【096.ハイタニ師父】
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翌日。
スエツグの定期連絡の時間に、彼の声が頭に聞こえてきた。
仕事を中断し、仮想空間の書庫に入る。
「先生」
スエツグが待っていた。
「うん。どうやら以心伝心の術は私ともつなげられるようだね」
「はい。ハイタニ師父がお話を伺うそうです」
「わかった」
ハイタニ師父は、スエツグの説明によると、各国にいる視察員の取りまとめ役なのだそうだ。
目の前、3mほど先にひとりの男性が現れた。
剃髪した細身の男性。
年齢は、40代だろうか。
身長は、160cm少し。
〈マニ教〉の一礼をしてくれる。
「初めまして。〈マニ教〉教徒の師父、ハイタニと申します」
「パオロ・モーガンです。スエツグくんを使ってしまって申し訳ない」
彼が頭を上げた。
「いいえ。モーガン先生のお仕事に関しては、こちらも把握しておりましたが、どのようにされておられるのかは存じませんでしたので、ちょうどよかった、とこちらでも話していました」
「おや、私の話を?」
「はい。モーガン先生はご存知ではないようですが、〈スベルト王国〉内で諜報活動している人間のあいだでは、有名人なのですよ、先生は」そう言って、微笑む。
「諜報員に?」
「あなたが、〈スベルト王国〉に多大な知識をもたらした、と。各国ともあなたを得たいと暗躍もしているのです」
「先日、〈ラクロア王国〉に拉致されましたよ」
「存じております。あなたの情報をラクロア王にお伝えしたのは、私どもですので」
「おや、そうでしたか。しかし、拉致には失敗しました。ご存知ですね?」
「はい。ラクロア王から。〈ラクロア王国〉でも〈スベルト王国〉同様、“知識は宝”と考えております。それゆえに他国に奪われる前に、あなたを確保しようとしたのです」
「なるほど。では、ラクロア王は、あなたがたの秘術全般について、すべてご存知なのですね?」
「いいえ。ご存知なのは、以心伝心の術だけです。それだけでもラクロア王にとっては大きな力でした」
「もしかして、彼が外洋に出ても国内が安定してるのは」
「はい。以心伝心の術での指示をなされているのです」
「なるほど。そういうことでしたか」
「それでモーガン先生のお話というのは?」
「ああ、そうでした。スエツグくんの知識を取り出して使用する許可をお願いしようと思っていたのです。何しろ、そのほとんどは、そちらの知識なわけですから」
「その件でしたら、すでに彼にも伝えてあったのですが。もちろん、使っていただいてかまいません」
「よかった。彼を信用しないわけではないのですがね。師父のかたと直接、話をしておこうと思っていたのです」
「なるほど。マツダの知識は、教徒であれば、閲覧可能なものばかりのはずです。悪用できるようなものは一切ありません。そうそう、ミタニ師父から得た料理のこともご自由にどうぞ。ミタニ師父は、楽しんでおりますので。最近の彼は、そちらの材料での料理を考えることがうれしくて、本来の仕事が滞ってしまいがちなのですよ」と笑う。
「それは……。大丈夫なので?」
「心配する必要はございません。彼の仕事は、時間に追われるような類いのものではありませんので」
「そうですか。なら安心ですね。彼の料理が楽しみで、こちらも仕事に身が入ります」
「ミタニ師父にそう伝えておきましょう。喜びますよ」
「そうしてください」オレは、話題を変えることにした。「ところで」
「はい」
「各国に派遣している視察員の消息は、あなたが管理されているのですよね?」
「はい」すぐにこちらの質問を察したようだ。「ですが、彼らが、どうしているかは申せません」
「もちろん、それなりの手を打ってあるとは思うのですが。ですが、北半球にはさまざまな危険がとなり合わせです」
彼がうなずく。
「それは、南半球でも同じです。彼らは、確かに苦労をさせられています。ですが、必要な援助はマツダ同様に行なっております」
「そう言えば」とスエツグを見た。「いつこちらに来たのか、訊いてなかったね」
「はい。こちらの秋に」
「では、そのあいだの食料は?」
「こちらで得られれば、と考えていたのですが。食べられるものがわからなかったので、ハイタニ師父にお願いして、送ってもらっていました」
「どんなものだね?」
彼が両の手のひらを上に向けて、お椀を作った。
その中にひとつの豆のような球体。
直径1cmほどだ。
見たことがあった。
「これは、君の荷物にあったものだね。薬か何かかと」
「“修行丸”というものです。さまざまなものを練って丸めたもので、保存食でもあります」
「なるほど」
「要請があれば」とハイタニ師父。「なんでも送ります。物を送る術があることは、ご存知ですね?」
「はい。彼をこちらに送り込んだ術だと」
「そうです。“物送りの術”とこちらでは呼んでおります。このことは、あまり人には話して欲しくはないのですが」
「そうだろうと思いました。こちらのかたがたには、スエツグくんは船でやってきたのだ、と言ってあります」
「おお、ありがとうございます」
「いえ。それに誰も信じてはくれません。そのような術が存在していると言っても」
彼は、納得して、目を見開いた。
「そういうことでしたか」
「ええ。しかし、彼が“腐肉食い”、そちらでは”腐り病”でしたね。それにかかったときにその物送りの術で薬を送っていれば、ここまで酷い状態にはならなかったのでは?」
スエツグの左腕を指差す。
「はい。じつは、マツダがそのことを報告していなかったのです。そのため、こちらから薬を送る必要がないと」
スエツグを見る。
彼は、真っ赤になっていた。
「そのとおりです。薬草を探して歩きまわったのですが、なくて。傷口を洗浄するしかなかったのですが、洗浄が足らなかったのでしょう。その毒にやられ、意識朦朧となってしまい、倒れ、先生に保護されたんです。おかげで助かりました」
「つまり、君自身の思慮のいたらなさが招いた結果だったのだね」
「はい、そのとおりです」
ハイタニ師父に向きなおる。
「現在は」とハイタニ師父。「すべての者に薬を送ってあります。最初から与えておくべきでした」
「そうですね。なら派遣された人々のことは心配するほどでもないようだ」
「はい」
「わかりました。私からは以上ですが、何かございますかな?」
「マツダのことをお願いいたします。また、何かございましたらいつでもどうぞ」
「いつでも? 彼には条件付けがなされているのでは?」
「はい。マツダには、別の条件も付加いたしました。“モーガン先生の要請に応える”という条件です」
「それは、ありがたい。では、いつでもそちらとつないでもらえますね」
「はい」
「ありがとうございます」
「いえ。では、これで失礼いたします」
彼は一礼して、消えた。
「スエツグくん、そのときは頼むよ」
「はい、先生」
仕事に戻ると、マリーンがオレを見つめていた。
「眠っていたんですか?」
「ちょっと思索をな。さて、続けようか」
「はい」
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