Episode32 マナと銀嘶草
だいじな部分が抜けてたので追加修正しました
しばらくして、セバスチャンに連れられて、バルナバスが、姿を見せた。
髭は整えられ、身なりも、すっかり、こざっぱりとしている。
……身なりを整えると、思いのほか、きちんとした紳士に見える。
「待たせたな」
バルナバスが、そう言いながら、席に着いた。
母様は、他の用事があるとかで、セバスチャンに後を任せ、席を外していた。
「こちら、ローウェンさん。よろしければ、お話に同席させていただければと」
紹介すると、ローウェンが、穏やかに、会釈をした。
「ローウェンです。マナに関わる研究をされているとか。よろしければ、少し、お話を伺っても?」
「おう、構わんぞ。マナ含有植物の研究をしててな」
バルナバスは、あっさりと、頷いた。
「そもそも、マナって、何なんですか?」
エラリーは思わず、そう尋ねてみる。
「――ああ、そこからか」
バルナバスが、少し、意外そうな顔をした。
「まあ、普通は、知らねぇよな。伝承好きの学者くらいしか、扱わねぇ話だ」
「伝承によれば、大昔は、魔法ってものが、使えたらしい」
「魔法……?」
「ああ。昔話でも、炎を出したり、空を飛んだり、そういう話が、よく出てくるだろ」
そう言われて、思い当たる物語が、いくつか浮かんだ。
「今となっちゃ、伝承が事実なのか、ただの物語なのか、区別もつかねぇ話だが……そういうことができたのは、マナがあったからだ、と考えられてる」
「――マナが、なくなったから、魔法も、使われなくなった、ということですか」
「そういうことだ。今じゃ、感覚を、ちょっと強めたり、体を、少し丈夫にする程度のもんしか、残っちゃいねぇ」
バルナバスが、そう言って、肩をすくめた。
「――え、今も、魔法って、残ってるんですか?」
思わず、身を乗り出した。
「魔法、っていうほど、大層なもんじゃねぇよ」
バルナバスが、苦笑した。
「昔話にあるような、分かりやすいもんじゃない。せいぜい、勘が鋭くなったり、体力があったりする程度のもんで……大抵は、使ってる本人も、それがマナのおかげだなんて、気づいちゃいねぇ」
「それにしても……なぜ、涸れ病に、そんなに詳しいの?」
「涸れ病ってのは、そもそも、マナの量が原因なんだよ。……正式には、マナ枯渇症、って呼ぶんだがな」
バルナバスが、頷いた。
「大昔は、マナが、そこら中に、たっぷりあったらしい。それが、何百年か前に、何かの理由で、うんと減っちまった」
バルナバスの肩の上で、フィンが、ぴくりと、耳を動かした。
「粘土のような密度だったものが、今じゃ、砂粒くらいしか、残ってねぇ」
指先を、そっと擦り合わせるような、仕草をしてみせる。
「昔の濃いマナに合わせて出来上がった体が、今の薄い環境じゃ、うまく回らねぇんだよ」
「――なるほど」
ローウェンが、興味深そうに、そう零した。その目には、隠しきれない好奇心が浮かんでいる。
「子供のうちは、ほとんど、発症しねぇ。育つ過程で、大抵は、今の環境に、自然と、順応していく。……ただ、中には、順応しきれねぇ奴もいる。そういう奴が、大人になるにつれて、徐々に、衰弱していくんだ」
「いつ発症するかは、感度の強さによって、まちまちだ。……ただ、統計を見る限り、二十代から三十代辺りの事例が、一番、多い」
ローウェンが、わずかに、目を細めた。
「それは、初めて聞きました。……マナへの感度と、涸れ病の関係は、どうやって、突き止めたのです?」
「マナ感度を測る、専用の測定器があってな。それを使って、発症した奴らを、何十人も、調べた。……もう、三十年近く前に、判明してたことだ」
「三十年も前に……?」
