【083.深夜の脅し】
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その夜。
明日にはこの洞窟を引き上げる。
オレもみんなも眠りに落ちた。
口を塞がれて、目を覚ました。
暗闇の中で、老婆がオレの口を押さえていた。
人差し指を唇につけて、オレに“静かにおし”と指示する。
それからその指先を暗闇の中に伸ばした。
その指し示す先を見る。
そこはマリーンが寝ていた場所。
マリーンが上体を起こしているのがわかる。
緑色の明かりが彼女を照らし出した。
サバイバルナイフがきらめき、その刃の背中をマリーンの首に押し付けていた。
持っているのは、マイラだ。
いつもの柔和な表情ではない。
真剣な顔つきだ。
“どういうことだ?”と老婆を見る。
ふたたび、人差し指を唇につける老婆。
オレは、小さくうなずいた。
それだけで老婆には伝わる。
老婆がオレの口から手を離した、ゆっくりと。
オレが何も言わないのを“それでいい”とうなずき、”こちらへこい”と手招きされた。
オレは、寝袋から出て、老婆のあとをついていく。
マリーンも立たされて、オレの後ろから追い立てられるようにしてついてきた。
老婆は、毛皮が垂れている自分の部屋へと向かった。
その前にいる男ふたりは、イビキをかいて眠っている。
毛皮の端を持った老婆は、脇に寄り、オレたちに“入れ”と指示をした。
中に入ると、消毒液のニオイがした。
病院でかぐ、刺激のあるニオイだ。
老婆が入ってきて、毛皮を垂らした。
マイラが、手に持っていた緑の光を放つ懐中電灯をテーブルに置き、覆いを開いた。
マリーンをおとなしくさせていたナイフを、すでに腰の鞘に戻していた。
緑の光が闇を押しのけていく。
「寝てるところを起こして、すまんね」と老婆。
「サバイバルナイフを使わなくてもよかったのに」
「仕方ないよ。その子に眠り薬を嗅がせたのに効かないんだから」
「眠り薬? ああ、そういうことか」
マリーンもうなずく。
「そういう体質なのかい?」
「彼女はサイボーグなんです」
「サイ……なんだって?」
「サイボーグ。身体を機械に変えた人間です。彼女の場合、事故で全身をやられてしまったので、そうしたのだとか」
「初めて聞いたよ、そんな技術。〈スベルト〉のかい?」
「いえ。SXEの技術だそうです」
「ああ、なるほど。じゃぁ、落ちる前に?」
「ええ。それよりもこんな時間になんです? マリーンにナイフを突きつけなくてもお話は伺いますが」
「ここの連中には知られちゃまずい話でね。お嬢ちゃんがそういう身体だと知っていれば、起こさずに済んだんだが。眠り薬を嗅がせようとしたから起きちまったんだよ。仕方ないからこっちに連れてきたってわけさ」
「じゃぁ、テオにも嗅がせて」
「外のふたりにもね。ほかの連中は、熟睡してる」
「ふむ、なるほど。よっぽどのお話なんですね。私だけに聞かせたい、と」
「そういうことさ」
「マリーンは?」
「ここにいてもらいたい」
それを聞いたマリーンは、オレの腕にしがみついた。
「このとおり、怖がっていて、私からは離れません。それに誰にも話したりしませんよ」
マリーンは、老婆にうなずいた。
「わかったよ。ひとまず、奥に行くよ」
老婆についていく。
洞窟の割れ目に入る。
女性たちはすんなりと入れるが、オレはどうしても引っ掛かる。
「ちょっと待ってくれ」
オレは、シャツを脱いだ。
そこにはセラミック製のベストを着ていた。
「護身用かい?」
「ええ、まぁ」
それを外して、脱ぐ。
「ここに置いといても?」
「ああ。誰も来やしないからね」
それでもベルトに刺したナイフだけは、鞘に収めたまま、持ち歩くことにした。
シャツを着て、割れ目に入る。
3人の後ろをついていく。
マイラの懐中電灯が道を照らしているおかげで歩けるが、それがなかったら戻ることもできないだろう。
