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未定義のエラーに、子守歌を。  作者: 秋乃 よなが


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第一話 [起動]――戦闘人形R-09型


 風が吹き抜ける。砂が流され、舞っていく。砂に埋もれた建物は傾き、朽ち、削れていく。誰もいない廃れた建物群の中を縫うように、テオは歩いていた。


砂が入らぬよう外套を深くかぶり、俯きながら歩く。吹き抜ける風が、赤茶色の髪を激しく揺らす。光を宿さない薄い緑の瞳はどこか遠くを見つめ、テオはただ前だけを向いて歩き続けていた。


 いくつもの瓦礫の山を通り過ぎた先、崩れたコンクリートの山の中に人間の脚のようなものが見えた。


 テオは目を伏せる。こういう遺体はいくらでも見てきた。誰かに見つけられることもなく、誰かに弔われることもなく、ただ、土に還るだけ。


 せめて自分が弔おうと、テオはその遺体に近づいた。擦り切れた指先に力を入れて、小さなコンクリートの塊を退けていく。できた隙間から覗き込めば、そこに倒れていたのは自分とさほど歳の変わらなさそうな――少女の姿をした戦闘人形(ドール)だった。


「――はっ、」


 テオの口から乾いた笑いが零れる。人間を、国を、すべてを壊した存在が今、目の前にいる。自分から何もかもを奪った仇が、無残に壊れて倒れている。皮肉な出会いに、笑わずにはいられなかった。


 テオは腰に下げていた銃を構える。戦闘人形はまるで眠っているかのように、その黒髪を広げて沈黙していた。狙いは胸元にあるコアだ。そこが戦闘人形の動力源だ。


 狙いを定めて引き金を引こうとした、まさにそのとき。一つの考えがテオの脳裏をよぎった。


「……いや、待て。これが動けば、私はようやく死ねる、のか……?」


 戦うには死にたい気持ちが強く、自死を選ぶには背負っているものが大きすぎる。このまま仇に自分さえも蹂躙されてしまうのも悪くないと、彼は思った。


 戦闘人形の脚を引っ張り、コンクリートの山の中から引きずり出す。そして胸元を引き裂き、露わになったコアを眺めた。


 それはまるで人間の血を吸ったかのように赤い。自分の顔が映り込むほど透き通ったコアに、テオは手のひらを当てて触れた。


「……私の命をくれてやる。だから、私を殺せ」


 テオの手のひらの体温に呼応するように、コアが熱を帯び始める。急激に疲労を感じる身体に歯を食いしばりながら、テオはコアに自らのエネルギーを注ぎ続けた。


 ぴくり。戦闘人形のまぶたが一瞬動く。コアに流れ込んだエネルギーが、戦闘人形の深層に触れる。


そのとき彼女は――夢を見た。


 強く頼りがいのある父と、美しくやさしい母。幼い双子の妹が笑い合っている。


『おにいさまー』


 妹の一人がポスっと抱き着いてくる。彼女を受け止めたテオの手は、まだまだ小さかった。


『テオ、あなたの好きな林檎でパイを焼いたのよ。好きなだけ食べなさい』

『ありがとうございます、おかあさま!』


 妹と三人でパイを頬張る。甘くてほんのり酸っぱい味が、口に広がった。


 ――しかしそれは、ある日突如として終わりを迎えた。


 燃え盛る城下、悲鳴を上げる大人たちに、泣き叫ぶ子どもたち。やがてその声も聞こえなくなって――崩れた瓦礫の上に立つ、赤く染まった一体の戦闘人形。彼女の紅色の瞳と視線が合った瞬間、戦闘人形の夢は終わった。


《……戦闘人形……R-09型……起動……》


 ノイズ混じりの音声が、眠っていた戦闘人形から響く。テオは無感動にそれを聞いていた。


《システム……再構成……完了。現在、非戦闘モード》


 戦闘人形のまぶたがゆっくりと持ち上がる。その奥から、紅の美しい瞳が覗いた。彼女は、身体を軋ませながら上体を起こす。そしてその紅色の瞳に、テオを映した。


「おはよう、ございます、マスター」


 その紅色の瞳は、兵器とは思えないほど静かだった。あどけなさとノイズの混じる音で、R-09は言葉を紡ぐ。それにテオは不愉快そうに眉尻を吊り上げた。


「……私はマスターなどではない。お前が倒すべき者だ」


 テオの言葉を反芻するように、R-09はまばたきをする。


「……戦闘、プログラム、故障。修復が必要、です」

「――はっ。私は仇である戦闘人形に殺されることもできないのか。滑稽だな」


 テオは立ち上がり、その場をあとにしようとする。するとR-09もまた歪んだ身体をぎこちなく動かしながら立ち上がり、彼のあとを追おうとした。


 大きな歩幅で先を歩いていくテオに、ねじ曲がった脚でついて行こうとするR-09。


「……ついてくるな」

「私は、マスター、の、おそばに」

「私はお前のマスターではない」


 それでもなお、キチ、キチと、砂にまみれた関節を鳴らしながら、彼女はテオを追いかける。


 諦める気のない気配に溜め息をつき、テオは歩みを止めて振り返った。


「――なあ。どうすればお前は、私を殺してくれるんだ?」

「ころす……?」


《戦闘プログラム、起動エラー》


「……そうか。お前を直せば、私は死ねるのか」


《戦闘プログラム・シーケンスに致命的な欠落を検知。再起動には修復を要します》


 テオの瞳に仄暗い色が宿った。


「……ついてこい。私がお前を直してみせる」

「はい、マスター」


 テオの歩幅か先ほどよりも小さくなる。脚を引きずるようにして歩くR-09は、幾分か彼に近づくことができた。


 そして二人の旅は始まる。それは、仇を修理するための旅だった。自分を殺してもらうための、歪な旅。


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