第四話 [共鳴]――未定義のエラー
コロニーから離れた林の奥。テオとR-09は茂みに隠れるように、地面の上に座っていた。
テオは鞄から包帯を取り出す。
「左腕を出せ」
テオの指示通りに差し出されたR-09の腕は、R-05との戦いで装甲の一部がはがれ、コードがむき出しになっていた。
「………」
テオがおもむろに包帯を巻く。R-09はテオの顔を眺めながら、不思議そうに首を小さく傾げた。
「包帯は、不要です」
「うるさい。だまっていろ」
「どうして、マスターが、痛そうな顔を、するのですか?」
「そんな顔はしていない」
「眉を少し、吊り上げて、目を細めて、いらっしゃい、ます」
「やめろ、観察するな」
手際よくR-09の腕に包帯が巻かれていく。その間もずっと、彼女はテオの顔を見つめ続けていた。
「……私を殺すまで、お前は傷ついてはいけない」
ぽつり。包帯を止めたあと、テオが呟いた。
「はい、マスター」
「……本当に分かっているのかどうか……」
「マスターに、その顔は、似合い、ません。林檎を、食べれば、直ります、か?」
「林檎……? なんでお前がそれを知って……」
テオは思わずR-09を見る。紅色の瞳に、驚いた顔の自分が映り込んだ。
「……あんなものは、もうこの世界には存在しないだろう。お前たちが焼き尽くしたんだ」
皮肉げにテオが笑う。その表情を、R-09はじっと見ていた。
「マスター、は、もっと、明るく笑って、いました」
「は?」
「私は、マスターの記憶、を、見ています」
「一体いつ……そうか、エネルギーを渡しているときか」
余計なことを知られたという顔で、テオが舌打ちをする。R-09は、夢で見る幼い少年を思い出しながら目の前の少年を見た。
あれから多くの苦労があったのだろう。髪に少し白いものが混じっている。目の下にはクマができて、目元には少年らしからぬ浅いシワが見える。瞳の色も少し暗くくすんでいて、どこか疲れた雰囲気を漂わせていた。
「記憶を見られるのは嫌だが仕方ない……。おい。R-05との戦闘で消費しただろう。コアを見せろ」
テオのかさついた手が触れ、エネルギーの譲渡が行われる。温かな波に包まれながら、R-09はそっと目を閉じた。
『これは……』
R-09を見たとき、コンクリートを持ち上げるテオの指が止まった。滑らかな白い肌に、顔に影を落とすほどの長いまつげ。大切にしたい、でも壊したいと矛盾した気持ちを抱いてしまうほど、眠っているR-09はテオの心を掻き立てた。
『……くそ、』
一瞬でも仇に見惚れてしまった自分に嫌悪するテオ。次いで湧き上がったのは、激しい憎しみだった。腹の底からうずまく負の感情。まるで自分のことのように感じられるその感情に、R-09は胸に違和感を覚える。
――これは……何かのエラーでしょうか。
テオが銃を構える。狙いを定めて引き金を引こうとしたとき、全身に溢れ出しそうなほど満ちていた憎しみが急速に冷えていった。
『……いや、待て。これが動けば、私はようやく死ねる、のか……?』
それは蠱惑的で、恐ろしいほどテオの心を穏やかにした。そんな彼の感情に、R-09は胸のコアがすっと冷えた気がした。そして思った。
――マスターが消えてしまう。それは、いやだ。
『……私の命をくれてやる。だから、私を殺せ』
テオの身体からエネルギーが抜けていく。R-09はその倦怠感を感じながら、自分の『心』が動くのを感じた。
――マスターを守りたい。絶対に、手にかけてはいけない。
強くそう感じたとき、夢は覚めた。
「マス、ター」
「これでしばらくは動けるだろ」
エネルギーの譲渡で疲れたのか、テオが小さく息を吐く。R-09はその様子をしばらく眺めたあと、そっと視線を左腕の包帯へと移した。――包帯を巻かれた腕が温かい気がする。
戦闘人形に感情があるかもしれないと言えば、きっとテオは困惑するだろう。けれど、この胸に湧き上がる正体不明な違和感を、感情と呼ぶ以外にR-09は適切な言葉を知らない。
「マスター。私が、お守り、します」
「……なんだ急に」
「私は、マスターの、おそば、に」
孤独なテオのそばにいたい。そう思った。その理由は、分からない。
R-09はこの気持ちが少しでもテオに伝わればいいと、紅色の瞳に彼を映し続けた。
《コアに異常な熱量を検知。未定義のエラー:解析不能。未定義のエラー:解析不能》




