Episode25 壊れた運命
アッシュフォード家の屋敷が見えてきた頃、見送りを終えたリゼット嬢が、一人、馬車に向かって歩いているのが見えた。
……ガレスの姿は、見当たらない。
早とちりだったかしら、そう思いかけた矢先、木陰から見覚えのある人影が現れた。
ガレスだ。
「リゼット嬢」
普通の様子で、そう声をかけていた。
「あらガレス様」
リゼット嬢は、特に警戒する様子もなく足を止めた。
「こんなところでお会いするなんて」
「少しお話がしたくて」
穏やかな口調だった。
……様子を見る限り、まだ危険な感じはしない。
少し離れた場所で、様子を窺うことにする。
「わたくしに、何かご用ですか?」
「最近、また殿方を探してらっしゃるとか」
「あら耳が早いんですのね」
リゼット嬢は、くすりと笑った。
「クラウス様のこと、もう噂になっていますの?」
「ええ、まあ」
ガレスの表情が、微かに、強張った。
「……前々から思っていたんですが」
低い声でそう切り出す。
「そんな風に、次々と相手を変えて。……相手のことは何も考えていらっしゃらないんですね」
「あら、どういうことですか?」
リゼット嬢は、小首を傾げた。
「これは、運命の人を探すための大切な過程ですのよ」
うっとりとした表情で、そう続けた。
「運命の人、ね」
ガレスの声が、次第に、低く、冷たくなっていく。
「その運命とやらのせいで、何人の人生がめちゃくちゃになったか。分かっていらっしゃいますか」
「そんな大袈裟な」
リゼット嬢は、くすくすと笑った。
「よく分かりませんわ。わたくしは、ただ素敵な方を探しているだけですのに」
その言葉に、ガレスの目つきが変わった。
据わった、暗い光が宿る。
「お前が……」
低く、そう吐き捨てた。
「お前のせいで、俺は、何もかも失ったのに」
その目が腰元の人形に向く。
「こんな気持ち悪い人形を後生大事に抱えてる、頭のイカれた女の相手をしてやったのに」
侮蔑を隠さず、そう続けた。
言うが早いか、腰元のエリーゼを引ったくる。
「返して……!」
リゼット嬢が、悲鳴に近い声を上げた。
ガレスは、懐から取り出したナイフを、人形に突き立てた。
一度、二度、何度も。
綿が飛び散り、布が裂ける。
あっという間に、見る影もないほど、ボロボロになった。
「エリーゼ……! エリーゼ……!」
泣き叫びながら、リゼット嬢は、地面に崩れ落ちた。
ボロボロになった人形を、必死にかき集めようとする。
「いや……いやぁぁ……!」
涙も、鼻水も、構わず、ただ、泣きじゃくっていた。
その様子を見たガレスが、満足げに、口の端を歪めた。
その光景に、思わず足がすくむ。
でも、いつまでも、立ち尽くしているわけにはいかない。
ぐっと、拳を握りしめる。
「やめなさい……!」
叫びながら、飛び出していた。
ガレスが、こちらを振り向く。
据わった目のまま、ナイフを構え直した。
……まずい。
でも、足は止まらなかった。
崩れ落ちたままのリゼット嬢を、後ろ手に庇うように、その前に立つ。
「か弱い女性相手に、なんの真似ですか……!」
震える声で、そう言い放つ。
「邪魔をするな……!」
ガレスが、こちらに詰め寄ってくる。
……無理。どう見ても、無理だ。
でも退けなかった。
リゼット嬢を、背に庇ったまま、動けなかった。
ガレスがナイフを構えたまま、じりじりと距離を詰めてくる。
……逃げ場が、ない。
背中にリゼット嬢の震えが伝わってくる。
「動くな……!」
低く、そう凄まれる。
ナイフの切っ先が、目の前まで迫った。
……終わり、なのか。
そう思った、その時。
「そこまでだ」
低く、鋭い声が響いた。
振り向くと、剣を抜いたルシアン様が、こちらに駆けてくるところだった。
あっという間に、剣でナイフをはじき飛ばし、ガレスの腕を捻り上げ、地面に組み伏せる。
「な……、放せ……!」
もがくガレスを、そのまま拘束した。
ほっと、体から力が抜ける。
「エラリー様……!」
マリアが、駆け寄ってくる。
振り向くと、リゼット嬢が、まだ震えたまま、うずくまっていた。
思わず、その体を、そっと抱きしめる。
「もう、大丈夫ですよ」
リゼット嬢は、しばらく呆然としていたが、やがて、堰を切ったように、声を上げて泣き出した。
「エラリー様、これを」
マリアが、そっと、膝掛けを差し出してくる。
受け取って、リゼット嬢に、静かに差し出した。
「よろしければ、これで包んであげてください」
リゼット嬢は、震える手で、ボロボロになったエリーゼを、丁寧に包み始めた。
「……ありがとう、ございます」
小さくそう呟いた。
「ガレス様」
震える声を、なんとか抑えて、そう切り出す。
「アステールさんの婚約者様、そして、わたくしの姉に、死骸を送りつけたのは、あなたですね」
地面に組み伏せられたまま、ガレスは、こちらを睨みつけた。
「……だったら、何だ」
低く、そう吐き捨てた。
開き直ったような、その目に、もう隠す気配はなかった。
「二回目の贈り物が届いた時、屋敷の使用人があなたらしき方を、門の近くで見かけているんです」
証拠を突きつけるように、そう続ける。
「振られた腹いせに、リゼットさんが次に狙う相手を調べ上げて、嫌がらせをしていた。……今のあなたの方が、よっぽどリゼットさんに執着なさっているみたいですね」
淡々と、そう言い放つ。
「傍から見れば、みっともないだけです。フェリシア様との婚約破棄はご自身のひどい態度が原因でしょう。それに、リゼット嬢のせいにしてましたけど、アステールさんと、その婚約者様の人生を、めちゃくちゃにしたのは、あなたですから」
はっきりと、そう言い切る。
ガレスの顔が、屈辱に赤く染まった。
「黙れ……!」
叫ぶように、そう言い返した。
でも、その声には、もうさっきまでの凄みはなかった。
……終わった。
安堵で、体から力が抜けそうになる。
「あ……!」
肩の上で、フィンが、小さく声を上げた。
「どうしたの?」
視線の先を追う。
屋敷の二階、窓辺に、人影があった。
線の細い、銀髪の人物。
距離があって、顔立ちまでは、はっきりと見えない。
「あいつの気配だ」
フィンが、低く、そう呟いた。
「一番最初に会った方の、ローウェンだよ」
……え。
はぁ? なんで、こんなところに?
頭の中が、一気に疑問符でいっぱいになる。
でも、腕の中で、まだ震えているリゼット嬢の温もりに、はっと、我に返る。今は、それを考えている場合ではなかった。
ガレスの姿は、騎士たちに囲まれ、遠ざかっていった。




