【092.マニ教】
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休日に出掛けた。
積雪はあるし、まだ雪も降っていたが、どうしても必要な食材があり、購入に出掛けなくてはならなかった。
人通りは少ない。
その代わりに公共車両が多い。
〈スベルト〉では、車両の個人所有が認められていない。
タクシーやバスがこういうときの足となる。
タクシーを拾い、スーパーマーケットに向かう。
スーパーマーケットにも人の姿は少ない。
必要な食材を購入して、表に出る。
雪の降り具合は落ち着いてきている。
それでも歩いては帰れない。
タクシーが来るのを待つしかない。
そう思って、歩きはじめた。
前方の物陰で、何かが倒れた。
“なんだろう?”と近づいた。
少年だった。
まだ大人になりきれていない思春期の少年。
黒い髪を三つ編みにしていて、その長さは腰まである。
顔面は汚れているが、青白さが目立つ。
声掛けしてみた。
反応はない。
酷くあえいでいる。
その息は、白さもない。
額に触れてみた。
冷たい。
ここまで来て、体力が尽きたのかもしれない。
救急車を呼ぶことを考えたが、この雪では来るまでに時間がかかる。
ちょうどタクシーが通りかかったので、手を挙げて停めた。
ドライバーと一緒になって、少年をタクシーの後部座席に乗せ、自分も乗り込む。
「王立病院に行ってくれ」
その方が、救急車を待つより早い。
フェイスでテオに手配を頼む。
診察を受けると、少年は重篤であることが判明した。
左腕全体が、灰色に染まっていたのだ。
それは、“腐肉食い”にやられている証拠だった。
やられた組織を洗浄し、消毒し、薬剤を塗布して、パックする。
抗生物質を投与して、点滴で栄養を注入する。
それでようすを見ることになった。
オレは、彼のそばで待機することにした。
看護は充分に行なってもらえるはずだが、このまま帰っても気になるだけだからだ。
看護師によって、少年の顔の汚れは拭い去られていた。
肌はまだ青白いが、うっすらと赤みがさしはじめている。
白人ではない。
黄色人種のようだ。
この歳で落とされることはないから、この惑星で生まれたのだろう。
彼の荷物をあらためる。
袈裟懸けのバッグ。
中身は、毛布、直径1cmほどの豆のようなものが入った袋。
服は、まるで麻布のようだ。
それでも内側に綿のようなものが入っている。
靴も似たようなものだ。
これでよく雪の中を動けていたものだ、と感心してしまう。
これらの特徴から資料を探そうと、オレは自分の書庫に意識を潜り込ませた。
時間があるときは、仮想空間的に部屋を作って、そこで検索したり、読書したり、思索したりしている。
ズラリと並ぶ本棚の前に立ち、〈スベルト〉で得た資料に手を取る。
それを開いた。
人の気配に気付いた。
驚いて、そちらを向く。
寝ているはずの少年が立っていた。
「失礼ですが、ここはどこなのでしょうか?」不安げにまわりを見回している。
「どうやって入ったんだね?」
「気付いたら、としか」
「ふむ。私は、パオロ・モーガン。君は?」
「スエツグ・マツダと申します」
「スエツグくんか。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「君は、どこから来たのかね? この〈スベルト王国〉に」
「南半球の〈マニ教国〉から来ました」
〈マニ教国〉は、〈ラクロア王国〉のとなりのとなりに位置する山岳地帯の国だ。
「〈マニ教国〉? あんなところからどうやって?」
「“物送り”されてきました」
「“物送り”されて? どういう意味だね?」
「ええと……ああ、そうか、マニ教の秘術だから知られていないのか」
「秘術?」
「はい。人や物を思ったところに送る秘術があるのです」
「人や物を思ったところに送る秘術? そんな機械があるのかね?」
「機械? いえいえ、〈マニ教国〉に機械はありません」
「とすると、人の能力のことを言っているのかね?」
「はい。もちろん、それが行なえる人間は限られていますが」
思い当たった。
「テレポートか」
テレポートは、超能力の一種だ。
瞬間的に、別の場所にジャンプすることができる。
人だけでなく、物体までも移動させることができるらしい。
いくらか文献は存在しているが、科学的に証明されていない。
この少年が“物送り”されてきたというのは信じがたいが、〈マニ教国〉から船を使って、〈スベルト〉に無事到着できる保証はない。
それだけの船の技術があれば、交易ももっと盛んになっているはずだ。
「それで君はどうして〈スベルト〉に?」
「はい。〈スベルト王国〉の視察をするように、と指示されたのです」
「視察?」
「はい。〈スベルト〉のいろいろなことを見て聞いて、それを〈マニ教国〉に伝えるのが、私の役目です」
「伝える、といってもどうやって?」
「はい。日に一度、〈マニ教国〉とつながることができます。その際にそれまでの報告を伝えるのです」
