Episode10 答え合わせは、お茶会で
数日後の午後。
お母様の部屋で、お茶会が開かれた。
私とお母様、そしてセレナお姉様の、三人だ。
「それで、首飾りはカイルが持ち出していた、と」
セレナお姉様が、優雅にカップを傾けながら言った。
「うん」
「まあ……あの子らしいわね。困っている人を、放っておけないんだから」
「そういうところは、お父様似ね」
お母様が、ふふっと笑った。
「ちょっと夢中になりすぎるところがあるのよね。
エラリーもだけど」
「それ、褒めてます?」
「もちろん。お父様も、そうやって事業を大きくなさったのよ」
「それで、カイルはどうなったんですか?」
「お父様にこっぴどく叱られたわ。当分、ひとりでの外出も、書斎に出入りするのも禁止ですって。レオも、カイルを止められなかったお咎めで、セバスチャンのもとで再教育だそうよ」
「そっか……」
セバスチャンの再教育かあ。
レオ、しばらく大変かもしれない。でも、あの有能なセバスチャンに鍛えられたら、レオもきっと立派な従者になるんだろう。
「困っている人を助けたい気持ちは、立派よ。でもね」
お母様の声が、少しだけ真面目になった。
「特定の家にだけ、それも周りに気づかれるようなやり方で肩入れするのは、いけないわ。貴族がそういうことをすれば、いらぬ噂も立つし、結局、その子のためにもならないの」
「……はい」
「その場しのぎで食べ物を届けるのは、本当の意味で助けたことにはならない。きちんと先を見越して、手を打たなければ。——お父様も、そうおっしゃっていたわ」
「……はい」
耳が痛い。
人のことは言えない。私だって、確かめもせずに先走って、無実のセバスチャンを犯人だと決めつけたばかりだ。
「それにね、エラリー。実を言うと——お父様は、ずっと前から気づいていらしたの」
「え?」
「カイルが、街の女の子に入れ込んでいることに」
私は、目を見開いた。
「だから先日、セバスチャンを使いにやったのよ。セバスチャンの古い知り合いに、リイナさんへ良い縁談がないか、話を通してもらうために」
「縁談……」
「気心の知れた、信頼できる相手からのご紹介だそうよ。リイナさんにとっても、悪くないお話。
そうすれば——もう、余計な心配もいらないでしょう」
「借金のほうは……?」
「それもね、救済所が間に入ってくれるそうよ」
お母様が、ゆっくりとお茶を注いだ。
「セバスチャンに、間を取り持ってもらったの。あの人、顔が広いから」
お母様は、ティーカップを持ち上げて、ゆっくりと一口飲んだ。
「借用証を調べさせたところ、古い契約のまま利率が据え置かれていたそうよ。今の基準に照らせば、正しい額とは言えなかったの。契約どおりの金額に改めたら、返済額は半分以下になるんじゃないかって」
「半分以下……」
それなら、リイナのお母さんの稼ぎでも、無理なく返していけるのではないだろうか。
カイルが必死に食材を運ばなくても、もう大丈夫なのだ。
もう、余計な心配もいらない。
さっきのお母様の言葉の意味が、ようやく腑に落ちた。
リイナは、新しい人生を歩めるかもしれない。
少なくとも、もうカイルだけが支えではなくなる。
「リイナさんも、これで落ち着けるのね」
セレナお姉様が、そっと目を伏せた。
「カイルには、少し酷かもしれないけれど……これが、いちばんいいのでしょうね」
その横顔には、心配と優しさが入り混じった色が浮かんでいた。
「この件は、家の中だけのことにしておきましょうね」
お母様が、少し声を落とした。
「身内が持ち出したなんて、表沙汰にすることでもないもの。カイルも反省しているし、これ以上、騒ぎ立てる必要はないわ」
「……はい」
「それにしても」
お母様が、ふと思い出したように笑った。
「あなた、セバスチャンを犯人だと指さしたんですって?」
「……うっ」
「まさか帰ってきて早々、あなたに犯人呼ばわりされるとは、セバスチャンも思っていなかったでしょうね」
「その話を聞いたとき、わたくし、お茶を吹き出しそうになったわ」
セレナお姉様が、こらえきれないように口元を押さえた。
「よりにもよって、あのセバスチャンを犯人だなんて……ふふ」
優雅に笑っているけれど、肩が小さく震えている。
完璧な令嬢の笑いのツボは、よくわからない。
「あれはご愛敬よ」
お母様が、ふふっと笑った。
「あなたが、調べて首飾りを見つけてくれたのは、本当のことですもの。よくやってくれたわ、エラリー」
窓の外では、フィンがひなたぼっこをしていた。
私にしか見えない居候は、のんびりと羽を伸ばしている。
大人たちは、私が思うよりずっと先を歩いていた。
セバスチャンの件では、盛大に空回りした。
それでも——カイルとちゃんと向き合って、自分の口で謝らせることができたのは、間違っていなかったと思う。




