Episode12 収集家のお茶会
首飾り紛失の騒動から、数日が経ったある日の朝。
「そういえば、お母様。今度の首飾り、お茶会に持っていくんでしたよね」
エラリーはさり気なく切り出してみた。
「ええ、そうよ」
お母様は、ふふっと笑った。
「毎回、楽しみにしているのよ」
「私も、ご一緒していいですか?」
「エラリーが?」
お母様が、少し驚いた顔をした。
それから、嬉しそうに目を細める。
「あなたも、ようやくジュエリーに興味が出てきたのね」
「え、あ……うん、まあ」
肩の上で、フィンがこっそり呟いた。
「本当は、ジュエリーなんてどうでもいいくせに」
「……御名答」
私も、負けじと小声で返す。
「家のジュエリーは、一通り調べたけど、変な気配がするのは、あの首飾りだけだったでしょ?」
「うん、そうだね」
「でも、こんなに人が集まる場所なら、同じような気配のもの、他にもあるかもしれない。今日は、そっちが本命」
「ふうん。なるほどね」
「エラリー?」
お母様が、不思議そうにコソコソ話す私を見ていた。
「さっきから、独り言が多いけれど……大丈夫?」
「あ、な、なんでもない!」
「そう?」
お母様は、少し首をかしげてから、思い出したように言った。
「そういえば、あなた、身につけていくものは決めているの?」
「え、いつも着けてるやつで大丈夫かなって」
「あら、だめよ」
お母様が、くすっと笑う。
「今回のお茶会は収集家の方々ばかりだから、ちょっと珍しいものを持っていった方がいいわ。……セレナに借りたらどう?クラウス様からの贈り物で、珍しい品もいくつか持っているはずよ」
「そうする」
「ふふ、楽しみが増えたわね」
そんなわけで、私はセレナお姉様の部屋を訪ねて、ブローチを一つ借りることにした。
「あら、珍しい。エラリーがおしゃれに興味を持つなんて」
「マグダレーナ婦人のお茶会にお母様と行くことになったから、見劣りしない、珍しいのが欲しくて」
「ああ、あそこね」
セレナお姉様は、納得したように頷くと、宝石箱をごそごそと漁り始めた。
「それなら、ちゃんとしたのを選ばないと。あそこの方々、目が肥えてらっしゃるから」
「これは、この間の夜会で着けたし……これも、もう何度か見せたことあるし……」
ぶつぶつ言いながら、いくつか手に取っては戻す。
「あ、これ。これはまだ、誰にも見せたことないと思うわ」
差し出されたのは、小さな花の意匠のブローチだった。
「クラウス様が、旅先で見つけてくださったものなの」
「これ、借りていいの?」
「もちろん。せっかくだもの、珍しいものの方がいいでしょう?
クラウス様からのものは、他にもたくさんあるの。だから、心配しないで。……でも失くしたら、承知しないから」
セレナお姉様は、そう言いながらにっこり笑った。
「そういえばエラリーはマグダレーナ婦人のお茶会は初めてでしょう?」
「うん」
「そもそも、あなたがお茶会に顔を出すこと自体、珍しいものね」
セレナお姉様が、くすっと笑った。
「いつもは口実をつけて、断ってばかりなのに」
「そ、それは……」
「あの方は素敵な方だけど……うちは爵位が爵位だから、少し当たりが強い方もいらっしゃるの。気をつけてね」
「当たりが強い?」
「まあ、行けばわかるわ」
セレナお姉様は、それ以上は言わずに、意味深に笑った。
胸元で揺れる、小さな花の意匠のブローチ。
……これで、多少は様になっているはずだ。
会場に着くと、マグダレーナ侯爵夫人自らが出迎えてくれた。
華やかな装いに、朗らかな笑顔。話しかけられただけで、こちらまで自然と笑顔になってしまうような、そんな空気をまとっていた。
「エヴェリン様、来てくださって嬉しいわ。さあ、こちらへどうぞ」
「マグダレーナ様こそ、お変わりなく」
お母様も、いつもよりくだけた調子で微笑み返す。
「この間の話、まだ続きがあるのよ。後でゆっくり聞いてくださる?」
「もちろんですわ」
テレサが、そっと手土産をお母様に手渡す。
「本日は、お招きいただきありがとうございます」
お母様がそれを差し出すと、侯爵夫人は嬉しそうに受け取った。
「まあ、ご丁寧に。ありがとう」
それから、マグダレーナ夫人の目が私の方に向いた。
「あなたが、エラリー嬢ね?」
「は、はい。お招きいただき、ありがとうございます」
「ようやくお会いできたわね」
マグダレーナ夫人は、私の胸元にちらりと目をやった。
「素敵なブローチね。よくお似合いだわ」
