【080.洞窟生活】
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翌朝。
サリオスとの朝食。
ゆうべの料理とたいして違わない。
「眠れたか?」
「ああ。ここには料理人は落ちてこなかったのかね?」
「こんな料理しか出せなくて、すまない。城で食べるようなものがないんでな。野菜工場のおかげで、葉物野菜が手に入るようになっただけ、マシなんだよ」
「それにしても」
「我慢してくれ」
「わかった。ただもう少し手が加えられるだろうに、と思っただけだ」
「ああ」
「ところで、昨日言っていた問題とは?」
「なぁに、いまだに以前からの生活に固執している人間たちがいてな。ちょっとした抗議をしてくるんだ」
「抗議? 何かされているのか?」
「人的被害はないんだが、いろいろと手出ししてくるんだ。剣でいろいろと決めてきたから、いまさら話し合いで、というのも嫌らしい」
「まぁ、わからんでもないが」
「とにかく、おまえたちの身の安全は守る。心配しないでくれ」
「そうしてもらえると助かる。それで本来の仕事についてだが」
サリオスがうなずく。
「〈エルゼンタール〉は、〈スベルト〉の南部に位置しているが、海にも近い。夏場は台風、冬場は大雪に襲われる。先日の台風でもこうした住宅に被害はなかった。洞窟生活者にも被害はなかった。だが、旧来の家々は、屋根を吹き飛ばされたり、倒れたりした」
「死傷者は?」
「死亡者はふたり。あとはケガ人だ。少なくはない」
「残念だな」
「ああ。今度は冬が来るわけだ。被害が出る前に備えたい」
「今までは?」
「旧来の家に住む者たちも洞窟に避難してた。そのあいだに雪で家が倒れたりもしている」
「それなのにその土地を離れないのか?」
「ああ。まわりは食料が豊富だ。それを捨ててまで離れようとはしない」
「なるほど」
「本当は、こうした住居をもっと建てられればいいんだが、すぐには無理だ。何か対策を立てられないかと陛下に相談したんだ。それでおまえが送られてきた」
「なるほど。では、対象とする場所を見なくてはならんな」
「もちろんだ。案内させる」
そこは、洞窟のひとつだった。
中は薄暗い。
中央には、焚き火がくすぶっている。
目が慣れてくると、あちこちにいる人々のようすがわかってきた。
毛皮で胸や腰を覆っている。
座っている腰の下にも毛皮を敷いている。
男はヒゲもじゃで、髪もバサバサ、汗脂でてかっている。
女はできるだけきれいにしているが、それなりだ。
子どももいる。
中に進むと、煙と糞尿のニオイ。
だが、それほど酷くはない。
できるだけ、清潔にはしているようだ。
「これがふつうの暮らしかね?」
「そうです」とタッカー。「我々も同じように生活していました」
「冬場は?」
「焚き火を絶やさず、毛皮を着込んでいます。洞窟入り口に毛皮を吊って、暖かい空気が逃げるのを防ぎます」
「それで間に合うのかね?」
「毎年、何人かが凍死します」
「準備は?」
「ひと冬分の薪を。それと肉や魚を燻製にして、果実も集めています」
「足りるのかね?」
彼は首を振った。
「冬の終わりごろには、不足するようになります」
「だろうね。水はどうしてる?」
「素焼きのツボに。あとは、雪や氷を融かしています」
ここに必要なのは、暖房器具、調理器具、水溜めの容器か。
洞窟を削岩して整えるのは、すぐには無理だろう。
ここだけではないだろうし。
「こうした人の住む洞窟はどのくらいあるのかね?」
「大小100近く」
となると時間的余裕がないと見た方がいいだろう。
すぐに手が出せる範囲からやっていかないといけない。
それもこの土地で手に入るもので。
オレは、記憶をまさぐった。
「この土地でレンガは?」
「いえ。どうやって作るのかさえ、知りません」
「それ以前か」
焚き火では、燃焼効率が悪い。