「その懐中電灯は、なんの光ですか?」
「ヒカリゴケだよ。寒天培地で培養している」
「培養? それほどの需要が?」
「まぁね。あそこのみんなには、見せたこともないけどさ」
「なぜ? それにここのことは?」
「診察室があるとだけはわかってる。だけど、その先があるのは誰も知らない」
しばらくは誰もが黙っていた。
歩き続けるうちに広い空間に出た。
といっても診察室よりも少し広いだけだが。
出入り口は、入ってきた入り口だけ。
見回してみたが、何も置かれていない。
「ここで何を?」
老婆は何も言わず、平らな岩肌に手のひらを押し当てた。
一瞬にして、目がつぶれた。
まぶしい光にやられたのだ。
それでもマブタを開けられるようになるのに、ほんの数秒しかかからなかった。
焼付けも起こしていない。
だが、目の前に現れた光景にオレは息を呑んだ。
洞窟の部屋の奥には、人工的な乳白色の部屋があり、その境目には岩壁を模したドアが開いていた。
その人工的な部屋には、3人の女性が立っていた。
女性たちの衣服は、ブルーのツナギ。
長い髪をアップにしている。
テーブルには、さまざまな容器にさまざまな色のものが入っている。
「ここは?」
「ここで薬を作っているんだよ」と老婆。
「薬だけじゃないですよね」
「わかるかい?」
「ええ。だって、この部屋自体も高度な技術が必要ですし、彼女たちの服もあの洞窟では作れないでしょ?」
「そうだね。部屋はここだけじゃない。ほかにも人間がいて、必要な技術を紡ぎだしている」
「なぜ、洞窟の人たちと一緒じゃないんです?」
「ここにいる人間は、あそこにいたら蹂躙されちまう。知的生産には適していても、狩猟採集生活には適さない」
「ということは、落とされて到着したポッドを監視していたんですか?」
「最初は、そういう装置もなかった。人を配置していたんだ。今では、着陸船が到着したらすぐに知らせが入って、私らが出迎えることになってる。そこで審査して、振り分けてるんだよ。最近では、〈スベルト〉に横取りされているがね」
バルーンのデータからポッドがどこに落ちたかは、わかるようになっている。
それで〈落とされ人〉を回収する部隊が動くのだ。
「それで?」
「ついておいで」
老婆は、部屋の先にあるドアを出ていく。
そのあとについて歩く。
廊下もさきほどの部屋同様、乳白色の壁で覆われ、天井には発光パネル。
階段もあれば、エレベーターもある。
エレベーターに乗る老婆。
エレベーターの操作盤には、もちろん、停止する階がボタンで示されている。
少なくても10階以上はあるようだ。
「いつからこんな施設を?」
「最初は、ちょっとした掘っ立て小屋だったんだ。作りはじめたのは、私が落とされて、ほかの人間が死んだあとだね」
「死んだ?」
「ここの病気さね。それを治療する術がなかった。ちょっとしたケガでどんどん腐っていく」
「ああ、“腐肉食い”か」
「そう呼んでるのかい」
「軍の兵士が。あれは、清潔にし続けないといけないんですよね」
「そう。それもわかっていなかったからね。で、次々に死んでいった。私は、抗生物質を作ることにしたんだ。この惑星のものからね」
「それが最初だったわけですね。ここまでにするには、大変だったでしょう」
老婆は肩をすくめた。
「それなりに、ね。でも科学者や技術者が多く落とされたおかげで助かってるよ」
「食糧なんかはどうしているんです? 上の人間と分け合ってはいないのでしょう?」
「もちろんさ。できるだけここで生産している。狩猟採集は難しいから」
エレベーターが到着して、その箱から降りる。
目の前は、どこかのオフィスビルのようだった。
その空間は吹き抜けになっていて、部屋がいくつもつながり、人々が忙しそうに働いている。
人々の服装は、さきほどの部屋にいた3人の女性が着ていたツナギと同じだが、カラーが違う。
仕事場によって分けられているようだ。
「ツナギの色が違うのは?」