「つながる? 何を使ってだね?」
「以心伝心の術を使います」
「以心伝心……ああ、テレパシーか。なるほど」
テレパシーも超能力の一種だ。
無線を使わず、人と人とが交信できる。
これも科学的に証明されていない。
だが、多くの実験がなされてはいた。
それでも解明はされていない。
人間の脳は、いまだに未知の領域が多いのだ。
開いていた本を検索して、〈マニ教国〉について見る。
〈マニ教〉教徒は、修行によって、人間の能力を開花させ、超人的な力を発揮する。
「視察の目的はなんだね?」
「目的、ですか? 国々の最新情報を得たいだけだと思いますが」
「君自身には何も?」
「はい。視察するように、と言われているだけです」
「どのくらいの期間を?」
「特には言われていません」
「では、ずっとこちらにいるかもしれないんだね?」
「そうかもしれません」
「それにしてはずいぶんと軽装だね」
「こちらに来て驚きました。ですが、冬季には慣れていますから」
「にしてもだよ。特定の人物のところに身を寄せているわけでもないのだろう?」
「はい」
オレは、彼に近づき、彼の額に手を当てた。
次の瞬間、彼の背後にあるものが見えた。
それを気取られないようにする。
「熱は下がったようだね。とにかく、ここを出ようか」
「はい。ですが、どこにもドアがありませんが」
「うん。ここは私の頭の中だからね」
「えっ? ここは書庫ではないのですか?」
「まぁ、書庫ではあるんだが、頭の中の書庫なんだよ」
「そこに私が入り込んでしまったのですか? でもどうして?」
「それはなんとも言えないね。君がそういう修行をしたというのであれば――」
「いいえ。私には、そうした能力はない、と師父たちには言われています。修行してもそうした力を発揮することはできません」
「なるほど。とにかく出よう。君の身体が目覚めているなら、目をつぶるだけで戻れるはずだ」
そうでなければ、オレが困ることになる。
「わかりました」
彼がマブタを閉じる。
一瞬にして、彼が消えた。
それを確認してからオレも書庫をあとにした。
現実世界に戻る。
マブタを開けると、彼が目を覚ました。
「ここは?」
「病院だよ。君は、雪の中に倒れたんだ。左腕が“腐肉食い”にやられたのが原因だね」
「“腐肉食い”?」
「一種の腐敗菌だよ。左腕にケガを負った記憶はないかな?」
「あります。ああ、そうか、腐り病のことですね。治そうと思って、薬草を探したんですが、どこにも見つからなくて。それでどんどんと広がっていたんですね」
「おそらくそうなのだろう」
ベッド脇のボタンを押して、彼が目覚めたことを知らせた。
すぐに医師が診察に来た。
“腐肉食い”の進行は止まったらしい。
左腕の組織が充分に育つまでは無理をさせないように、と言われた。
「元通りになるんですか?」と少年。
「元通り、とまではいかないがね」と医師が答える。「跡は残ってしまう。だが、今後の生活に支障はないはずだよ」
それで医師は病室から出ていった。
「よかったね」
「はい」
「さっきも聞いたが、こちらでの身寄りはないんだよね?」
「はい」
「とりあえず、手配してみよう。〈スベルト〉での生活が不自由なく行なえるように」
「いえ、そんなお手間をおかけできません」
「すでに手間はかかってるよ、スエツグくん。それに君は、〈スベルト〉に視察に来たんだ。それを公式にサポートする必要がある」
「公式に?」
「そうだ。〈スベルト〉にいい印象を持ってもらいたいからね」
「モーガンさんは、どういう関係のお人なのでしょうか?」
「王室文化院で働いてる。君には、そちらの仕事を手伝ってもらえたらありがたいと思っているんだよ」
「あなたのお仕事を?」
「うん。さっき私の書庫を見たね」
「はい」
「君にも書庫があるのを見た。整然と書物が積まれていた。あれは、どんな内容なのかな?」
「私の書庫、ですか? 紙は貴重品なので、どんどんと憶えるしかないんです。書庫はあるにはありますが、勝手に持ち出すこともできませんから」
「なるほど。すべての書物を憶えているかね?」
「そのつもりです」
「私の仕事は、記憶している知識を取り出して、ほかの人に使いやすくしているんだ。君の持つ知識もそうできたらと考えている」
「取り出す? どうやって?」
「心配はいらないよ。危険なことは一切ない。君の書庫から本を広げてもらえばいいだけなんだよ。それを機械が判別して、みんなに見えるようにするんだ」
「はぁ。私はかまいませんが」
「〈マニ教〉の秘伝の書なんかも含まれているんじゃないのかね?」
「いいえ。それらは、もっと厳重に管理されていて、私などには、見せてもらえません」
「なるほど。とにかく、知識をもっと一般の人たちに開放するのが、私の仕事なんだ」
「わかりました」
オレは、病室をあとにした。
看護師たちに彼の世話を頼んで。
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