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転生令嬢は今日も推理する  作者: 深見きくり


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Episode34 後ろ盾



 後日、ルシアン様が正式に訪ねてきた。


 あらかじめ日を決めての訪問だった。


 お母様と一緒に応接間に案内する。


 今日はローウェンの姿はない。


 バルナバスは既に部屋の隅の椅子に腰を下ろしていた。


 フィンがその肩の上でぴょんと跳ねた。


 


「——おっ、また、あの堅っ苦しい兄ちゃんか」


「あの時は世話になったな」


 


 バルナバスがそう言ってルシアン様に軽く会釈をした。


 


「いえ、職務ですので」


 


 ルシアン様がそう返した。


 


「今日は改めて伺いたいことがあって参りました」


 


 ルシアン様がそう言ってお母様と私に視線を向けた。


 


「あの時、街道で行き倒れていた事情を、詳しくお聞きしても?」


「そいつは、単に飯を食い忘れてただけだ。恥ずかしい話だがな」


「……あの時、涸れ病の薬について、王室に報告に来た、と仰いましたね」


 


 ルシアン様が、手帳を開いた。


 


「そちらの話を、詳しく伺いたい」


「ああ、そっちか」


 


 バルナバスが、少し姿勢を正した。


 一度、こちらに視線を寄越す。


 私が小さく頷くと、バルナバスは息を吐いた。


 


「——涸れ病の治療に関わる、新しい発見があった。ただし、その中身は、まだ明かせねぇ」


 


 ルシアン様が少し驚いたように目を見開いた。


 


「——どういうことです?」


「王家が代々、秘匿してきた話だ。詳細はこの場では伏せさせてもらう。だが——」


 


 一度言葉を区切る。


 


「治療法自体が、もっと広く行き渡る可能性がある。今は、それだけ知っといてくれ」


「——それは、涸れ病で苦しむ人々を救える、ということか」


「そういうこった」


「なぜ、俺に、この話を?」


「警邏隊から、公式な上奏として上げた方が、後々、都合がいいそうだ。……まあ、ブレーンからのお達しでな」


 


 ——ローウェンね。


 内心でそう確信した。


 ルシアン様がしばらく黙り込んだ。


 組んでいた腕を一度解く。


 視線がしばらく宙を彷徨っていた。


 


「……それが本当だとすれば、一大事だ。だが、話だけでは王城では誰も動かん」


 


 ルシアン様がそう続けた。


 


「証拠になるものは、あるのか」


「今は渡せねぇ。……だが、いずれ、然るべき形で示す」


 


 バルナバスがそう答えた。


 ルシアン様がしばらくその顔を見つめていた。


 


「ルシアン様」


 


 お母様が、穏やかに口を挟んだ。


 


「わたくしどもは、見せていただきましたわ。二十年分の帳面と……それから、もう一つ」


「もう一つ、とは」


「それは、申し上げられませんの」


 


 お母様が、困ったように微笑んだ。


 


「ただ、わたくしにも、それが重要なものだということだけは、分かりましたわ」


 


 ルシアン様が、少し目を見開いた。


 やがて静かに息を吐く。


 


「分かりました。……兄が王城で文官として働いています。そちらから話を通してみましょう。——ただ、正直に言えば、時間はかかると思います」


 


 ルシアン様がそう続けた。


 


「これだけの話だ。王家に関わることなら、なおさら、裏付けもなく軽々には上げられない」


「構わねぇ。急いてる話じゃあるが……無理に急いで潰れちゃ、元も子もねぇ」


「必ず上まで届ける」


「頼んだぞ」


 


 ルシアン様がそう言って姿勢を正した。


 



 ルシアン様が帰った後、お父様の書斎を訪ねた。


 お父様は、まだ詳しい話を知らないので、お母様に同席してもらった。


 


「——それで、私に何を頼みたいんだね」


 


 お父様がそう切り出した。


 


「資金の提供です」


 


 思い切ってそう切り出した。


 


「涸れ病の治療法に関わる大事な研究です。表には出せない事情もありますが」


「詳しく話してくれるか」


 


