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落とされ人  作者: カーブミラー


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83/121

【083.深夜の脅し】

続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。

 その夜。

 明日にはこの洞窟を引き上げる。

 オレもみんなも眠りに落ちた。


 口を塞がれて、目を覚ました。

 暗闇の中で、老婆がオレの口を押さえていた。

 人差し指を唇につけて、オレに“静かにおし”と指示する。

 それからその指先を暗闇の中に伸ばした。

 その指し示す先を見る。

 そこはマリーンが寝ていた場所。

 マリーンが上体を起こしているのがわかる。

 緑色の明かりが彼女を照らし出した。

 サバイバルナイフがきらめき、その刃の背中をマリーンの首に押し付けていた。

 持っているのは、マイラだ。

 いつもの柔和な表情ではない。

 真剣な顔つきだ。

 “どういうことだ?”と老婆を見る。

 ふたたび、人差し指を唇につける老婆。

 オレは、小さくうなずいた。

 それだけで老婆には伝わる。

 老婆がオレの口から手を離した、ゆっくりと。

 オレが何も言わないのを“それでいい”とうなずき、”こちらへこい”と手招きされた。

 オレは、寝袋から出て、老婆のあとをついていく。

 マリーンも立たされて、オレの後ろから追い立てられるようにしてついてきた。

 老婆は、毛皮が垂れている自分の部屋へと向かった。

 その前にいる男ふたりは、イビキをかいて眠っている。

 毛皮の端を持った老婆は、脇に寄り、オレたちに“入れ”と指示をした。

 中に入ると、消毒液のニオイがした。

 病院でかぐ、刺激のあるニオイだ。

 老婆が入ってきて、毛皮を垂らした。

 マイラが、手に持っていた緑の光を放つ懐中電灯をテーブルに置き、覆いを開いた。

 マリーンをおとなしくさせていたナイフを、すでに腰の鞘に戻していた。

 緑の光が闇を押しのけていく。

「寝てるところを起こして、すまんね」と老婆。

「サバイバルナイフを使わなくてもよかったのに」

「仕方ないよ。その子に眠り薬を嗅がせたのに効かないんだから」

「眠り薬? ああ、そういうことか」

 マリーンもうなずく。

「そういう体質なのかい?」

「彼女はサイボーグなんです」

「サイ……なんだって?」

「サイボーグ。身体を機械に変えた人間です。彼女の場合、事故で全身をやられてしまったので、そうしたのだとか」

「初めて聞いたよ、そんな技術。〈スベルト〉のかい?」

「いえ。SXEの技術だそうです」

「ああ、なるほど。じゃぁ、落ちる前に?」

「ええ。それよりもこんな時間になんです? マリーンにナイフを突きつけなくてもお話は伺いますが」

「ここの連中には知られちゃまずい話でね。お嬢ちゃんがそういう身体だと知っていれば、起こさずに済んだんだが。眠り薬を嗅がせようとしたから起きちまったんだよ。仕方ないからこっちに連れてきたってわけさ」