もっと効率のいい暖房設備にしないと。
薪ストーブが欲しいところだが、すぐには無理だ。
「素焼きのツボは、作れるんだよね?」
「ええ」
「その材料は、どこでも手に入るかね?」
「そうですねぇ……おそらく手に入るかと。なかったとしても近場から取り寄せられます」
「よろしい」
まず、焚き火の横のスペースにカマドを作ることにした。
焚き火で煮炊きをしているのだから場所的にはいいはずだ。
男たちに石を、女たちに粘土や土器の破片を集めさせた。
夜のことも考えなければならない。
焚き火が唯一の明かりになるからだ。
「テオ」
「はい、先生」
「発電設備と照明器具を何か手配できるかな?」
「ここだけですか?」
「いや、すべての洞窟に、だ」
「わかりました」
「すぐに用意できるもので頼む」
「はい」
大きめの石を土台に、粘土と石を積み上げていく。
ふた口使えるようにするつもりだ。
カマドの内側に、粘土で土器の破片をくっつけておく。
子どもたちが近くでずっと見ている。
“この大人は何をやっているんだろう?”と興味津々だ。
女たちも子どもたちのまわりから覗き込んでいる。
口の大きさは、ここで使われている素焼きの鍋が使えるくらいにする。
こんなものを作るのは、初めてだ。
だから本当に使えるのかどうかわからない。
それでも知識を参考にして作るしかない。
一応の形ができた。
だが、すぐに使えるわけではない。
粘土を乾燥させないとダメだ。
そこでスコットとタッカーに宿泊の準備をお願いした。
「お泊りに?」
「ええ。カマドを作ったはいいが、まだ使える状態ではありません。ある程度は乾かさないと。そのあいだにほかに必要なものがないかを、自分自身で見つけたいと思います」
「なるほど。寝袋でも大丈夫でしょうか?」
「結構です」
「我々は外にテントを張ることにします。先生方は、こちらで休むということで、長には話しておきます」
「お願いします」
長のところに行くスコットと、兵士のところへ行くタッカー。
ここの長は、40代前半。
ガッシリした身体は、ここの男たちの例に漏れない。
だが、そんな長よりも気になる存在がいた。
洞窟の奥に男がふたり座っており、その背中の壁に毛皮が垂れ下がっている。
そのふたりの男たちの前には、ひとりの老婆と20代後半の女性が座っていた。
老婆の目がずっとオレを見ていた。
その視線はしっかりとしていて、何も見逃すまい、と向けられているようだ。
スコットが戻ってきた。
「了解したそうです」
「わかりました。ところであの老婆は何者です?」
「シャーマンと言えばいいのかな」
「シャーマン? 祈祷師なのかね?」
「いえいえ。落とされる前は医者だったとかで、ここで医療行為を行なっています。彼女のおかげで近隣の住民はケガや病気になっても、酷くならずに済んでいるんです」
「薬はどうしているのかね?」
「彼女とその助手が作っているそうです。ときどき、その材料を運び込むんだとか」
薬を作るには、それなりの知識が必要だ。
どの材料にどんな薬効成分があるのかを知っていなければならない。
そして、どうやってその成分を取り出すのかも。
あとで話を聞いてみよう。
夕方。
狩りをしていた男たちが戻ってきた。
獲物は、“クラウン”と呼ばれる大型草食獣。
クラウンは、大きいが、頭は小さく、オスは王冠のようなツノを持つ。
そのツノから名前がつけられた。
ツノは、繁殖期のメスの奪い合いに使われ、その際に折れることもある。
繁殖期を過ぎるとそのツノは抜け、繁殖期が訪れはじめるとまた生えてくる。
すでに解体されていたので、焚き火で、焼かれ、肉が焼けるニオイで、洞窟のあちこちから雷のような低い響きが聞こえてくる。
お腹の鳴る音だ。
それは、誰にも抑えられない。
別の焚き火が起こされ、大きな石が火のまわりに置かれ、その上に素焼きの鍋が置かれた。
