Episode1 証拠、掃除されました
「エラリーお嬢様、そのように床に這いつくばるのはお止めください」
マリアの声が頭上から降ってくる。
私は無視した。
今は絨毯の繊維に集中している。
「足跡が、あるはずなんだよね……」
「足跡」
「そう。犯人は必ずここを通ったはずで、絨毯なら微妙に繊維の向きが——」
「お嬢様」
「なに」
「絨毯は今朝メイドが掃除しました」
私は顔を上げた。
マリアが申し訳なさそうに、でも少し呆れた顔で立っていた。
「……証拠隠滅じゃん」
「掃除です」
事の発端は今朝のことだった。
先月のオークションでお父様がお母様のために落札した首飾りが、飾り棚からなくなっていた。
数日後、お母様が招かれているお茶会で披露するつもりだったものだ。
オークションは匿名で行われたから、この首飾りが我が家にあることを知る者は、まだ屋敷の中にしかいない。
つまり、盗んだのは身内の誰か——ということになる。
でも、そんなことをする人がいるとは思えなかった。
お父様はお母様にべた惚れで、自分の贈った首飾りを盗むなんて発想は、もはや脳の構造からしてありえない。お母様に至っては、自分への贈り物をわざわざ自分で隠すなんて、壮大なドッキリでも仕掛けるつもりかという話だ。お姉様のセレナは宝飾品でシャンデリアを作れそうなほど持っている完璧な令嬢だし、弟のカイルに至っては、十四歳にして聖人君子のような正義感を振りかざす素直な子だ。
……そう、我が家の人間は、誰も盗みなんて働かない。
セバスチャンはお父様が子供の頃からこの屋敷を取り仕切る執事で、岩のように動じない人だし、ルーシーの作るシチューは天下一品で、馬丁のトムは馬の気持ちがわかる妙な特技を持っている。メイドのカーラもサラもココも、二、三年来の仲で、他愛ない会話を楽しめる気心の知れた間柄だ。
マリアは——まあ、今も私の背後で「お嬢様、またですか?」と盛大にため息をついていて、幼馴染というか、もはや私の「保護者兼ツッコミ役」と化している。
……まあ、そんなわけで。
誰も盗んでいない。そう思いたい。
けれど、探偵(自称)の血が騒いでしまう。
紛失でも、置き忘れでもない。これは紛れもなく「事件」だ。
今まで首を突っ込んだ謎といえば、庭に現れたミステリーサークル、夜中にこっそり消えた高級カナッペ、開かずの間の謎……
どれも探偵の腕を振るうにはあまりに脱力感あふれるものばかりだった。
ようやく来た。私の推理が炸裂する、最高に刺激的な舞台が。
「先入観は厳禁よ、エラリー……」
「え? なんですか?」
「独り言。……今は脳内の霧を晴らしているの」
マリアが「そうですか」と、極めて事務的な返事で頷いた。