「あ、ありがとうございます」
案内された席に着くと、お母様は、他のご婦人方のところへ、順に挨拶に向かった。
私も、その後ろについて歩く。
「ベルナード子爵夫人、ご機嫌よう」
声をかけてきたのは、ひときわ華やかな装いの婦人だった。
「ローゼンダール侯爵夫人。ご機嫌よう」
「今日の首飾り、また新しいものかしら?見ないものね」
ローゼンダール侯爵夫人は、片方の口角だけを、少し持ち上げるように笑った。
「ええ、主人が見つけてきたものですの」
「まあ、そう。……子爵家にしては、ずいぶん熱心に集めていらっしゃること」
にっこりと、社交的な笑みは崩さないまま。
でも、その言葉には、明らかに棘があった。
――これが、セレナお姉様の言っていた「当たりが強い方」なのかもしれない。
そう思いながら、私は、ただ黙って様子を見ていた。
でも、お母様は気にした様子もなく、にこやかに微笑んでいる。
「ふふ、主人には困ったものですわ。おかげさまで、良いものばかり見つけてもらえますの」
「あら、仲がよろしいこと」
ローゼンダール侯爵夫人は、それだけ言うと、興味を失ったように視線を逸らした。
しばらく歓談が続いたあと、マグダレーナ夫人がふと思い出したように言った。
「そういえば、皆さん、今日はどんな品をお持ちくださったの?ぜひ見せていただきたいわ」
その一言で、近くにいたご婦人方が、次々と持参の品を差し出し始めた。
「わたくしは、こちらを」
「まあ、素敵ね」
「私は、こちらの指輪を」
「あら、珍しい色合いだこと」
マグダレーナ夫人は、一人ひとりに丁寧に相槌を打ちながら、順番に見ていく。
そうして、ぐるりと一周するように視線が巡ってきて、やがてお母様のところで止まった。
「エヴェリン様は、やっぱりその首飾りね。先ほどから、ずっと気になっていたのよ」
「まあ、お目に留めていただけて光栄ですわ」
「この石の色、燃えるようなオレンジで……それに、この大きく広げた翼の細工。羽根の一枚一枚まで、本当に見事だこと。まるで、火の鳥が舞い降りたようだわ」
「恐れ入ります」
「あなたのお目利きは、いつも本物ですもの」
そんな会話を、周りのご婦人方が、少し複雑そうな顔で眺めていた。
なんとなく、その視線が気になった。
それから、しばらくの間。
ご婦人方は、それぞれの持参品を見せ合っては、目を輝かせていた。
「この石の色合い、本当に珍しいですわね」
「こちらの細工、どこの職人がなさったの?」
華やかな声が、あちこちで飛び交う。
正直、私にはさっぱりだった。
石の色も、細工の違いも、言われてみればそうかも、くらいにしか分からない。
周りを見渡すと、令嬢たちの反応も様々だった。
熱心に身を乗り出して聞き入っている子もいれば、扇で口元を隠しながら、明らかに気もそぞろな顔をしている子もいる。
「あの、失礼ですけど……私、カルストン伯爵家のフローラと申します」
隣に座っていた令嬢が、遠慮がちに声をかけてきた。
「あ、どうも、ベルナード子爵家のエラリーと申します。」
「エラリー様は、今日、初めていらしたんですか?」
「あ、はい。母について来ました」
「でしたら……この後の、お楽しみのことご存知ないかもしれませんね」
彼女は、少し声をひそめて、意味深に微笑んだ。
「お楽しみ、ですか?」
「ふふ、後のお楽しみです」
それだけ言うと、彼女は扇で口元を隠しながら、そわそわと入り口の方に目をやった。
……お楽しみって、何だろう。
肩の上のフィンに、こっそり呟く。
「気になる……!」
「そう?」
フィンは、興味なさそうに欠伸をした。
――でも、何も起きないまま、時間だけが過ぎていった。
紅茶を一口飲む。もう三杯目だった。
隣のフローラと、時々目が合っては、お互い苦笑いを浮かべた。
出されたお菓子も、一通り味見した。
これ以上、何をすればいいのか分からなくなってきた。
「ねえ、フィン。何か、変わった気配とかしない?」
「うーん……今のところは、特に」
フィンは、会場をぐるりと見渡しながら言った。
「そう」
……早く、何か事件でも起きないかしら。
我ながら、物騒なことを考えている自覚はあった。
そのとき、隣のフローラが、ふいに背筋を伸ばした。
「あ……!」
扇を握る手に、力がこもる。
さっきまでの、気だるげな様子が嘘のようだった。
「フローラ様?」
「来ましたわ、エラリー様。……あれが、今日のお楽しみです」
彼女の視線の先、入り口の方に、私も釣られて目を向ける。




