【093.“絶対味覚”】
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3日間、彼の病室にかよった。
そのあいだに王室では彼を公式に〈マニ教国〉の視察員と認め、彼の便宜を図ることになった。
もちろん、代わりに彼の知識の取り出しを行なうことを了承してもらった上でだ。
彼が退院した。
左腕はパックが施された状態で、首から吊り下げられていた。
パックの下では、細胞組織が活発に再生を行なっている。
充分に再生が済めば、あとはリハビリを行なうことになる。
彼の居室は、城内に用意された。
王国の客人なのだから当然だ。
「こんなに広い部屋を?」と驚くスエツグ。
ひとり部屋としては、ふつうのワンルームサイズだ。
「君はいままでどんな部屋にいたんだね?」
「みんなと同じ部屋に。物心ついたときから」
「では、生まれてすぐに〈マニ教〉教徒になったと?」
「ええ。親たちは、子どもたちを安全に生活させてくれる寺院に預けるんです。民家では子どもには危険が多すぎるので」
「危険? 捕食獣がいるのかね?」
「ええ。小さいのですが、彼らは子どもを好んで食べようとするんです」
「なるほど。それで寺院に預けているのか」
「そうです」
「とにかく、ここが君の部屋になる。何かあったら電話を……使い方はわかるかね?」
「いいえ。デンワってなんですか?」
「君たちでいけば、以心伝心の術だね。それを機械でやってるんだ」
「機械でできるんですか。すごいですね」
とにかく、使い方を教える。
「あとで、フェイスを用意してもらおう。持ち運びできる電話のことだ」
「持ち運ばないとダメなんですね」
「そういうことだね」
「以心伝心の術の方がいいですね」
「あはは。そう言えば、以心伝心の術は、覚えたのかい?」
「あれは、誰でもできる術です。でも私たちは条件付けされています」
「条件付け?」
「ええ。特定の時間に開くように。そうしないと視察の状況をずっと送り続けることになりますから。おたがいにそれは難しいので、そのように。ちょうど、モーガンさんの書庫にお邪魔した時間帯がその時間に当たっていました」
「なるほど。それがきっかけになって、私の書庫に入れたということか」
「なんとも言えませんが。師父たちもそのようなことは聞いたこともなかったようです」
「そうかね」
まぁ、それはともかく、彼をオレとテオの部屋に連れてきて、一緒に入浴する。
スエツグは遠慮したが、無理矢理にバスルームに入れた。
「君の左腕はしばらく使えないんだから、誰かの世話が必要だ」
「だからといって、モーガンさんにお願いは――」
その先は言わせない。
「ほかの者に押し付けるつもりはない。それとも入浴せずにこの城にいるつもりかね? いくら君が王室の客人でも、それは失礼ではないかね?」
スエツグは、どうにも答えられなくて、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
彼の左腕は、パックされているので、ぬれても大丈夫だ。
人工皮膚のようなものと考えればいい。
空気も通すし、汗も出てくる。
だが、水は通さないし、触覚は感じられない。
スエツグの左腕は、“腐肉食い”によって蝕まれていた。
傷口を中心に細胞組織がやられていて、その範囲は肩口から手の甲までと広範囲だ。
動かせないわけではないが、細胞の再生をうながすには動かさない方がいい、と医師から言われている。
だから彼の世話をする必要がある。
部屋の中のことなら、彼にもロボットが与えられているからいいが、さすがに入浴には使えない。
彼にも言ったとおり、ほかの者に押し付けたりはしない。
彼を見つけたのは、オレなのだから。
だが、少し後悔もしている。
彼の髪が思った以上に長かったからだ。
三つ編みにして腰まである彼の髪は、ほどくと床にまで達していた。
「長いな」
「そうですか? まぁ、そうかもしれませんね。でも切るわけにいかないんですよ、〈マニ教〉の戒めで」
「では、大人たちも?」
「いいえ。子どものあいだだけです。大人になったら剃髪します。中には短くするだけの者もいますが。寺院での生活を続けるのなら、剃髪しなければなりません」
「寺院での生活以外に何があるんだね?」
「ふつうの暮らしです。農家なら農家、猟師なら猟師。そんな感じで親の家業を継ぐんですよ」
「君もかね?」
「いえ。家には帰りません。教徒として、勤めを果たしていくつもりです」
「師父たちは、そのことを知っていて、視察に送り出したのかね?」
「そうだと思います。私と同じ者が同じように送り出されていましたから」
