Episode28 ご令嬢たちのお茶会
事件から、しばらく経った。
あれ以来、リゼット様は、時折カフェに誘ってくるようになった。
「エラリー様、今度、一緒にお茶でも、いかがですか」
そんな誘いが、週に二、三度は届く。
「エラリー様は、シトラス系のケーキが、お好きでしょう?」
そう言って、いつも、こちらの好みに合わせた店を選んでくれる。
……なぜ、それを知っているのだろう。
不思議に思いつつも、断る理由もなく、顔を合わせるたび、他愛のない話をするのが、いつしか習慣になっていた。
そんなある日、以前マグダレーナ夫人のお茶会で出会ったフローラ様から、手紙が届いた。
「近々、ささやかながらお茶の席を設けたく存じます。もしよろしければ、ご都合をお聞かせくださいませ」
丸みのある、優しい字だった。
事件からこっち、色々あって、フローラ様とゆっくり顔を合わせる機会も、なかなか取れずにいた。
「ぜひ、伺いますわ」
すぐに、そう返事をしたためた。
その話を、何気なく、リゼット様とのお喋りの中で、口にしてしまった。
「あら、お茶会ですの?」
途端に、リゼット様の目が、輝いた。
「わたくしも、ご一緒したいですわ」
「え、でも、これは、フローラ様が――」
「フローラ様には、わたくしから、お手紙を差し上げますわ」
そう言うと、リゼット様は、その場で、さらさらと手紙をしたためた。
数日後、リゼット様から、フローラ様の返事を見せてもらった。
「ぜひ、ご一緒に」
丁寧な文字で、そう綴られていた。
……すごい行動力。
驚きながらも、フローラ様が了承してくださったことにホッとする。
迎えた当日、フローラ様の屋敷の庭園に、案内された。
「リゼット様にまでお越しいただけるとは、思ってもみませんでしたわ。光栄ですわ」
フローラ様は、穏やかな笑みを浮かべた。
「急に、押しかけるようなことになって、ごめんあそばせ」
リゼット様は、そう言いながらも、フローラ様をさりげなく、上から下まで、見定めるように眺めていた。
フローラ様は、その視線に、一瞬たじろいだような顔をした。
……無理もない。
リゼット様の美貌と、この独特の迫力は、初対面だと誰でも気圧されてしまう。
「い、いえ。歓迎いたしますわ」
引きつった笑みで、そう返した。
「エラリー様、こないだの茶器のお茶会、伺えなくて残念でしたわ。お母様の体調があまり芳しくなくて欠席になってしまって……」
フローラ様が、申し訳なさそうに切り出した。
「いえ、お気になさらず」
そう答えると、フローラ様は、ほっとしたように微笑んだ。
カップに紅茶が注がれると、フローラ様が、ふと頬を紅潮させた。
「エラリー様、聞いてくださいます? あの、ローウェン様のこと、また噂を耳にしましたの」
「また、ですか」
思わず、苦笑いが漏れる。
以前のお茶会でも、この話題で、随分と盛り上がったのを思い出す。
「なんでも、また珍しい品を、仕入れられたとかで」
うっとりとした顔で、フローラ様は、そう続けた。
「ぜひ次のマグダレーナ夫人のお茶会にも、いらしていただきたいですわ」
熱の入った語り口が、しばらく、続いた。
「あぁ、あの商人のことかしら」
リゼット様が、興味なさそうに、そう零した。
「お茶会か何かで、何度か、お見かけしたことがある程度ですけれど」
……本当に、興味がなさそうだった。
……あの時、フィンが言っていた。
「あいつの気配だ」って。
アッシュフォード伯爵家の屋敷の窓辺にいた、銀髪の人物と、このローウェンという商人が、同一人物なんだとしたら――
だとしたらリゼット様が、この話に、まったく食いつかない様子は少し妙に感じる。
フローラ様は、しばらく、ローウェン商会の話を続けていたが、リゼット様の反応が薄いのを見て、次第に話題を変えていった。
……たぶん、今日誘ってくださったのも、この話がしたかったからなんだろうな。
