Episode23 被害者たちの証言
騎士団の詰所、ルシアン様の執務室。
「実は、リゼット嬢が、犯人ではないかもしれないんです」
そう切り出すと、ルシアン様は、少し意外そうな顔をした。
「動物アレルギーがあって、毛のある生き物に触れると、蕁麻疹や咳が出るそうで。……あの死骸を、直接扱うのは難しいと思うんです」
「誰かにやらせた、という可能性は?」
「それも、考えたんですけど…」
少し、言葉を選びながら、そう続ける。
「リゼットさんの様子を見る限り、婚約者の存在自体、眼中にないみたいで。……そこまでして、排除しようとするとは、ちょっと考えにくくて」
「なるほど、な」
ルシアン様は、腕を組みながら、考え込むように頷いた。
「もう一度、アプローチされていた方々の周辺を、調べ直したいんです」
そう申し出ると、ルシアン様は、少し考え込むような顔をした。
「それなら、こっちで調べておくよ。エラリー嬢が、わざわざ動く必要はないから」
「でも、直接お話を伺わないと、分からないことも多いと思うんです」
食い下がるように、そう返すと、ルシアン様は困ったように眉を寄せた。
「……君が一人で動くのを見過ごすほど、俺も無責任ではないからな」
ルシアン様はそう付け加えると、諦めたように苦笑した。
「分かった。俺も一緒に行く。それなら、いいよ」
観念したように、そう続けた。
フェリシア様の応接間は、静かで品の良い調度品に囲まれていた。
「ガレス様のことで、少しお話を伺いたく」
ルシアン様が、丁寧にそう切り出す。
「ああ……あの方の」
フェリシア様は、小さく微笑んだ。思ったよりも、暗い表情ではなかった。
「最初の頃は、本当に素敵な方だったんです。話も面白くて、気遣いもできて」
懐かしむように、そう続けた。
「爵位は低くても、お顔立ちも整ってらして、笑顔がかわいかったりして――本当に素敵だなって。でも、ある時期から……なんというか、扱いが雑になっていって」
少し言葉を選ぶように、間を置く。
「お約束の時間に、平気で一時間以上遅れていらしたり。それでも、謝罪の一言もなくて」
苦笑いを浮かべながら、そう続けた。
「今にして思えば、あの頃、リゼットさんとの噂が出始めた時期と、重なるんですけど」
「それで、婚約を?」
「ええ。決定的だったのは、お茶会の場で、わたくしのことをまるで空気のように扱われたことでしょうか」
少し目を伏せて、そう言った。
「わたくしが声をかけても、生返事ばかりで。……もう、あからさまで――そこまでされてまで、婚姻を続けるメリットは、こちらにありませんもの」
きっぱりとした口調で、そう続けた。
「それで、お断りの手紙を?」
「ええ。家同士のことで済ませていただいて、その後は、一度もお会いしていません」
「他に、何か変わったことは?」
念のため、そう尋ねてみる。
「いいえ、特には」
フェリシア様は、少し首を傾げながら、そう答えた。
……アステール様の婚約者とは、違って被害というものはあまりないのね。
フェリシア様は目を優しげに細めた。
「正直に言うと……リゼット嬢には感謝しているくらいです」
フェリシア様は、少しおかしそうに笑った。
「本性が見えたのが、結婚する前で、本当に良かったと思っていますから……今は良いご縁もいただいていますし」
フェリシア様の屋敷を辞し、次に馬車が向かったのは、アステールの婚約者の実家だった。
バロウズ氏は、応接間に通されるなり、深いため息をついた。
「いやはや、大変な事件でしたな。……本当に、残念なことです」
「詳しい状況を、伺ってもよろしいでしょうか」
ルシアン様が、静かにそう切り出す。
「ええ、ええ。最初は、虫の死骸が大量に、箱の中に詰め込まれておりましてな。……気味の悪いことでした」
バロウズ氏は、思い出すように、そう語り始めた。
「次は、蛇の死骸が。一匹だけでしたが、随分と大きいものでして」
顔をしかめながら、そう続ける。
「そして、三度目に、鼠の死骸と一緒に、手紙が入っておりました」
肩の上で、フィンが、微かに顔をしかめたのが分かった。
……虫、蛇、鼠。
だんだんと、大きく、生々しいものに変わっていってる。
「『婚約を、考え直された方がいい』と、書かれておりまして」
バロウズ氏は、そう言うと、一度言葉を切った。
「それに……お相手が、公爵家のリゼット様だという噂も、耳にしておりましたので」
深く、ため息をついた。
「もし、あちらを本気で怒らせるようなことがあれば……娘一人の話では、済まなくなるかもしれない。そう思うと、恐ろしくて」
膝の上で、握った拳に、微かに力がこもっているのが見えた。
「アステール君も気の毒だったと思っております。あちらには、何の非もございませんでしたから」
深く頭を下げる、その仕草には、嘘はなさそうだった。
「公爵家が相手では、どうにもならないと、分かってはいるんです。……ですが、男として、もう少し、娘を守ってほしかった、という気持ちも、正直、あって」
膝の上で、拳を、握り直した。
その声には、割り切れない、複雑な響きがあった。
「よろしければ、娘さんからも、少しお話を伺えますか」
思い切って、そう切り出してみる。
「あ……それは」
バロウズ氏は、少し戸惑ったような顔をした。
「近頃、ようやく、部屋から出られるようになったところで……無理を、させたくないのですが」
「もちろん、負担にならない範囲で構いません」
「……分かりました。少しだけなら」
そう案内された部屋には、窓辺に座る、痩せた令嬢の姿があった。
「……お客様、ですか」
力のない声で、そう呟く。
「突然、申し訳ございません。エラリー・フォン・ベルナードと申します。少しだけ、お話を伺いたくて参りました」
丁寧に、そう名乗る。
「……そう、ですか」
令嬢は、小さく頷いた。
「体調は、いかがですか」
できるだけ、優しく尋ねてみる。
「少しずつ、良くなってきています……たぶん」
曖昧に、そう答えた。
「無理にとは、申し上げませんが……アステールさんとの、ご婚約破棄の経緯について、もし、お話しできる範囲で構いませんので」
「あの時のことは……まだ、うまく、お話しできる自信がなくて」
視線を落としたまま、そう続けた。
……無理に聞き出すことは、できそうにない。
「アステールさんのことは……」
そこまで言いかけて、令嬢は、ふと言葉を止めた。
目に、涙が浮かんでいた。
「情けない話です。……ただ、怖くて」
涙を堪えるように、目を伏せた。
「わたくしが、弱かったから」
それ以上、何も言えなかった。
小さく震える肩に、かける言葉が、見つからなかった。