「毎年のことなのかね?」
「南の大陸では。ですが、北の大陸へは初めてなのだそうです」
「つまり、ほかの国にも送り出されているのかね?」
「はい」
「それはそれで心配だな。〈スベルト〉のように治安がいい国はないというのに」
「みな、覚悟はしてました。それだけやりがいのある仕事だと思っていましたし」
「にしても……彼らが無事かどうかはわからないのかい?」
「私から彼らに連絡は取れません。以心伝心の術は、条件付けがされていて、使えませんし。師父たちに訊いても答えてもらえるかどうか」
「訊いてみてもらえるかな。私が心配しているから、と」
「わかりました」
入浴を終え、さっぱりして、リビングに戻る。
そこには、料理が並べられていた。
それを見て、驚くスエツグ。「すごい」
「たいした料理じゃないよ」とテオ。
調理を彼に任せてあったのだ。
「いいえ。それに知らない食材ばかりです」
「そう言えば」と思い出した。「ラクロア王も同じことを言っていたな」
「えっ?」と驚いて、こちらを見るスエツグ。「ラクロア王がこちらに?」
「ああ。船でね。いまごろは、まだ帰路の途中だろう」
「そうですか。〈ラクロア王国〉と〈マニ教国〉は少ないながら交易をしています。こちらから〈ラクロア〉に薬を。あちらからは紙を」
「紙?」
「はい。文書を作成するのに必要でして、子どもたちの勉強にも使われます」
「自分たちで作れないと?」
「いえ、作れるんですが、どうしても質が粗いので」
「ああ、使うにはちょっと、ということだね」
「はい」
席に座る。
彼は右利き、“腐肉食い”にやられたのは左腕、だから食事に支障はない。
「おいしいです、テオさん」
「よかった。病院からのデータで、アレルギーはないとはわかっているんだけど、好き嫌いは誰でもあるからね。ちょっと気になってたんだ」
「あれるぎー? なんですか?」
「アレルギーというのはね、取り込んだものに身体が異常な反応をすることなんだ。かゆみだったり、痛みだったり。悪い場合は、死んでしまうこともあるんだよ」
「それは……怖いですね」
「でも君の場合は、その心配がないんだそうだ」
「よかった。それに好き嫌いはありません。そういう風に育ちましたから。でも」
「でも?」
「肉を食べるのは、久しぶりです」
「食べないのかね? 寺院では」と訊いてみる。戒律で食べないのかと思って。
「食べます、寺院の全員にまわるだけの量があれば。でもほとんどは師父たちの分しかありません」
「それは可哀想だな」とテオ。
スエツグは、笑顔で首を振った。
「ミタニ師父が、代用食を作ってくれますから」
「代用食? 肉の代わりに?」
「はい。ミタニ師父は、長年調理を担当されてきました。それは、ミタニ師父に“絶対味覚”が備わっていたからというのと、調理の天才だったということからだそうです」
「“絶対味覚”?」
「はい。食べたものの味がどんなに微妙でもわかるのです。どんな調味料を使っているとか、どのくらいの量を使っているのかとか。ですから人が作って味わったものを、ほぼそのまま同じように作ることができるんです」
「それはすごい」
「ミタニ師父のすごいところは、その味や食感を別の食材や調味料で、作り上げてしまうことにあります」
「えっ? 違う食材や調味料で?」
「ええ。すごいでしょ。その代用食があるから、師父たちが食べるものを私たちも楽しめるんです」
「へぇ」
「ただ、ミタニ師父もご高齢ですので、ご自分で調理できなくなってまして。代わりに私たちが調理しなければならないのが、残念です」
「君も調理をするんだ」
「はい。ミタニ師父の指示で作ります。教えてもらった作り方は紙に書いて、調理係のみんなでまわして覚えます。本当は、そういうことをすると、ミタニ師父に怒られてしまうのですが、内緒でやってます」と彼は苦笑いした。
「つまり」とオレ。「君は調理係で、それらの作り方を覚えてるのかね?」
「はい」
「もしかして、その作り方は、かなりの数になるのかね?」
「はい。昔から受け継いできましたので、秘密の書庫がそろそろいっぱいになります」
彼の書庫には、それも入っているのだな。
「それも引き出すとしよう」とテオを見る。「食材や調味料の資料にもなる」
「そうですね」とテオ。それからスエツグに「調味料も自分たちで作るのかい?」と訊く。
「はい。外からはほとんど入ってきませんから」
「それも引き出すべきですね」
「では、君に任せてもいいかね?」
「もちろんです」
テオはうれしそうに答えた。
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