【081.老婆との会話】
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翌日。
カマドは、表面的には乾いていた。
そこで焚き火の灰や燃えカスを入れて、余熱を加えることにした。
たいした熱量ではないが、多少は内側が乾いてくれるだろう。
ゆうべのうちに洞窟内の人々から話を聞いていた。
中には、都会的な生活を望む者の声も多くあった。
柔らかなベッドで眠りたい、お風呂に入りたい、身綺麗にしたい、清潔でいたい、いろんな料理を食べたい、と。
それに反対する声も上がった。
だが、不満が溜まっていたのは事実だ。
集合住宅の建設が進めば、洞窟からの移住が可能になる。
そうなったら誰にも止められないだろう。
お昼に発電装置と照明器具が届けられた。
「すぐに用意できるものということで、送ってもらいました」とテオ。
そこでひとまず、ソーラーパネルでバッテリーに充電を行なう。
照明器具は、洞窟中央に据えつけられた。
柱の上に白い大きな風船があり、その中にライトが入っている。
周囲を照らすには、ほどよさそうだ。
夕方。
その照明が点けられた。
人々から“おおっ”と、どよめきがあがる。
今までは、焚き火の火だけだったのだから、当然だろう。
焚き火の火では、洞窟の奥まで届かない。
それが、奥の方まで光が届き、闇を追いやってくれている。
子どもたちが、その照明のまわりに集まって見上げている。
「どうやら喜んでくれてるみたいですね」とテオ。
「そうだね。でも気をつけないと視神経が高ぶって眠れなくなる可能性もある」
「では、就寝の1時間前に照度を落とすようにしておきましょう。それと光の色も変わるように」
「それがいい」
テオがすぐに調整。
そこへひとりの女性が近づいてきた。
老婆の助手をしているマイラだ。
老婆が、話がしたい、と言っているという。
すぐに老婆のそばに行く。
となりの席を勧めてくれる老婆。
「明るいのは、いいね」
「少々、明るすぎでは?」
「今までに比べたらね。寝る前の調整もしたんだろう?」
「はい、ついさきほど」
「〈スベルト〉では、ほかにどんな技術を持っているんだい?」
そこでオレが知っている限りの話をする。
「ほぉ、ジェット機も作り出したか」
「そのおかげで、助け出されました」
「どういう話だい?」
そこで落とされてからの経緯を話す。
「さすがにそのジェット機では乗せられなかったか」
「ひとり乗りですからね」
「あの若者ふたりは、おまえさんとどういう?」
「私の下で働いてくれています」
「おまえさんの仕事は、王室文化院で知識をまとめてる、と言っていたね」
「ええ。私はそこで、自分の記憶から知識を取り出しているのです」
「取り出す? どうやって?」
「脳波からイメージを構成しなおすのです。ほとんどが文字情報なので、対応する文字を見た際の脳波を知ることができます。それをコンピューターで解析します」
「なんと! それは身体にセンサーを埋め込むのかい?」
「いいえ。取り出す際には、電極を頭につけますが、手術で何かを埋め込むことはしていません」
「取り出しはうまくいくのかね?」
「ほとんど。絵画のような情報は無理ですが。それと検索するためにOCRにかけねばなりません。OCRというのは、イメージ情報から文字情報に変換するプログラムのことです」
「イメージと文字との違いは?」
「情報量の違いでしょうか。イメージはあくまで画像です。文字情報だけなら画像情報の数十分の1で済みます。その分、検索も早くなります。それからメモリーに蓄積するにも容量を気にしなくて済みます」
「それだけの利点があるわけか」
「ええ」
「医療関係の技術はどうかね?」
やはり気になるか。
同じように話す。
「そんなものか」と鼻から息を噴き出す老婆。
「もっと高度なものだったと?」
「ん? いやいや、充分に高度だよ」と慌てる老婆。
何か隠しているのだろうか?
「おまえさんの知識は、どのくらいあるんだね?」
「この頭の中にですか? 小さな図書館より少しあるかと」
「そんなに?」
「いろいろと詰め込みましたので」
「すべてを正確に記憶しているのかい?」
「ええ。人間の脳は、イメージを記憶しやすいようですね」
「それにしてもたいしたものだね。生まれつきのものかい?」
「いいえ。記憶術ですよ。習ったのは、10代後半です」
「そこから記憶していったのかい。それにしたって多くないかい?」
「専門分野のものに絞っても何万冊もありますから。そこから選りすぐって記憶するので」
「それでもそんなに?」
「いろんな分野のものが必要でしてね。いつのまにかそんな量になってしまいました。ですが、おかげで〈スベルト〉でいい待遇を受けています。“知識は宝”なのだそうです」
「確かに。ここでは無用の長物だがね」
「そうでしょうか?」
老婆が怪訝な目を向けてきた。
「と言うと?」
「生活に必要なことだけなら口頭でも済むでしょう。しかし、子々孫々、語り継ぐのであれば、文字は必要です。また、得た知識を積み上げていくのにも文字は必要です。文字を操るには、知識が必要です。どちらかだけでは、おっしゃるとおり無意味ですがね」
「なるほど。だが、日々の生活に追われていてはそうすることもできない。それに文字を書くには、筆記具が必要だ。紙もね。それを作ることもできない。それでは口頭で伝えるしかないだろう」
「作ろうと思えば作れます。紙もペンも代用品はいくらでも転がっています。平らな石に燃えさしで書くことだってできますよ」
「ははは」と老婆は笑った。「なるほど。おまえさんの言うとおりだね。だが、それを思いつかなければ同じことだよ」
「なるほど。ですが、あなたなら思いついたはずだ」
「なぜ、そう思う?」
「あなたは、医師だ。患者のデータを記録する必要がある。すべての患者のデータを記憶に入れておくのは、難しい。近隣住民のことも診ているのでしょう? であれば、筆記具を必要とするはずです。薬を作るにしてもそれを記録しておきたいはずです。口伝という手はありますがね」
「その口伝をマイラにしているんだがね」
「カルテは?」
「それも、だよ」
「では、彼女はあなたの後継者?」
老婆がうなずく。
「ならば、今後は筆記具を用意して、記録をつけるようにした方がいいですね。今後のために」
「筆記具を用意してくれると?」
「必要であれば、手配してみましょう」
「頼むとしようかね」
オレはうなずいた。
テオに手配を頼む。
「おまえさんに頼めば、なんでも揃えてくれるのかい? コンピューターも?」
「物にもよるでしょうが、できるだけ揃えてみますよ」
「それだけの権限があるんだね、おまえさんに」
「権限はありませんよ。手配するだけです」
「ふうん」
老婆はそれっきり口を利かなくなり、オレをその席から追い出した。
夕食は、ゆうべと変わらない。
訊くと、毎日の献立は似たり寄ったりなのだそうだ。
狩りがうまくいかないときは、根菜や木の実だけになることもあるという。
どうもここの人たちは教育レベルが低い気がする。
生活できるレベルを維持しているだけだ。
もっと知恵を働かせれば、いろいろと工夫できるはずなのだが。
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