Episode22 揺らぐ容疑
リゼット嬢が退席した後、しばらくして、お母様が、ふと気になったように、オーレリア様に尋ねた。
「リゼットさん、動物がお苦手でいらっしゃるの?」
「ええ、昔からなの。毛のある動物に触れると、蕁麻疹が出て、咳も出てくるのよ」
オーレリア様は、興味なさそうに、そう答えた。
「まあ、それは大変でいらっしゃいますね」
「本当に、面倒なことだわ」
軽くそう零すと、オーレリア様は、また茶器の話題に戻っていった。
こういった場では、いつも笑みを崩さないお母様が、珍しく何とも言えない複雑な表情を浮かべていた
……動物アレルギー。
それなら、あの物騒な贈り物を直接扱うのは、難しいかしら。
それにしても、面倒なこと、か。
自分の娘の体質の話なのに、まるで他人事のような冷たい言い方だった。
「そういえば、アッシュフォード伯爵家とは、今もお付き合いされているんですの?」
お母様が私の話を覚えてくれたようで、世間話のついでのように尋ねてくれた。
「アッシュフォード家? ……ああ、亡くなった妹の、嫁ぎ先ね」
オーレリア様は、少し懐かしむような顔をした。
「もともと、あの子とそれほど仲が良かったわけでもなくて。あちらのご家族と夜会などで顔を合わせても、挨拶する程度かしら」
「そうなんですのね」
……お付き合いは、ほとんどない、か。
でも、リゼット嬢は、あのお屋敷に出入りしていたはず。
オーレリア様の口ぶりからすると、娘の行動を、把握していないみたい。
帰りの馬車の中、お母様が、ぽつりと呟いた。
「オーレリア様、いつも趣味のお話をする分には、感じの良い方なのだけれど……」
珍しい言い方だった。
「今日は、珍しくリゼットさんもいらしていたでしょう。……あんな状態なのに、一人で帰らせてしまうなんて」
小さくため息をつきながら、そう続けた。
……お母様が、そんな風に感じるなんて。
よっぽど、引っかかるものがあったのだろう。
数日後、ルシアン様に、これまでの経過を報告するため、騎士団の詰所を訪れた。
マリアを伴って、入り口へ向かおうとしたその時――
「クラウス様、お待ちしています!」
聞き覚えのある、甘い声が響いた。
見ると、詰所の入り口で、リゼット嬢が、クラウス様に詰め寄っているところだった。
「リゼット嬢、困ります。それに、婚約者もいますので、二人で出かけるようなことは……」
クラウス様が、困り果てた様子で、そう答える。
「あら、今ここにいないんだから、関係ないでしょう?」
リゼット嬢は、小首を傾げながら、にっこりと笑った。
……噂には聞いていたけど、本当に、ものすごい押しの強さだった。
肩の上で、フィンが、うんざりしたように呟いた。
「うわぁ……すごいね」
「同感」
まだ、問い詰めるには材料が足りない。
でも、このまま見過ごすわけにもいかない。
「リゼット様、お久しぶりです」
声をかけながら、さりげなく、間に割って入る。
「あら、エラリー様」
リゼット嬢が、こちらを振り向いた。
「せっかくですし、ちょっとあちらでお話ししませんか? クラウス様も、お仕事中でしょうし」
にこやかに、そう誘いかける。
「……そうですね、じゃあ」
意外と、あっさり、リゼット嬢はこちらの誘いに乗った。
クラウス様が、助かった、とでも言いたげな顔で、小さく頭を下げた。
少し離れた場所まで、リゼット嬢を連れて行く。
「実は、私の姉が、クラウス様の婚約者なんです」
「あら、そうなんですの」
さして興味もなさそうに、リゼット嬢は相槌を打った。
「もし、リゼットさんがこのまま……その、クラウス様に想いを寄せ続けたら、姉は、とても悲しむと思うんです」
できる限り、丁寧に、そう伝えてみる。
「でも、私とクラウス様のお話だから。エラリー様のお姉様には関係ないのでは?」
リゼット嬢は、不思議そうに、小首を傾げた。
……話が、全く噛み合わない。
説得しようにも、そもそもの前提が、まるで違うところに立っているみたいだった。
「話を逸らすようで恐縮ですけど、アッシュフォード家とは、よく行き来されているんですか?」
さりげなく、話題を変えてみる。
「ええ、ユリのところに、よく遊びに行きますの」
あっさりと、リゼット嬢は答えた。
「ユリ様というのは、どういった方なんですか?」
「私の従兄弟にあたるんだけど、昔から体が弱くて、あまり外にも出られない人で。だから、わたくしが、色々構ってあげてますの」
得意げに、そう続けた。
「本の虫で、なんでもよく知ってるから、話し相手にはちょうどいいんです」
「この間、よく眠れるハーブをいただいたのも、ユリのおかげなんです」
……引きこもりがちな人が、そんなものを、どうやって手に入れたのだろう。
「以前は、クラウス様の他の殿方に、熱心にアプローチされていたと伺いましたが……」
探るように、そう続けてみる。
「ああ、あの頃の人たちですか」
リゼット嬢は、まるで他人事のように、軽く笑った。
「あの時は真剣だったんですけど。――でも、違ったな、って」
「違った?」
「本当に運命の人って、たぶん、まだ出会ってないんだと思うんです。だから、今は、ゆっくり待ってますの」
うっとりとした顔で、そう告げた。
腰元の人形に、そっと視線を落とす。
「エリーゼも、探してくれてるんです。この人はどうかしら、って」
リゼット嬢は愛おしそうに人形の頭を撫でた
「……人形が、探すんですか?」
思わず、そう聞き返してしまう。
「ええ。わたくしより、ずっと、見る目がありますの」
当然のように、リゼット嬢はそう言い切った。
……つまり、今のクラウス様も、その「まだ出会ってない運命の人」候補の一人、ということ?
過去の男性たちへの執着は、もう、綺麗さっぱりないみたいだった。
てっきり、少しは話が通じたつもりでいたけれど。
……この人のこと、やっぱり、全然分からない。
「そういえば、アステールさんの婚約者様に、何か、贈り物をされたという話を伺ったのですが」
さりげなく、そう尋ねてみる。
「さあ……記憶にございませんわ」
リゼット嬢は、興味なさそうに、首を振った。
「わたくしとアステール様との間のことですから、その婚約者様?はわたくしに関係ありませんでしたもの」
あっさりとした返事だった。
……本当に、身に覚えがないみたいだった。
自分が言い寄っていた相手の、婚約者のことなど、まるで眼中になかったらしい。
リゼット嬢の考え方は、正直、普通とは、かなりずれている。
でも、この様子を見る限り――
アステールさんの婚約者の方やお姉様に死骸を送りつけたのは、リゼット嬢じゃないのかもしれない。
――だとしたら、あれを送りつけたのは、誰?