その中に水が入れられ、沸騰するのを待って、岩塩とざく切りの根菜が入れられた。
焼いている肉にも岩塩が削りかけられる。
根菜や肉を切るのに使っているのは、サバイバルナイフだ。
何度も研いでいるのだろう、幅が細くなっていた。
オレたちの前に出されたのは、素焼きの皿ではなく、直径30cmほどの葉っぱ。
その上に切り分けられた肉と煮込んだ根菜。
根菜を煮込んだスープは、取っ手のない木製のコップに注がれて出てきた。
食べてみると、塩分が多い。
まぁ、男たちは身体を使っているから、これだけの塩分を必要とするのだろう。
女たちは、小さな石器ナイフで肉から塩分をこそげとって食べている。
彼女たちには、塩っ辛いのだ。
マリーンもそばの女性からナイフを渡され、同じようにして食べる。
老婆のところに行った。
目つきが厳しい。
老婆の後ろの男ふたりもだ。
助手の女は、柔和な表情。
「お話を伺えないでしょうか?」と老婆に話しかけた。
「あんたは、どういう人なんだね?」
オレは、自分の名前と自分の立場を説明した。
「王室文化院?」
「はい。あらゆる知識をまとめているところです」
「なのにカマドを作りに来たのかい?」
「冬場に備えて、必要なものをご用意しようと」
「それがカマド?」
「あれは、薪の燃焼効率を上げて、薪を節約するためのものです」
「節約ね。なるほど。ほかには?」
「夜間の照明を準備させています」
「ありがたいね」
「ほかは今のところ、なんとも言えません。何か必要と思われるものはありませんか?」
「たとえば?」
「冬場の寒さ対策とか、備蓄だとか。あなたは医師だとも聞きましたので、そっち方面でも」
「そうだねぇ……マイラ、何かあったかね?」と助手に訊く老婆。
「雪で洞窟同士の行き来が難しくなります」
「ああ、そうだね」
「雪ですか。患者も簡単には動かせませんね」
「ああ。私らが行くわけにもいかないからね。この歳ではちとな」
「わかります。せめて、雪に埋もれない道が欲しいところですね」
「そうだね」
「洞窟同士はつながってはいないのですか?」
「そういうところは少ないね。あっても同じ集落で使ってる」
「なるほど。ほかには?」とマイラに顔を向ける。
マイラは、思いつくものを次々にあげていった。
「どこまでご用意できるか、わかりませんが」
「全部の洞窟に用意するつもりかい?」
「できるだけ。冬の到来よりも早く用意できるといいんですがね」
「そうしてもらえると助かるよ」
「それで薬などは?」
「必要な薬は、備蓄してある。そうそう困るようなことはないだろう」
「なるほど。ところで、どうやって薬を作っているのですか?」
老婆が含み笑いした。
「企業秘密だよ」
「ですが、それがあれば、ほかの土地のかたがたも――」
「そうだろうね。だが、そこまでの材料はない」
「こちらで薬草を栽培したりすれば」
「難しいね」
「そうですか。残念です」
「期待してたかね?」
「それなりに。ですが、いずれは公開してもらいたいところです」
「考えとくよ」
「今はそれで我慢します」
「それがいいね。それはそうと」
「はい」
「〈スベルト〉では子どもを狩り集めてるそうだね」
「あはは、狩りはしてませんね。でも集めているのは確かです。城に集めて、育成しています」
「ここの子どもたちも?」
「〈エルゼンタール〉の子どもたちは、このままです。すでに大きくなってますし。ただ教育は支援するという話を聞いています」
「そうかね。教育か。ここでそれがうまくいくといいがね」
「日々の生活の方が忙しいと?」
「まぁね。子どもには子どもの仕事があるからね」
「意識改革が必要ですか」
「生活に余裕が出てくれば、教育に割ける時間も出てくるだろうさね」
「確かに」
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