「じゃぁ、テオにも嗅がせて」

「外のふたりにもね。ほかの連中は、熟睡してる」

「ふむ、なるほど。よっぽどのお話なんですね。私だけに聞かせたい、と」

「そういうことさ」

「マリーンは?」

「ここにいてもらいたい」

 それを聞いたマリーンは、オレの腕にしがみついた。

「このとおり、怖がっていて、私からは離れません。それに誰にも話したりしませんよ」

 マリーンは、老婆にうなずいた。

「わかったよ。ひとまず、奥に行くよ」

 老婆についていく。

 洞窟の割れ目に入る。

 女性たちはすんなりと入れるが、オレはどうしても引っ掛かる。

「ちょっと待ってくれ」

 オレは、シャツを脱いだ。

 そこにはセラミック製のベストを着ていた。

「護身用かい?」

「ええ、まぁ」

 それを外して、脱ぐ。

「ここに置いといても?」

「ああ。誰も来やしないからね」

 それでもベルトに刺したナイフだけは、鞘に収めたまま、持ち歩くことにした。

 シャツを着て、割れ目に入る。

 3人の後ろをついていく。

 マイラの懐中電灯が道を照らしているおかげで歩けるが、それがなかったら戻ることもできないだろう。

「その懐中電灯は、なんの光ですか?」

「ヒカリゴケだよ。寒天培地で培養している」

「培養? それほどの需要が?」

「まぁね。あそこのみんなには、見せたこともないけどさ」

「なぜ? それにここのことは?」

「診察室があるとだけはわかってる。だけど、その先があるのは誰も知らない」

 しばらくは誰もが黙っていた。

 歩き続けるうちに広い空間に出た。

 といっても診察室よりも少し広いだけだが。

 出入り口は、入ってきた入り口だけ。

 見回してみたが、何も置かれていない。

「ここで何を?」

 老婆は何も言わず、平らな岩肌に手のひらを押し当てた。

 一瞬にして、目がつぶれた。

 まぶしい光にやられたのだ。

 それでもマブタを開けられるようになるのに、ほんの数秒しかかからなかった。

 焼付けも起こしていない。

 だが、目の前に現れた光景にオレは息を呑んだ。

 洞窟の部屋の奥には、人工的な乳白色の部屋があり、その境目には岩壁を模したドアが開いていた。

 その人工的な部屋には、3人の女性が立っていた。

 女性たちの衣服は、ブルーのツナギ。

 長い髪をアップにしている。

 テーブルには、さまざまな容器にさまざまな色のものが入っている。

「ここは?」

「ここで薬を作っているんだよ」と老婆。

「薬だけじゃないですよね」

「わかるかい?」

「ええ。だって、この部屋自体も高度な技術が必要ですし、彼女たちの服もあの洞窟では作れないでしょ?」

「そうだね。部屋はここだけじゃない。ほかにも人間がいて、必要な技術を紡ぎだしている」

「なぜ、洞窟の人たちと一緒じゃないんです?」

「ここにいる人間は、あそこにいたら蹂躙(じゅうりん)されちまう。知的生産には適していても、狩猟採集生活には適さない」

「ということは、落とされて到着したポッドを監視していたんですか?」

「最初は、そういう装置もなかった。人を配置していたんだ。今では、着陸船が到着したらすぐに知らせが入って、私らが出迎えることになってる。そこで審査して、振り分けてるんだよ。最近では、〈スベルト〉に横取りされているがね」

