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未定義のエラーに、子守歌を。  作者: 秋乃 よなが


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第七話 [完成]――二人の旅


《戦闘人形R-09型、起動》


 システム音声とともにレナは目覚める。いつもよりクリアな視界。瞳のレンズを絞れば、高い空の上で鳥が羽ばたいているのが見えた。


《システム再構成完了》


 上体を起こす。身体が軽く感じられ、いつもより滑らかに動いた。


「おはようございます、マスター」

「……ああ」


 変わらず自分を『マスター』と呼ぶレナに、テオは安堵したような残念がったような、目を細めて彼女を見ただけだった。


 テオがゆっくりとした動きで立ち上がる。歩き出した歩幅も小さく、背中は丸まっていた。


「……お前を生んだ国までもう少しだ。行くぞ」


 出会った頃と比べて足取りが緩慢になったテオのあとを、レナは追う。


 会話はない。レナはただ、今にも崩れ落ちそうなほど頼りない目の前の背中が心配だった。


 そして今は廃墟となった国に辿り着いたとき、ついにテオがどさりと膝をついた。


「マスター、大丈夫ですか?」


 レナが慌ててテオの身体を支える。テオに、その手を振り払う素振りはなかった。


「少し、疲れたな……」


 そう呟くテオの顔を覗き込んだレナは、絶句した。


 テオの薄い緑色の瞳は濁って、落ち窪んでいる。赤茶色の髪には目に見えて白いものが増えていた。


「マスター……」


 レナは労わるようにテオの手を取る。その手は、老人のようにやせ細っていた。反対に自分の手はエネルギーに満ち溢れ光り輝いている。レナは、自分が修復するたびにテオが枯れていることに気づき、激しい恐怖を覚えた。


「私のせいですか……! マスター! もう私にエネルギーを入れないでください!」

「……だめだ。私はお前を、完成させる……」


 濁ったテオの瞳に、狂気にも似た鋭い煌めきが走る。身体が枯れているとは思えないほど、その煌めきは力強かった。


「マスター! だめです!」

「……命令だ。私を、戦闘人形(ドール)の研究所へ、連れていけ」

「っ、」


 命令と言われれば逆らえない。レナはテオに肩を貸し、引きずるようにして研究所跡地を目指した。


 テオの身体は驚くほど軽い。もう自力では歩けないほど、テオは弱っていた。


《非戦闘モード、解除》


 研究所が近づくにつれて、唐突にシステム音声が告げた。ぐわん、とレナの頭が揺れる。


 ――敵を殺せ。殺すな。殺せ。殺すな。


 レナの脳内で、プログラムと心がせめぎ合う。レナはぎゅっと目を閉じて、プログラムの言葉をやり過ごそうとした。


「……ああ。少し眠りたい、な」


 テオの言葉に、レナの心が優位に立つ。レナは辺りを見渡して休めそうな場所を見つけると、そこにテオを誘導した。


「マスター。私がおそばにおります。安心してお眠りください」

「私の国を滅ぼした人形に、安心など、していられるか……」


 テオの声はか細い。少し動くのも辛そうに、荒い息を吐く。レナは自分の膝の上にテオの頭を置いて、やさしくその髪を撫でた。


「………」


 テオの手が、レナの手をぎゅっと握る。レナはその頼りない温度に、胸が締め付けられた。


「あの子守歌を歌ってさしあげますね」


 テオの夢で見た、母の子守歌。レナの美しい歌声が響けば、テオは眉間のシワを少し緩めて、そっと目を閉じた。


 レナは歌う。近づく終わりを予感しながら。


「……私を、連れていってくれ……」


 ごく短い間だけ眠ったテオは、目覚めると同時にそう言った。


「かしこまりました、マスター」


 レナはテオを抱きかかえ、さらに奥へと進む。やがて研究所跡地に着くと、もう二度と開きそうにないと思えるほど頑丈な扉が、自動で開いた。


《戦闘人形R-09型を検知。研究所への入室を許可します》


廊下の奥で、古いモニターが一つだけ点灯していた。誰もいないはずの施設の奥で、機械の低い駆動音が続いている。壊れたはずの研究所は、まだ完全には死んでいなかった。それが分かったテオは、ぎこちなく笑みを作った。


 研究所跡地に入ったレナは、テオを近くの椅子に座らせる。そのとき、メインコンソールがレナを検知した。


《戦闘人形R-09型。必須プログラムのエラーを確認。戦闘プログラムを再インストールします》


「いや……っ、マスター!」


 レナが助けを求めるようにテオへ手を伸ばす。しかし手は届かず、レナの紅色の瞳から光が消え、プログラムコードが走った。


《戦闘プログラム、インストール中。――20%》


「やめて……っ。マスター! 私を壊してください!」


 レナは自分の頭を抱え、身をよじる。テオは彼女の悲鳴を黙って聞きながら、その様子を見つめていた。彼の上下する胸は、ただ苦しそうだった。


《戦闘プログラム、インストール中。――50%》


「っ、私の頭の中に入ってこないで……!!」


《戦闘プログラム、インストール中。――80%》


 その瞬間、レナの右手が動き、テオの喉元を切り裂こうとした。しかしレナはもう片方の手でそれを押さえ込み、自らの指をへし折った。


「マスター! 逃げてください!」


 レナの必死な言葉とは反対に、テオは衰弱しきった身体を床に這わせながら、彼女に近づく。


「……逃げるな。私を殺すのが、お前の……私たちの、旅の終わりだろう?」


 《戦闘プログラム、100%。インストール完了》


「う、あ……っ」


 レナの意識が『R-09』に上書きされる。テオは満足そうに目を閉じ、その瞬間を待った。


 振り上げられるレナの手。――ガシャッ。


 テオは目を開ける。レナの手は、自分の胸にあるコアへと突き立てられていた。


「お前……っ、なにを……!」


 テオは手を伸ばして、レナの足を掴む。


「どうして死なせてくれないんだ……!?」


 レナが微笑む。そして目線をテオに合わせるように、しゃがみこんだ。


「……マスター。私は、あなたの……『レナ』として死にます」


 驚きに目を見開くテオ。紡ぐ言葉を失い、その顔が歪む。


 レナが手を抜くと、コアが砕けた。そして彼女の身体はゆっくりと床へ倒れていった。


「マス、ター。最後、に、子守歌は、いかが、ですか……?」


 途切れ途切れの母の子守歌。やがてそれも音を失くし、レナは完全に沈黙した。


「ああ……っ、なんで、どうして……っ」


 静まり返った研究所。テオはレナの残骸を抱きしめる。泣き叫ぶことすらできない。その体力ももう、テオには残されていなかった。


「――レナ、」


 テオはそっと、徐々に熱を失っていく金属に頬を寄せる。


「卑怯だぞ。私を一人に、するな……」


 テオの耳に、レナのやさしい歌声がどこからか聴こえてくる。その柔らかな声にたゆたうように、テオは目を閉じる。


 風の音も聞こえない静寂の中、二人は寄り添うように眠っていた。


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