Episode21 人形と偽物
そうして迎えた、お茶会当日。
マグダレーナ夫人から届いた招待状には、東方から取り寄せたという、珍しい茶葉と茶器のお披露目会だと記されていた。
会場に着くと、マグダレーナ夫人が、いつも通りの朗らかな様子で出迎えてくれた。
「皆様、よくいらしてくださったわ。今日は、とっておきの茶葉をご用意したの」
和やかな空気の中、参加者たちが次々と席に着いていく。
オーレリア公爵夫人と話せる機会を逃さないよう、それとなく近くの席にお母様を誘導した。
――でも、その隣に座っているのは、まさかの人物だった。
リゼット嬢……!?
まさか、本命が、向こうから現れるとは。
お母様は、リゼット嬢はこういう場にはほとんど顔を出さないと言っていたはず。
てっきり、オーレリア公爵夫人おひとりだと思っていたのに。
オーレリア公爵夫人の隣に、大人しく腰掛けている、ピンク色の長いツインテールの令嬢。
周囲の婦人たちの視線が、自然と彼女へ集まっている。
……あれが、リゼット嬢。
席が近くだったこともあり、軽く会釈を交わした。
「初めまして。エラリーと申します」
くるりとこちらを向いたリゼット嬢は、小首を傾げながら、上目遣いにこちらを見た。
「リゼットです。よろしくね」
まるで、精巧な人形のような、整った顔立ちだった。
でも、その仕草には、人形らしからぬ、あざとさが滲んでいる。
「リゼットって呼んでくださる? 堅苦しいの、苦手なんです」
甘えるような口調に、こちらが少し面食らう。
……これが、噂のご令嬢。
聞いていた通り、なかなかの人たらしぶりだった。
ふと、リゼット嬢のドレスの腰元に、小さな人形が留められているのに気づいた。
「あら、可愛い人形ですね」
「エリーゼといいます」
得意げに、リゼット嬢はそう答えた。
「一番の親友ですの」
……人形が、親友。
……そう、なんですね。
(ねえフィン、あの人形、何かおかしなところない?)
肩の上のフィンに、そっと目配せする。
フィンは、じっと人形を見つめると、あっさり言った。
「……うん。ただの人形だね」
(じゃあ、リゼット嬢自身は? 何か感じない? 匂いとか)
「動物じゃないんだから、鼻は利かないよ」
フィンが、呆れたように突っ込んだ。
「あら、いらしたわね」
マグダレーナ夫人が、和やかにそう声をかけた。
「ローウェン・ハーフォードでございます。本日は、東方の珍しい品々を、お持ちいたしました」
深々と一礼するその姿に、周りのご婦人方が、うっとりとした様子でざわめく。
前回同様、その場の空気を、すっかり魅了しているようだった。
肩の上で、フィンが、ふと呟いた。
「……別人だね」
「え?」
「顔も声も似せてるけど、前会ったローウェンとは、別人だよ」
(なんで、そう思うの?)
小声で、そっと尋ねてみる。
「前のローウェンには、あったんだよね。何て言うか……あの、独特な感じ」
「独特な感じ?」
「んー、うまく言えないんだけど……今の人には、それが無い」
曖昧な言い方だったけど、フィンの感覚は当てになる。
でも、確かめないわけにはいかない。
「ローウェンさんお久しぶりです」
さりげなく、声をかけてみる。
「こないだのブローチの件、やはり姉に聞いたら、すべて当たっていらっしゃいましたわ」
これは、本当の話だった。
「そういえば、フローラ様ともブローチのお話になったらしいですね。そちらは、どういったものだったんですか? とても可愛らしい代物でしたよね」
わざと事実と違う話を混ぜてみる。 本人なら、きっと訂正するはずだった。
本来なら、否定が返ってくるところだ。
「ええ、皆様に、喜んでいただけて何よりです」
男は、にこやかに、当たり障りなく、そう応じた。
……あれ。
訂正が、入らない。
「それより、こちらの茶葉も、ぜひ」
男は、そう言って、さりげなく話題を茶器の方へと逸らした。
ふと、男の目元だけが、笑っていないことに気づく。
(……知らないから、否定もできないのね)
男が顔を上げた拍子に、不意に視線が絡んだ。
――その瞬間、フィンに言われた言葉が脳裏をよぎる。
改めて意識して見てしまうと、違和感は隠しようもなかった。
……瞳の色。
ローウェンの瞳は、深い紫がかった色をしていたはずだ。
だが、目の前の男の瞳は、薄い灰色だった。
ほんのわずかな違い。 それなのに、別人だと告げるには十分な違和感だった
(……まさか、双子? いや、そんな話は聞かなかったけど……)
もし血の繋がった兄弟だとしたら、これほど精巧に化けることも可能なのだろうか。それとも、もっと悪趣味な『入れ替わり』が起きているのか。
どちらにせよ、目の前の男は私が知るローウェンではない。確信と同時に、背中にじわりと冷や汗が伝うのを感じた。
しばらく歓談が続いた後、給仕係が、お披露目の茶器を運んできた。
その扉が開いた隙をついて、するりと、猫が入り込んできた。
そのまま、テーブルの近くまで、のんびりと歩いてくる。
「ひっ……」
リゼット嬢が、猫に気づいた瞬間、とっさに、ハンカチで口元を押さえた。
その顔が、みるみる強張っていく。
「あら、ごめんなさいね」
マグダレーナ夫人が、微笑みながら、そう声をかけた。
「最近、猫を飼い始めたの。この子ったら、いつの間にか入り込んじゃって」
そう言って、猫を抱き上げようとする。
「リゼット、先に帰りなさい」
オーレリア夫人が、静かにそう告げた。
「え、でも……」
「あなた、動物は苦手でしょう。醜い湿疹でも出たら、わたくしも見たくないもの」
それだけ言うと、オーレリア様はまた、他のご婦人方との会話に戻っていった。
リゼット嬢は、ハンカチを口元に当てたまま、少し戸惑ったような顔をしたが、結局、そのまま大人しく席を立った。
……なんだか、随分と事務的な言い方だった。
心配してる、というより、面倒事を片付けるみたいな。