「技術者、科学者、数学者、医療関係、その他」
「これだけの人々が働いているとは思いませんでした」
「そうだろうね。あちこちで、見つけた人間も引き入れたからね」
「ああ、それでか」
「そう。医者をやってると、そういう人材が向こうから来てくれたりする。表の世界で生きるのが難しいからね。病気や狩りで死んだことにすればいいだけだ」
連れていかれたのは、ひとつのフロアだった。
ドアがいくつもある。
その中のひとつに入った。
ふたりの男性がイスから立ち上がって、出迎えてくれた。
部屋には、デスクがあり、その上にコンピューターらしきものが鎮座している。
ディスプレイには、いくつもの映像が映っている。
どうやら監視カメラの映像らしい。
「ここは?」
「食物生産フロアだよ。その監視センターだね」
ディスプレイを覗き込む。
動物もいれば、植物も繁茂し、キノコもある。
水槽には、魚や貝類もエビのような甲殻類もいる。
「この緑色の水槽は?」
指差したのは、ライトアップされた水槽。
緑色をしている。
「微生物の一種だよ。あの明かりは、太陽光をグラスファイバーで引き入れている。葉緑体が光合成を行なうんだ」
「植物プランクトンですか」
「そんなところだね。そいつを食料の一部にしている。栄養価が高いんだ」
「なるほど。しかし、コンピューターがあるとは思いませんでした」
老婆が笑った。
「それはコンピューターじゃないよ。たんにグラスファイバーでつなげてるだけだ」
「えっ?」
「コンピューターはあるにはある。だが、カメラの素子にできるほどの集積技術が進んでいないんだそうだ。それでグラスファイバーを使っている」
「そういうことでしたか。コンピューターは必要とする人に使わせていると」
「そのとおり。科学者や数学者は、もっと高性能なコンピューターを望んでいるんだがね。そっちの研究・開発も進めてはいるが」と首を振る老婆。
「そうそう簡単ではありませんからね。ここの電力は?」
「地下に川があって、その水流で発電してる。水には困らないね」
「なるほど」
あちこちの事務室を案内してくれる老婆。
案内が終り、ちょっとした休憩スペースで休む。
ドリンクをもらい、それを飲みながら、オレは口を開いた。
「これだけの施設を私に見せた理由はなんなのですか? 必要なことなのでしょう?」
老婆は、うなずいた。
「ここを守りたいんだよ。表の連中なんかからね」
「すでに守られて――」
「今のところはね。だが、〈スベルト〉の支配下に入ったから、いずれ見つかるだろう。その前になんとかしたい」
「〈スベルト〉に迎えることも可能だと思いますが」
ため息をつく老婆。
「やはりその方がいいのかねぇ」
「こちらのみなさんのご意見は?」
「ほとんどの者は、まだ〈エルゼンタール〉が〈スベルト〉に併合されたことを知らないんだよ」
「なぜ?」
「わざわざ混乱を招く必要はないからさ。彼らには自分の仕事に集中してもらいたいしね」
「わかりますが、〈スベルト〉に迎えられたら、それどころではありませんが」
「そうなんだよ。だが、必要な技術も得たいしね。コンピューターなんかはそのひとつだね」
「それは、〈スベルト〉でも同様でしょう。これだけの施設を作り、維持しているんです。その技術だけでも欲しいに決まっています」
「そうだね。うまく調整ができるといいんだが」
ふたりして、考え込んでしまう。
とはいえ、そう簡単に知恵が浮かぶわけでもない。
「時間をください。上司とも相談してみますから」
「ここのこと、話すのかい? やっぱり」
「私個人では高が知れています。それよりも話して、現状を知ってもらう方がいいでしょう。その上で、どういう手があるのかわかるのではないかと」
老婆は首を振った。
渋々、「それしかないね」と呟いた。
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