
となれば、わしらクリーナーの出番。
こうして虫を一匹一匹、丁寧に食ってやるしかないわけじゃ。
《大牙》の子の、体中に浮かぶ、白い斑点。
そして、その皮膚の中を、もぞもぞと動き回る、小さな虫。
姿かたちは、ワームのようじゃ。しかし、まともな大きさの魚には、見つけられないほど小さい。
それが、はっきりと見える。
ちゅう
と吸ってやり、
ぱくん。
と、食べる。
最初のころと比べて、わしのクリーニングの腕は、やはり上がっておるようじゃ。
あるいは、虫を吸い出す方法が理解できるようになった……いや、いつの間にか身についていたというべきか。
不思議な感じじゃ。
やはり、魚というのは、人間とは違っておって、いろいろなことを本能的にできるものなんじゃろうか。
ホンソメワケベラさんたちも、誰に教えられなくても生まれつき、クリーニングの方法を知っておるようじゃしの。
わしも、しだいに、一人前の魚に近づいておるのかもしれん。
――クリーニング
意識が、自然と、自分の行為に集中していく。
頭の中にあるのは、ただ己のなすべきことだけ。
この子の身体をきれいにしてやる。
虫を食う。
そして、この子を救う。
わしの動きが、そのためだけに最適化されていく。
見える。
子どもの体内に巣食う虫が。
やつらが食らいつく、部位が。
体内の病床が。やつらが弱らせている体内の経絡が。
まだ生きようとしている心臓の鼓動と、血のめぐりが、はっきりとわかる。
そして、この子のまわりを取り巻く、もやのようなものを、退治する方法も。
「いい子じゃ」
わしは、子供によびかける。
「もうしばらくの辛抱じゃからな。ほんの少しじゃ」
――クリーニング
呼びかけながら、食べる。
虫を。
虫が腐らせてしまった、腫瘍を。
子どもの、古くなってしまった体液を。
あるいは、子どもの傷跡を。治りを遅らせるかさぶたや、侵入しようとする細菌を。
そして、もやがとりついた、体の腐りかけた部位を、やさしく食べる。
「わしが今から、おまえさんの体についた、悪いものを取り除いて、治してやるからな」
――クリーニング
そして、虫をやっつけ終え、その腫瘍の最後の部分を、やさしくなめてやったとき。
勘違いかもしれないが、子どもの体が、ほのかに、白くい光におおわれたように、わしには見えた。
それを見て、なぜか。
なぜだかはわからんが、わしは、これでもう大丈夫。この子供はすっかりよくなる――と、そう確信しておったのじゃ。
ゅ゜
数日後。
《大牙》が、嬉しそうにコロニーまで報告にやってきた。
「先生! 先生! おかげさまで、息子のやろう、すっかりよくなりましたぜ!」
「そうか。それはよかったのう」
わしは、それをきいて、ほっと、安心した。
「ああ! 全部、先生のおかげだ!」
と、《大牙》は嬉しそうに言う。
だが、まだわしには気がかりが残っていた。
子どもの体にまきついておった、黒いもや。
あれは、尋常のものではない。おそらく、子どもがあれほど虫におそわれたのは、あのもやのせいなのじゃろう、と。
それを聞くと、《大牙》は言いにくそうに口を開き、
「あ、ああ。なんでも、北のほうの組と喧嘩したとき、なすりつけられたんじゃねえかって話だ」
「喧嘩……抗争かい。じゃあ、どこからやってきたのかは」
「すまねえ。わからずじまいだ」
それをきいて、わしはふと、いやな予感を覚えた。
パンデミックと呼ばれる現象じゃ。
もしも、あの黒いもやが、病気を呼ぶものであるならば。病に対してほとんど抵抗力をもたない魚が、あのもやにとりつかれたとき、それは……。
「おっと。先生、お忙しいところ、失礼したな。次のお客さんがお待ちかねみたいだから、おれは退散するとするぜ」
考え込んでいるわしの意識を、《大牙》の呼びかけが現実に引き戻した。
「あ、ああ。息子さん、お大事にのう」
「ああ。また今度、ちゃんとあいさつに来るよ。それじゃあな!」
そう言って、《大牙》は帰っていく。
わしは、周りを見渡した。
いつのまにか、大量の魚にかこまれておる。
いや、このコロニーに、掃除をもとめてやってきた、大型の魚たち。
彼らは、わしの掃除を求めてやってきた、客じゃ。
わしは気を取り直すと、期待に満ちた目をする彼らに向かって、呼びかけた。
「ええい、掃除はしてやる! じゃから、一列に並べ!」
なんにせよ、目の前のしごとを片付けるのが、優先じゃろうて。
いろいろと考え込むのは、そのあと、じゃ。
「並ばんやつは、一番最後に回してやるぞ! わかったら、さっさと整列するのじゃ!」
そして、またいつものわしの、掃除に明け暮れる日々がはじまる。
〈 技能《クリーニング》のレベルが上がりました 〉
〈 技能《ヒーリング》を習得しました 〉
〈 レベルが上がりました 〉




