第三話 [排除]――戦闘人形R-05型
生い茂る木々の中に、突如として現れた金属の扉。鳥の鳴き声と動物の気配に満ちた林の中で、その入口だけが明らかな異物だった。
「……おい、これを着ろ」
テオは外套を脱ぎ、それをR-09に渡す。彼女が袖に手を通すと、テオはフードを深くかぶらせた。
「中では姿を見せるな」
「かしこまり、ました」
テオは入口に近づき、インターホンを押す。少しの間が空いて、低い声が帰ってきた。
『……何者だ』
「旅人だ。少し休ませてくれ」
入口に設置されたカメラが、テオとR-09の姿を捉える。検視するように見られたあと、しばらくして、重い音を立てて扉が開いた。
地下へと続く階段を下りる。中は薄暗く、足元がよく見えない。R-09の脚が直っていてよかったと、テオはふと思った。
そして、そんなことを考えてしまった自分に激しい嫌悪感が湧き上がる。相手は痛みを感じない兵器だ。脚が壊れていようと、彼女たちは突き進むはずだ。
「……ちっ」
テオは思わず舌打ちをした。一瞬でも情けをかけようとした思考を振り払うかのように、進む足を速める。階段の先にあったエレベーターで、さらに地下へと潜った。
降りた先は、まるで太陽が差しているかのように明るかった。高い天井には巨大な換気ファンが回り、照明が町を照らしている。活気があるとは言えないが、人々の往来がある。道の左右には露店が開かれ、そこには小さな町があった。
「マスター。ここは、どこ、ですか」
「コロニーだ」
テオは短く答えると、近くにあった廃材屋を覗いた。修復に使えそうなパーツを探す。R-09はその間、町を眺めていた。
満面の笑みとはいかないが、行き交う人々の表情には安心感が滲んでいる。少なくてもここにいれば外敵から守られているという感情が、彼らにはあるのだろう。R-09は、再起動してから初めて見る多くの人間たちを、じっと見つめていた。
手を繋いで歩く親子、忙しなく歩いていく男、品物を眺めている女。テオの記憶で見る世界とは違う人間の営みが、そこにはあった。
「これをもらおう」
テオの声に、R-09は視線を向ける。テオは対価として、一冊の分厚い本を渡していた。
「なんだあ、これは? 本か?」
「……もうどこにも存在しない国の話だ。歴史を知るのに、多少の価値はあるだろう?」
「うーん、正直微妙なところだが……好事家には売れるかもしれねぇなぁ」
歴史書と引き換えに、パーツを受け取る。そしてテオはR-09に目で合図すると、町の路地へと入り込んだ。
R-09の背中を開き、パーツを交換する。感覚はないはずなのに、R-09にはその手がやけに冷たく感じられた。
「こっちを向け」
コアにテオの手が当てられる。そこから温かな波が広がると同時に、R-09は目を閉じた。
――家族を殺され、守るべき民も蹂躙され、テオは一人で逃げていた。
遠く離れた背後には、黒煙に包まれ瓦礫の山となってしまった国。テオは涙を堪え、歯を食いしばり、ただ前へと走っていく。
『ぼくだけ、生きのこってしまった……』
こんなことになるなら、家族と一緒に死にたかった。国を守って死にたかった。なのに、惨めにも生き残ってしまった。これからどこへ行けばいいというのか。どこへ行っても、戦闘人形の脅威からは逃れられないというのに。
『おとうさま、おかあさま……っ』
故郷を焼いた戦闘人形が憎い。すべてを焼いた戦闘人形が憎い。このまま死んでしまいたい。けれどこのままでは死ねない。いっそ楽になりたい。けれど楽になってはいけない。自分はこの国の王子だ。みんなの仇を取る必要がある。
『――誰か、ぼくを殺して』
テオの瞳から大粒の涙が一つ零れる。そのとき、耳をつんざくようなサイレンの音が響いて、R-09は強制的に目を覚ました。
「戦闘人形だ! 全員、配置につけ!」
町の兵士らしい人間たちが、入口の方へ駆けていく。テオはR-09の姿を隠すように立ちはだかりながら、彼らの動きを背中越しに視線で追った。
どうやら外に戦闘人形が現れたらしい。状況を察したテオが、入口に向かって走り出した。
「マスター、危険、です」
「うるさい」
先ほどまでの平穏な空気は消え去り、人々は怯えた顔で建物の中へと避難する。入口に向かう兵士たちの波に紛れるテオの背を、R-09は追った。
入口の外では、激しい銃撃の中を舞うように飛び回る戦闘人形がいた。一人、また一人と兵士が倒れていく。
「マスター。あれは、R-05型、です」
「古い型の戦闘人形か」
そのとき、R-05の視線がテオを捉える。R-09より幼い外見をしていた。
鈍い金属が響いた。地面を蹴ってテオに飛び掛かるR-05をR-09が防いでいた。
「マスターを、傷つけることは、許しま、せん」
《外部からの攻撃を確認。個体保護プロトコルを有効化します。――防衛機能、起動》
R-05が距離を取り、再び飛び掛かってくる。R-09はテオを守るように防御に徹していた。
「今だ! 今のうちに総攻撃をしかけろ!」
R-05の攻撃がR-09に集中している隙に、兵士たちが銃を乱射する。銃弾はR-05の装甲に穴を空け、コードを貫き、確実に損傷を与えていた。
襲い掛かるR-05の両腕を、R-09が捉える。その背後で、テオは銃を構えていた。
「――伏せろ」
R-09が伏せる。フードが脱げ、紅色の瞳が露わになる。テオはしっかりと狙いを定めて、R-05のコアを銃で打ち抜いた。
コアに銃撃を受けたR-05は吹き飛び、地面へと倒れ込む。撃ち抜かれてもなお動こうと手足でもがくR-05だったが、やがて沈黙した。
「ここにも戦闘人形がいるぞ! こいつが呼び寄せたんだ!」
R-05との戦闘で興奮している兵士たちが次に目をつけたのは、R-09だった。
「壊せ! 壊せぇ!」
「あの男! 人間の癖に戦闘人形と一緒にいたぞ!」
「裏切り者だ!!」
銃口をテオたちに向ける兵士たち。引き金が引かれる前に、R-09はテオの手を引っ張って走り出していた。
「逃がすな!」
「追え!」
「……ああ、せっかくの死ねる機会だったのに」
テオはそう呟くも、その脚はR-09に引っ張られるように駆け出していた。
二人は林の中を駆けていく。人間に追われながら、二人きりの旅へと戻っていく。