 頷いて、順を追って話し始めた。


 銀嘶草のこと。花壇の秘密。バルナバスの二十年。……そして王室に伝われば命の危険もあるという事実。


 お父様は黙って最後まで聞いていた。


 


「——なるほど。それで表向きは商会の別邸という形で研究所を設けるという訳か」


「はい」


「ローウェン殿というのは、商人だったな」


 


 お父様がそう確かめるように尋ねた。


 


「はい。商才には長けた方ですが、この件をすべて任すには、少し心もとなくて」


 


 ローウェンは頼りにはなりそうだが、完全に信用できる相手ではない。


 


「ローウェンさん一人に、任せきりにしてしまうと……いざという時、バルナバスさんを、守り切れないかもしれません」


 


 本来の爵位を盾にされたら我が家も口を出せないが、平民のローウェンとして振る舞っている現状では、我が家が口を出せる余地がある。


 


「私も、同じ気持ちですわ」


 


 お母様が、そう、頷いた。


 


「ローウェンさんは事業を広げられて知名度はありますが、立場としてはあくまで平民。平民の方に、王室が関わる話を、丸投げしてしまうのも……関わった手前、ベルナード家として示しが付きません」


「——そうだな。商会一つの信用だけでは、王室の目を誤魔化しきれん場合もある。……土地の取得や資金の流れ一つで、要らぬ詮索を招く」


 


 お父様がそう言って少し考え込んだ。


 


「——この件、我が家もローウェン殿の商会の出資者として支援しよう」


「出資者……?」


「表向きは、ベルナード家がローウェン殿の商会に出資する形で——貴族の後ろ盾があれば、多少の詮索は防げる」


 


 お父様は、そこで、一度、言葉を切った。


 


「——ただし、これには、リスクもある。もし露見すれば、我が家にも連座が及びかねん。だから境界線ははっきりさせておく。……もし、これが露見した時、真っ先に切り捨てるのは、ローウェン殿だ」


「——え」


「表向きは、あくまで彼の商会が独断で行ったことにする。我が家は事情を知らずに出資しただけの被害者だ。……そういう筋書きにしておく」


 


 お父様の声には迷いも後ろめたさもなかった。


 


「そんな……」


「これが貴族というものだ」


 


 お父様がそう言って私をまっすぐ見た。


 


「情に流されるだけでは、家は守れん。……守るべき優先順位は常にはっきりさせておく必要がある」


「——ローウェン殿は、了承するでしょうか……?」


「彼も商人だ。商会の別邸を隠れ蓑に研究をさせる以上、リスクは承知の上で動いているはずだ」


 


 お父様がそう続けた。


 


「その代わり、こちらも最後まで見捨てるつもりはない。……ぎりぎりまでは、な」


 


 その最後の一言だけが、わずかな救いだった。


 お父様はそこで一度、手元の書類から目を離した。


 窓の外をしばらく眺めている。


 


「——叔父上のことを思い出すな」


「お父様の叔父様、ですか」


 


 思わずそう尋ねた。


 


「まだ私が子どもの頃に亡くなった方だ。……若い頃から体が弱くてな。涸れ病だった」


 


 お父様がそう言って少し遠い目をした。


 


「我がベルナード家にも何人か、涸れ病で命を落とした者がいる。……治療法さえあれば、と、何度思ったか分からん」


「——それでは」


「支援しない、という選択肢は、そもそもない」


 


 お父様がそうきっぱりと言い切った。


 


「巻き込んでしまって、申し訳ありません」


 


 思わずそう頭を下げた。


 


「いや」


 


 お父様が首を横に振った。


 


「これは、私自身の意志でもある」


 


 その言葉に迷いはなかった。


 


「ただし」


 


 お父様が少し声を落とした。




「使用人にも詳細は明かさん。資金の流れは、私が直接管理する。表向きは、あくまで商会への個人的な出資だ」


 


 お父様は、そこで一度、言葉を切った。


 


「セレナやカイルにも、まだ話す必要はない。知る人間は少なければ少ないほどいい」


「かしこまりました」


 


 静かに頷いた。


 お父様の背中が、いつもより、ずっと大きく見えた。


 巻き込んでしまったことへの、小さな恐れ。


 それでも進むしかない、という小さな決意。


 その両方を抱えたまま——



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