Episode15 疑惑の恋人
お茶会の翌日、私はセレナお姉様の部屋を訪ねた。
返事の代わりに、小さなため息が聞こえた。
「お姉様、ブローチ、お借りしたもの、お返しに来ました」
「……ああ、エラリー」
扉を開けたセレナお姉様は、いつもの朗らかさが、どこか薄れているように見えた。
「どうぞ、入って」
促されるまま部屋に入る。
机の上には、書きかけの手紙が一枚。
でも、その先は、白紙のままだった。
「あの、お姉様。このブローチ、お茶会でローウェンさんという方に見ていただいて、産地とか由来とか、色々教えてくださったんです」
「ローウェンさん……ああ、あの宝飾商の」
セレナお姉様は、力なくそう呟いた。
いつもなら、こういう話にはすぐ食いつくはずなのに。
「あの方なら、詳しいでしょうね。きっと」
「それで、当たっていたか、伺いたくて」
「そう、ね……」
「お姉様?」
「ん、なあに」
「なんだか、元気がないような……お茶会に行く前は、あんなにお元気だったのに」
「そう、見える?」
セレナお姉様は、力なく微笑んだ。
いつもの、余裕たっぷりな笑い方とは、違っていた。
「実は、ね」
言いかけて、また口を噤む。
「何かあったんですか?」
私が尋ねると、セレナお姉様はふいと目を伏せた。
指先が、机の上の白い便箋をぎゅっと握りしめている。
……お姉様がこんな風に言葉を濁す時、そしてこんなにも不安げな表情をする時。
考えられる理由は一つしかない。
「…クラウス様ですか?」
その一言で、堰を切ったように、涙が溢れ出した。
肩の上で、フィンが、小さく呟いた。
「ありゃりゃ、泣いちゃったね」
「しっ!静かに」
小声で叱りつつも、内心では、私も同じことを思っていた。
「エラリー、聞いて……!」
セレナお姉様は、私の手を取ると、震える声で話し始めた。
「昨日、行儀見習いの帰りに、馬車の窓から、街を歩いているクラウス様を見かけたの」
「はい」
「一人じゃ、なかったのよ。……若い女性と、二人で。とても親しげに、お話しされていて」
声が、震えていた。
「その方、クラウス様の腕に、ご自分から腕を絡めていて……ねえ、ソフィも見たでしょう?」
「……はい。わたくしも、確かに」
傍らのソフィが、痛ましそうに目を伏せながら、小さく頷いた。
「最近、なんだか様子がおかしいと思っていたの。会う頻度も減っていたし、聞いても、はぐらかされてばかりで……最近お忙しいだけなんだと、そう思っていたのに……」
ぽろぽろと、涙がこぼれ落ちる。
「わたくし、もしかして……クラウス様は他に、好きな方ができてしまったんじゃないかって……」
「お姉様……」
「怖くて、直接は聞けなくて。でも、考え出したら、止まらなくて……」
すすり泣くセレナお姉様の背を、そっと撫でる。
ソフィが手慣れた手つきで冷たい水とハンカチを差し出した
……あの、お姉様にベタ惚れのクラウス様が?
正直、にわかには信じがたかった。
でも、浮気かどうかは、確かめてみないと。
「お姉様、大丈夫です。わたくしが、それとなく調べてみますから」
セレナお姉様は、それだけ小さく頷くと、また俯いてしまった。
もう、言葉にする気力も、残っていないようだった。
ソフィが、痛ましそうな顔で、セレナお姉様を見つめている。
……お姉様、こんなに、参ってしまって。
——それにしても。
浮気だろうと、そうじゃなかろうと。
こんなに泣かせて……クラウス様め。
絶対に許さないんだから。
肩の上で、フィンが、ため息をついた。
「はいはい、探偵さんの出番だね」