なんとなく、そんな気がした。
「リゼット様」
思い切って、そう呼びかける。
「アッシュフォード伯爵家に、銀髪の方っていらっしゃいますか」
「銀髪……? ああ、それ、ユリのことですわ」
リゼット様の表情が、ぱっと、明るくなった。
「エラリー様、ユリのことご存知でしたの?」
嬉しそうに、身を乗り出してくる。
「いえ、存じ上げているというほどでは。……先日、お屋敷の前を通りかかった時、窓辺に、銀髪の方がいらっしゃるのが見えて。少し、珍しい御髪だったので、覚えていただけですわ」
さらりと、そう答える。
嘘は、言っていない。
「まあ、そうでしたのね。銀髪でしたら、きっとユリですわ」
リゼット様は堰を切ったように、ユリウェンの話を語り始めた。
考え込みながら、その話に耳を傾ける。
……ローウェンと、ユリウェン。
やはり、繋がっている。
でも、リゼット様の様子を見る限り、その繋がりには、まったく気づいていない。
フローラ様は、最初こそ、リゼット様の独特な様子に、少し、遠慮がちだったが、話を聞くうちに、次第に態度が和らいでいった。
「まあ、そんなことが……」
天然で、でも憎めない、リゼット様の様子に、いつしか、心を許し始めているようだった。
「今日は、楽しかったですわ。……また、集まりませんこと?」
お茶会の終わり、フローラ様が、そう切り出した。
「ええ、ぜひ!」
リゼット様が、真っ先に、そう答えた。
「わたくしも、もうメンバーの一人ですものね」
当然のように、そう言い切る。
「メンバー……?」
フローラ様は、少し驚いたような顔をしたが、やがて小さく笑った。
「ふふ、そうですわね」
お茶会は、そのまま終わりを迎えた。
屋敷を出る時、フローラ様は、玄関まで見送ってくださった。
「また、お会いしましょうね」
そう言って、優しく微笑んでくれた。
馬車に乗り込むと、リゼット様が、隣に腰を下ろした。
馬車が動き始めると、リゼット様が、穏やかに切り出してきた。
「エラリー様、今度、一緒に来ていただきたいところがありますの」
「えっと――、どちらに?」
「従兄弟のところですわ」
「従兄弟……」
「先ほどお話にも出た、ユリウェンのところですの」
やっぱり。
心の中で、大きなため息をついた。
フィンが、わたくしの肩の上で、ぴくりと反応するのが分かった。
「体が弱くて、あまり出歩けないから、いつも、こちらから伺うんですのよ」
従兄弟であるユリウェンが、あの商人ローウェンと同一人物だとは――リゼット様が気づいていないのも、無理はない。
でも、こんな形で、あちらの本拠地に足を踏み入れることになるとは、思ってもみなかった。
「いつも、色々な話を聞いてもらってて。この間、エラリー様のことをお話ししたら」
リゼット様が、嬉しそうに、続けた。
「わたくしがそんなに仲良くなったお友達は初めてだから、ぜひ紹介してほしいって、言われましたの」
……見え透いてる。
でも、これはこれで都合が良いかもしれない。
向こうも、探りを入れたいのだろう。
こちらだって、同じことだ。
「わたくしも、お会いしてみたいです」
にっこりと、笑ってみせる。
「では、今度の週末、一緒に伺いましょう」
そう言って、リゼット様は、無邪気に微笑んだ。
その無邪気さが、今は、少しだけ、重かった。
……まさか、あちらから呼ばれるとは。
こちらから探りを入れる機会を、伺っていた矢先だった。
……もしかして、わたくしが、ユリウェンの正体に気づいてるって、知られてる?
向こうが、どこまで、こちらの手の内を知っているのか。
見当もつかなかった。
「では、今度の週末、伺いますね」
平静を装って、そう答える。
内心では、まったく、穏やかではいられなかった。
肩の上のフィンが、低く喉を鳴らした。
まるで『気をつけろ』と告げるように。




