第二話 [接触]――廃材漁り
テオは何もない砂地を歩く。その後ろを遅れて、R-09がぎこちない歩行で続いていた。
ギシ、ギシと、歩くたびにR-09の関節が軋む音がする。耳に届くその音だけが、テオに彼女の存在を知らしめていた。
そのとき、ブゥゥンと低い音が近づいてきた。視界に見える、砂煙。テオは銃を構えた。
現れたのは、大きな三輪バイクにまたがった男だった。男はテオの目の前に停まると、大きなゴーグルを上げて目を合わせた。
「こんなところに人間がいるなんて珍しいな」
「……お前は?」
「俺はスカベンジャー。まあ廃材漁りだな」
相手が人間と分かり、テオは銃を下ろす。そしてスカベンジャーの視線がテオからR-09へと移ったときだった。
「っ、戦闘人形!?」
スカベンジャーは背負っていた大きな銃をR-09に向けて構える。しかしR-09は何もせず、ただ不思議そうにスカベンジャーの銃を見ていた。
「……なんだ? 襲ってこない? お、おい、お前……なんで戦闘人形なんか連れて歩いてるんだよ」
スカベンジャーはまだ銃を下ろさない。いつでも引き金を引けるように、視線をR-09に向けたままテオに尋ねた。
「訳ありだ。今は戦えない」
「はあ? だとしてもこんな物騒なもん連れて歩くなよ……」
ようやく銃を下ろすスカベンジャー。しかし、いつでも撃てるように手には持ったままだった。
「なあ。お前、廃材漁りだっていうなら、これの修復パーツを持ってないか?」
テオの言葉にスカベンジャーはぎょっとしたように目を見開いた。
「正気かお前? こんなもんさっさと壊しちまえよ。この戦闘人形のパーツ、俺が高く買ってやるぜ?」
「……壊すつもりはない。これにはまだ、やってもらうことがある」
「気でも狂ってんのか? 直した瞬間、こいつに殺されるのがオチだぞ」
「………」
頑なにR-09を直そうとするテオに、スカベンジャーは諦めたように大きな溜め息をついた。
「パーツはあるのかないのか、どっちだ」
「……仕方ねえ。これもビジネスか」
三輪バイクから降りるスカベンジャー。そして後輪に積んである荷物を探りながら、視線をR-09に向けた。
「おい、お前の型番はなんだ?」
「私、は、R-09型、です」
「R-09な。その脚くらいなら直せそうなパーツがあるぜ」
スカベンジャーが引っ張り出したのは、自動人形の脚の残骸だった。
「戦闘人形の脚じゃねえが、その脚よりはマシだろ」
「……支払いはこれでいいか」
テオは指につけていた指輪を外し、スカベンジャーへと差し出した。
「お? 指輪か? どれどれ――っておい、お前、まさかあの国の……」
指輪を見て驚くスカベンジャー。その指輪には、とある国の紋章である大獅子と剣が描かれていた。
「こんな大事なもん……いいのか?」
「いい。もう、価値はない」
テオはスカベンジャーからパーツを受け取る。そしてR-09をその場に座らせ、何も言わずに壊れている脚を乱暴に外した。その手つきは、淡々としていた。
コードを繋ぎ直し、パーツをはめる。ガチッとパーツ同士がはまる音がして、R-09の視界が一瞬揺れた。
そしてテオはR-09のコアに手を当てる。それを見たスカベンジャーが、また目をむいた。
「お前、エネルギーまで渡してんのか!?」
コアが熱を帯びる。テオの中にあるエネルギーと呼ぶものが吸われていくのを感じる。R-09は温かい波が身体に広がっていくのを感じながら、静かに目を閉じた。そして――夢を見る。
たった一体の戦闘人形に蹂躙される城内。騎士たちが成す術もなく、彼女の圧倒的な暴力の前に倒れていく。
『テオ! お母様を連れて逃げるんだ! 早く!』
次々に倒れていく騎士たちのうしろで、父が叫んだ。その顔には子どもの目で見ても分かるほどの焦りが滲んでいた。
『お、おかあさま! はやく!』
テオは妹の一人の手を引き、もう片方の手で母の手を引く。母の反対の手には、もう一人の妹の手が繋がっていた。
走るテオの背後で、金属がぶつかり合う音が響く。父が気になり、テオは振り返った。その瞬間、戦闘人形の手が父の胸を貫いた。
『お、おとうさま!!』
テオは思わず立ち止まって叫ぶ。そのとき、母と手を繋いでいた妹が転んだ。
『だめ! 早く立って!』
母の焦った声が聞こえる。父の身体を薙ぎ払った戦闘人形が、こちらへとその紅色の視線を向ける。転んだ妹が立ち上がるのと、戦闘人形が地面を蹴ったのは、ほぼ同時だった。
『危ない!!』
母の必死な声が響いた。妹をかばった母の身体ごと、戦闘人形の手が二人を貫いていた。目の前で血しぶきが舞う。テオは一瞬、何が起きたか理解できなかった。
『に、にげなきゃ……!』
『いやあ! おかあさまー!!』
妹の手を強く引く。しかし握っていたその小さな手は離れて、妹は母たちの方へ駆け寄ってしまった。
『だめだ! もどって――』
言い終わるよりも早く、妹の首が転がった。目が合ったその顔は、恐怖が歪んでいた。
――キュイィィと、コアが小さく音を立てる。R-09はゆっくりとまぶたを上げ、こちらを覗き込んでいるテオを見た。
「……これ、は、マスターの、記憶……?」
「何か言ったか?」
R-09は記憶の中より成長したテオの顔を見て、何かを言いかけて、止まった。
「――いいえ。なんでも、ありま、せん」
R-09はゆっくりと立ち上がる。その場で足踏みをし、歩行機能に異常がないかを確かめた。
「これで、ちゃんと歩け、ます。感謝、いたします、マスター」
「……そうか」
そんなテオとR-09のやりとりを見ていたスカベンジャーは、気味の悪そうな顔をしていた。
「……戦闘人形を飼いならそうとするなんて、お前やっぱりおかしいよ」
「……そうかもな」
「くれぐれも他の人間を殺さないように気をつけろよ。お前のせいで人間が死ぬなんて、俺は見たくないからな」
そう忠告を言い残し、スカベンジャーは三輪バイクへとまたがる。そして砂煙を上げながら、テオたちのもとから去って行った。
「マスター。これから、どこへ、向かいます、か」
「……お前を造った国に行こうと思う。そこでなら、お前を完全に修復できるはずだ」
――かつての大戦の中、すべてを滅ぼす原因となった国へ。
テオは再び歩き出す。軋まなくなったR-09の姿を確認するため、時折振り返りながら。