「感度の高い奴ほど、症状が重く出る。分かりやすい相関だった」
「しかし、涸れ病は、原因不明の奇病として、扱われているはずです。それを、あなたが、どうしてご存知なんです?」
「ああ、俺は、元々、王立研究所にいたんだよ。……そこで、この病の研究に、長年、携わってたんだ」
「――なるほど。それで、そこまで、お詳しいのですね」
ローウェンが、納得したように、そう頷いた。
少し、考えるように、間を置く。
「涸れ病は不治の病として、扱われているはずですが……」
「治療法はある」
バルナバスが、そう言って、少し声を落とした。
「銀嘶草っていう、薬草でな。……ただし、王家が独占的に管理してる、希少なもんだ。市井には出回らねぇ」
「――銀嘶草」
初めて聞く、名前だった。
「マナの残滓を、含んでる薬草でな。それを、体に取り込むことで、症状が、抑えられる。……治療法自体は、あるのに、市井の連中には、行き渡らねぇ。だから、不治の病、なんて言われ続けてる」
ローウェンが手を顎に当てながら、口を開いた。
「一つ、伺っても? ……マナの残滓による恩恵は、マナへの感度が高い者ほど、強く出るものですよね。銀嘶草を摂取することで、その恩恵自体が、さらに強化される、ということは?」
「――お前、いいとこ突くな」
バルナバスが、感心したように、そう言った。
「その通りだ。王族の連中は、代々、恩恵の出方が、他の貴族より、明らかに強い。理由は、王と、王立研究所の、ごく一部しか知らねぇ話だがな」
「恩恵、というと、具体的には……?」
「視力や、聴力なんかの、五感の強化。思考が速くなる奴もいれば、身体能力が上がる奴もいる。……どこの部分が強化されるかは、選べねぇ。ただ、誰しも、どこかしらは、優れてる」
「王室を出ると、その恩恵は……?」
「摂らなくなりゃ、徐々に、落ちていく。……何年かかけて、な」
「一つ、伺っても?」
ローウェンが、少し、間を置いて、そう切り出した。
「そこまで、重要な研究をなさっていたのに、どうして、王立研究所を、お辞めになったんです?」
バルナバスは、しばらく、黙り込んだ。
視線を、テーブルの上に落としたまま、言葉を選んでいるようだった。
「――銀嘶草の数には、限りがある。だから、まず、涸れ病の治療に使う。そこまでは、当然のことだ」
ぽつりと、そう切り出す。
「ただ、それだけじゃ、済まなかった。……治療の名目を超えて、恩恵を得るためだけに、使われてる部分もあった」
「それは……」
「おっと、これ以上は、俺の口からは、言えねぇ話だ」
バルナバスが、慌てたように、片手を上げて、遮った。
「うっかり喋りすぎると、王室批判になっちまう。……お前も、この話、あんまり、他所で広めるなよ」
ニヤリと笑いながら、バルナバスはそう言った。
「涸れ病を、治すことだけが目的なら、まだ、納得もできた。だが、それ以外の使い道に、疑問を持っちまってな。……それで、辞めた」
「そういう経緯でしたか」
ローウェンは、それ以上、深追いはせず、ただ、静かに、頷いた。
「大量に銀嘶草を摂ったところで、治るわけじゃない。摂り続けなきゃ、意味がない」
バルナバスが、そう言って、少し、渋い顔をした。
「だから、量産できるかどうかが、死活問題になる」
気づけば、フィンが、いつの間にか、バルナバスの肩に、ちょこんと、腰を下ろしていた。
「――なあなあ、もっと聞かせてくれよ」
興味津々といった様子で、そう、話しかけている。
もちろん、姿は、バルナバスには見えていないはずなのに、なぜか、妙に、懐いていた。
……最初の「いい匂いがする」といい、よほど、この人の傍が、居心地いいらしい。




