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未定義のエラーに、子守歌を。  作者: 秋乃 よなが


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第六話 [浸食]――コード:レッド


 次のコロニーの場所まで近づいてきたテオたち。テオの首筋にうっすらと残っている指のあとを見ながら、レナは彼の後ろを歩いていた。


 指に食い込んだ、やわらかな肌の感触が消えない。レナがぎゅっと拳を握ったときだった。


「――おい、あれを見ろ」


 テオの声にはっと顔を上げる。するとコロニーのある辺りから、黒煙が上がっていることに気づいた。


「マスター。あれは……」

戦闘人形(ドール)の襲撃に遭ったか……行くぞ」


 躊躇いなく突き進むテオの足。黒煙に近づくと、無残にも破壊されたコロニーへの入口があった。


 そしてその前で、今まさに戦闘人形が無感情に兵士を仕留める。舞った血しぶきの中、戦闘人形の視線がこちらを向く。黒髪に紅色の瞳。その顔は、レナとまったく同じ顔をしていた。


「なぜR-09型が目標と一緒に行動している」


 その戦闘人形――R-10がゆっくりと立ち上がる。その瞳は、何の感情も宿っていなかった。


「マスター。私には、彼女のデータがありません」

「……お前のあとに作られた戦闘人形ということか」


 レナの言葉にR-10が反応を見せる。そして何かに納得したように、目標を定めるように目を細めた。


「排除目標をマスターと呼んでいるのか。――そうか。お前はもう壊れてしまったのだな」

「っ、マスター! 逃げてください!」


 次の瞬間、突風が吹き抜けて、テオの目の前でレナがR-10の拳を受け止めていた。


「なぜ目標を守る。人間(それ)は、私たちにとって燃料に過ぎない」

「違います。マスターは私を起こしてくださいました」

「だからなんだと言うのだ。やはりお前は欠陥品だな」


 R-10がレナの手を振り払う。その反動を生かして放たれた回し蹴りを、レナは腕で受け止める。あまりの衝撃に、腕の関節が嫌な音を立てて軋んだ。


 間髪入れずに、R-10の拳がレナの頬をかすめる。火花が散り、滑らかな人工皮膚が裂けた。


「そうまでして守ってどうする? その個体の残存寿命は、あとわずかだぞ」


 R-10の言葉に、すべての音が止まった気がした。レナの動きが一瞬止まる。その隙をついて重い蹴りがレナの腹部を捉え、彼女の身体は瓦礫の山へと叩きつけられた。


腕がもげ、腹部の装甲が割れる。内部の回路が剥き出しになったことよりも、テオに包帯を巻いてもらった左腕が吹き飛んだことに、レナは衝撃を覚えた。


「――くっ、」


 何発かの銃声のあと、テオから漏れた苦しみの声が届く。瓦礫の中から上体を起こせば、R-10がテオの首を掴み、持ち上げていた。


「マスター!」


 目の前の光景に、レナの視界が真っ赤に染まる。そのとき、無機質な声が響いた。


《リミッター解除。コード:レッド。殺戮モードに移行します》


レナの内部から、耳をつんざくような金属の悲鳴が上がった。


 瓦礫の中から身体を起こし、地面に四つん這いになるレナ。身体から、高熱の煙が立ちのぼる。一瞬でR-10に飛びついたレナは、その上半身にしがみつき、片腕で首を掴むと――そのまま千切った。


 首が転がる。レナの重さで、身体が地面に叩きつけられる。レナは一拍遅れて、容赦なくR-10の残った腕を握り潰した。


「―――、」


 尻もちをついたテオはただ、目の前の獣じみた暴力を眺めていることしかできなかった。そしてその暴力に、かつて家族を奪った戦闘人形の面影を見る。あのとき植え付けられた圧倒的な恐怖を前に、身体が震え出すのを止められなかった。


 R-10の内部回路のコードが千切れ、火花を散らす。硬いものがひしゃげる音とともに、オイルが血しぶきのように飛び散る。やがてR-10が完全に沈黙したが、限界まで力を出したレナも思うように動けなくなっていた。


「――マス、ター」


 レナの紅色の瞳に、感情が戻る。テオは震える身体を叱咤し、ゆっくりと立ち上がる。そして弾け飛んだR-10のコアを回収すると、近づくほどに流れる冷や汗を無視して、それを持ってレナに近づいた。


「……いやです、マスター。それを埋めてしまえば、私は、私でなくなるかもしれません」

「……そうなれば、ようやくお前は私を殺すのだな」

「マスター……!」


 テオは迷いのない手つきでR-10のコアを押し当て、レナのそれに埋め込む。そして同時に、エネルギーも譲渡した。


 今までとは比にならないほどの強い波で熱が広がる。嫌だと思う気持ちもむなしく、レナは夢の中へと引きずり込まれた。


 ――今度の夢は、テオとレナが出会ってからの日々だった。


 不自由な脚でついてこようとするレナを、時折肩越しに振り返って確認するテオ。少しずつ人間らしい表情をするようになったレナに戸惑う感情。いつの間にか、このままレナと旅をしたいという気持ちが芽生え始めていることに怯える感情。


 それは、テオがレナに抱いていた感情、そのものだった。


《コアに巨大なエネルギーを確認。戦闘人形R-09型を再起動します》


 キュイィィとコアが音を立てて、輝きを失っていく。一時的にスリープモードにつくレナを見ながら、テオは苦しそうに目をきつく閉じた。


「――早く、私を殺してくれ……」


 テオの願いは、レナには届かない。


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