Episode9 告白、それから
カイルは、ずっと俯いていた。
「カイル。リイナさんのこと、少し調べた」
肩が、びくっと跳ねた。
「……エラ姉様が?」
「うん。荷車の事故で、弟さんを助けたんだってね。食材も、届けてたんでしょう」
カイルは、何も言わない。
耳が、赤かった。
「困ってる人を放っておけないのは、カイルのいいところだと思う」
「……エラ姉様」
「でも」
私は、少し声を落とした。
「……お母様の首飾りのことなんだけど」
カイルの肩が、びくっと跳ねた。
「……っ」
「カイル?」
カイルは、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「……ごめんなさい」
絞り出すような声だった。
「リイナの家、本当に大変なんだ。お母さんが一人で、弟たちを育ててて。お父さんの残した借金もあって……」
「うん」
「俺の数か月分のお小遣いがあれば、すぐ返せる額なんだ。でも、そのお小遣いは、セバスチャンに管理してもらってるし、自由に使えないし……せめて食べるものだけでもって、厨房から内緒で持ち出してた。それでも返済は追いつかなくって、つい、お母様の首飾りを……」
「でも、鍵がかかってたでしょう」
「……お父様のお手伝いをするふりして、鍵を持ち出したんだ。夕餉の後、少しだけ書斎にいさせてもらって……その隙に」
カイルは、ぐすっと洟をすすった。
「でも、いざ持ち出したら、怖くなって。収納ケースに隠そうとしたんだ。そうしたら——首飾りが、急に光って」
「光った?」
思わず、聞き返していた。
ただの宝石が、光る。
普通なら、あり得ないことだ。
肩の上で、フィンがぴくりと反応したのがわかった。
「うん。箱の隙間から、光が漏れて……こんなの、絶対に隠せないって。誰かに見つかるって、頭が真っ白になって」
とっさに、外に飛び出していた。
このまま部屋にあったら、誰かが気づく。そう思ったら、居ても立ってもいられなかった。
気づけば、庭に出ていた。
どこに隠せばいいかなんて、考える余裕もなかった。
土を掘って、押し込んで。それだけで、精一杯だった。
私は、フィンの言葉を思い出していた。
——変な気配がする。
あの首飾りは、ただの装飾品じゃない。
「それで、とりあえず庭に埋めたんだ。すぐ売ろうとしても、俺がやったらバレるし……どうしたらいいか、考える時間がほしくて。土で汚れた服は、咄嗟に古着の箱に押し込んで……」
「うん」
「ずっと、どうしようって……でも、言い出せなくて」
カイルの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「……盗むつもりじゃ、なかったんだ。ちょっとだけ借りて、後で返せばいいって、最初はそう思ってた」
その言葉はあまりに子供っぽくて、思わずため息が漏れそうになった。
――借りる?
首飾りを?
勝手に?
……いや、それは借りるじゃなくて盗むなのよ。
喉まで出かかった言葉を、私はぐっと飲み込んだ。
今ここで彼を叱りつけても、何も解決しない。私だって、数年前なら同じように愚かなことを考えていたかもしれない。
正直、途中まで信じたくなかった。
証拠を積み上げるたびに、頭のどこかで「まさか」と思っていた。
でも今、目の前で泣いているのは、間違いなく私の弟だった。
推理が当たった、という高揚感より先に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる感覚があった。
私は、カイルの頭にぽんと手を置いた。
「気持ちはわかった。でもね、やり方を間違えると、助けたい人まで困らせちゃうことがあるの」
「……うん」
私は、机の上の首飾りを、カイルの手にそっと握らせた。
「これは——あなたが自分で、お母様に返しなさい。ちゃんと自分の口で、全部説明して」
カイルは、首飾りを見つめて、こくりと頷いた。
「……わかった。ごめんなさい、エラ姉様」
肩の上で、フィンが小さく呟いた。
「へえ、素直じゃん」
それだけ言うと、また静かになった。
*
その夜、私は少し離れた場所から、カイルの後ろ姿を見ていた。
お母様の部屋の前で、カイルが深呼吸をするのが見えた。
しばらく立ち尽くしてから、意を決したように扉をノックする。
「お母様……少し、お話が」
扉が開き、カイルが中へと消えていった。
私は、それ以上近づかなかった。
ここから先は、カイルとお母様の話だ。
しばらくそこに立って、閉じた扉を眺めていた。
*
翌朝。
昨夜は、久しぶりにぐっすり眠れた気がする。
徹夜明けの疲れが、今頃になってどっと抜けたのかもしれない。
食卓でカイルと顔を合わせた。
その目が、少し腫れていた。
カイルは私と目が合うと、ばつが悪そうに、それでも小さく頭を下げてきた。
私も、小さく頷き返す。
それだけで、十分だった。
肩の上で、フィンがぼそっと言った。
「事件、解決だね」
「うん」
「探偵としては、どう?満足した?」
少し考えて、答えた。
「……微妙」
すっきりしない後味だった。
謎は解けた。
犯人もわかった。
でも、前世で憧れていた「事件解決」は、こんなに苦い味だっただろうか。
ゆうべのカイルの泣き顔が、まだ頭から離れなかった。
正義感だけで動いたつもりだったけど、少しだけ、謎への欲求が勝っていた瞬間もあった気がする。
それが悪いことだとは思わない。でも、全部が綺麗な気持ちだったとも、言い切れなかった。
私は自分の指先を見つめて、小さく息を吐いた。
「エラリー、なんだか難しい顔してるわね」
セレナお姉様の声に、はっと顔を上げた。
「なんでもない」
「そう?朝ごはん、冷めちゃうわよ」
いつも通りの、朝の食卓だった。
その普通さに、少しだけ、ほっとした。