 バルーンのデータからポッドがどこに落ちたかは、わかるようになっている。

 それで〈落とされ人〉を回収する部隊が動くのだ。

「それで?」

「ついておいで」

 老婆は、部屋の先にあるドアを出ていく。

 そのあとについて歩く。

 廊下もさきほどの部屋同様、乳白色の壁で覆われ、天井には発光パネル。

 階段もあれば、エレベーターもある。

 エレベーターに乗る老婆。

 エレベーターの操作盤には、もちろん、停止する階がボタンで示されている。

 少なくても10階以上はあるようだ。

「いつからこんな施設を?」

「最初は、ちょっとした掘っ立て小屋だったんだ。作りはじめたのは、私が落とされて、ほかの人間が死んだあとだね」

「死んだ?」

「ここの病気さね。それを治療する術がなかった。ちょっとしたケガでどんどん腐っていく」

「ああ、“腐肉食い”か」

「そう呼んでるのかい」

「軍の兵士が。あれは、清潔にし続けないといけないんですよね」

「そう。それもわかっていなかったからね。で、次々に死んでいった。私は、抗生物質を作ることにしたんだ。この惑星のものからね」

「それが最初だったわけですね。ここまでにするには、大変だったでしょう」

 老婆は肩をすくめた。

「それなりに、ね。でも科学者や技術者が多く落とされたおかげで助かってるよ」

「食糧なんかはどうしているんです? 上の人間と分け合ってはいないのでしょう?」

「もちろんさ。できるだけここで生産している。狩猟採集は難しいから」

 エレベーターが到着して、その箱から降りる。

 目の前は、どこかのオフィスビルのようだった。

 その空間は吹き抜けになっていて、部屋がいくつもつながり、人々が忙しそうに働いている。

 人々の服装は、さきほどの部屋にいた3人の女性が着ていたツナギと同じだが、カラーが違う。

 仕事場によって分けられているようだ。

「ツナギの色が違うのは?」

「技術者、科学者、数学者、医療関係、その他」

「これだけの人々が働いているとは思いませんでした」

「そうだろうね。あちこちで、見つけた人間も引き入れたからね」

「ああ、それでか」

「そう。医者をやってると、そういう人材が向こうから来てくれたりする。表の世界で生きるのが難しいからね。病気や狩りで死んだことにすればいいだけだ」

 連れていかれたのは、ひとつのフロアだった。

 ドアがいくつもある。

 その中のひとつに入った。

 ふたりの男性がイスから立ち上がって、出迎えてくれた。

 部屋には、デスクがあり、その上にコンピューターらしきものが鎮座している。

 ディスプレイには、いくつもの映像が映っている。

 どうやら監視カメラの映像らしい。

「ここは?」

「食物生産フロアだよ。その監視センターだね」

 ディスプレイを覗き込む。

 動物もいれば、植物も繁茂し、キノコもある。

 水槽には、魚や貝類もエビのような甲殻類もいる。

「この緑色の水槽は?」

 指差したのは、ライトアップされた水槽。

 緑色をしている。

「微生物の一種だよ。あの明かりは、太陽光をグラスファイバーで引き入れている。葉緑体が光合成を行なうんだ」

「植物プランクトンですか」

「そんなところだね。そいつを食料の一部にしている。栄養価が高いんだ」

「なるほど。しかし、コンピューターがあるとは思いませんでした」

 老婆が笑った。

「それはコンピューターじゃないよ。たんにグラスファイバーでつなげてるだけだ」

「えっ?」

「コンピューターはあるにはある。だが、カメラの素子にできるほどの集積技術が進んでいないんだそうだ。それでグラスファイバーを使っている」

「そういうことでしたか。コンピューターは必要とする人に使わせていると」

「そのとおり。科学者や数学者は、もっと高性能なコンピューターを望んでいるんだがね。そっちの研究・開発も進めてはいるが」と首を振る老婆。

「そうそう簡単ではありませんからね。ここの電力は?」

「地下に川があって、その水流で発電してる。水には困らないね」

「なるほど」

 あちこちの事務室を案内してくれる老婆。

 案内が終り、ちょっとした休憩スペースで休む。

 ドリンクをもらい、それを飲みながら、オレは口を開いた。

「これだけの施設を私に見せた理由はなんなのですか? 必要なことなのでしょう?」

 老婆は、うなずいた。

「ここを守りたいんだよ。表の連中なんかからね」

「すでに守られて――」

「今のところはね。だが、〈スベルト〉の支配下に入ったから、いずれ見つかるだろう。その前になんとかしたい」

「〈スベルト〉に迎えることも可能だと思いますが」

 ため息をつく老婆。

「やはりその方がいいのかねぇ」

「こちらのみなさんのご意見は?」

「ほとんどの者は、まだ〈エルゼンタール〉が〈スベルト〉に併合されたことを知らないんだよ」

「なぜ?」

「わざわざ混乱を招く必要はないからさ。彼らには自分の仕事に集中してもらいたいしね」

「わかりますが、〈スベルト〉に迎えられたら、それどころではありませんが」

「そうなんだよ。だが、必要な技術も得たいしね。コンピューターなんかはそのひとつだね」

「それは、〈スベルト〉でも同様でしょう。これだけの施設を作り、維持しているんです。その技術だけでも欲しいに決まっています」

「そうだね。うまく調整ができるといいんだが」

 ふたりして、考え込んでしまう。

 とはいえ、そう簡単に知恵が浮かぶわけでもない。

「時間をください。上司とも相談してみますから」

「ここのこと、話すのかい? やっぱり」

「私個人では高が知れています。それよりも話して、現状を知ってもらう方がいいでしょう。その上で、どういう手があるのかわかるのではないかと」

 老婆は首を振った。

 渋々、「それしかないね」と呟いた。


読んでいただき、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。励みになりますので(汗)

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