【078.ターゲット】
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外は雨。
秋の長雨。
うっとうしい。
ここのところ、ずっと雨が続いている。
テオもマリーンも鬱々としている。
オレもだ。
そんなある日にアネットがやってきた。
オレと話をするためにだ。
会議室にふたりきりになる。
「それで?」と切り出す。
「例の件です」
オレは、うなずいた。
ターニャのことだ。
彼女は、ターニャと一緒に落ちてきた人間を調べていた。
「ターニャには、刑務所にいたときにひとりだけ仲間がいました。ですが、落とされて、別れ離れになったようです」
「その仲間は、回収されなかった?」
「はい。提携する国々にも落ちていません。おそらく惑星の反対側に落とされたのではないかと」
「ということは、回収された段階で、彼女の仲間は」
「いません」
「では、彼女だけなのですね、〈スベルト〉にいるのは」
「はい」
「だとすれば、新しい仲間を見つけるか、協力者を見つけるかするはずですね。彼女の外出は?」
「していますが、洋服を見ているだけで、人との接触はありませんでした」
「そうですか。こちらでもこれといった兆候は見られていません。何かわかったら連絡します」
「お願いします」
長雨が続いていたある日、久しぶりに晴れた。
雲は出ていたが、明るい陽射しに、みんなが笑顔になっている。
ところが、テオは浮かない顔で、ターニャを早引きさせた。
「どうしたんだね?」
「彼女、ここのところ、集中できないんです。ほかのことに気を取られているらしくて」
「ほかのことに?」
「ええ。訊いても話してくれなくて。過去のことなんですかねぇ」
オレみたいに詐欺師を続けるつもりがなくなったのだろうか?
それで悩んでいるのか?
にしてもそうなるには原因がなければならないが……
「わかった。取り出せているのは?」
インデックスリストを受け取る。
半分は終えている。
「まぁ、一時的なものだろう。焦らせずにゆっくりやってくれ」
「そうします」
それから1週間が経ったが、ターニャの集中力は、落ちたままだ。
「先生」とテオが声をかけてきた。
「どうした?」
「ターニャが先生と話をしたいと」
「私と? わかった」
会議室に案内された。
ドアの前でテオを見る。
「どうして、会議室に?」
「どうしてもふたりだけで、というので」
「そうか」
会議室に入って、ドアを閉めた。
中では、ターニャが立って待っていた。
オレに一礼する。
「私に話があるとか」
「はい」
「まぁ、座って」
おたがい、イスに腰を落ち着けた。
ターニャは、深刻そうな顔で、オレを見つめている。
「このところの不調と何か関係があるのですか?」
うなずくターニャ。
「仕事がはかどらずに申し訳ありません、先生」
「いいんですよ。誰でも不調なときはある。私でもね」
「そう言っていただけると」
「それで? 相談ごとですかな?」
「はい……こんなことを言われても困るとは思うのですが」
「なんでも言ってみてください。あなたの便宜を図るのも私の役目なんですから」
「はい……私、先生が好きです」
おやおや、ターゲットは私だったか。
顔相からは、真剣で嘘偽りのないように見える。
「私のことを? ですが、それほど話をしたわけでもなかったはずですが」
「テオさんからいろいろと聞きました。最初は、尊敬していただけなんですが、今では先生に恋してしまって。それで仕事にならなくなって」
「なるほど」
オレは、彼女の両手を取った。
彼女がオレを見る。
「ありがとう。こんな美人に告白されて、うれしいですよ、ターニャ」
「では」
信じられない、という顔をするターニャ。
オレは、彼女の手を見た、さりげなく。
もちろん、そこに彼女の本心が見てとれた。
ウソだと。
だが、ターニャは本気でオレを求めている。
すがりつきたい一心で、オレをターゲットにしている。
彼女は、下を見た。
「あなたに彼女がいることは、テオさんから聞きました」
「それなのに告白したのですか?」
「はい。気持ちを抑えられなくて。それで仕事にも集中できなくて」
「自分をコントロールする術をお持ちですね、あなたは」
彼女が一瞬かたまった。
それからゆっくりと顔を上げた。
「なん、ですって?」
「本気で私を落とそうとしている。そのために自分の精神状態を恋愛モードにしている」
首を振るターニャ。
「何を言っているのか、わかりません」
「男を捕まえて、騙す。詐欺師なのでしょう?」
「何を?」と信じられない表情。
「私をターゲットにしても得られるものは少ないですよ、ターニャ」
「私は本気で先生を――」
「落とそうとしている。でもね、経験済みなんです。騙されるのは」
ターニャの表情が変わった。
態度も。
身体を背もたれに預ける。
「なぁんだ、そういうことね。でもどこからそうだと?」
「まず、インデックスのタイトル。複数冊が私をターゲットにした女性のものと同じでした。それからあなたの手」
「私の手?」と自分の両手をひねって見つめる。
「あなたは、手相は見ないんですね」
「手相? ああ、その手があったか」と額をピシッと左手で叩いた。
「顔相の方は、うまくコントロールしてましたがね」
「先生は、占い師なの?」
「そこまでは。単なる知識を応用しているだけです」
「そう」
「私をターゲットにした本当の理由はなんですか?」
「もちろん、不自由のない生活よ」
「今でも充分だと思いますが?」
彼女が左手を振った。
「同居人がいるし、部屋もせまい。給料だって少ない。食事もなんだかねぇ」
「なるほど。広い屋敷に自分ひとりで住んで、召使にあれこれさせて、お金にも不自由しない。食事も有名なコックに作らせたい。そんなところですか」
「いいわね。でもここじゃ、難しそう。ターゲットになる男が少なすぎる」
オレは、ほくそえんだ。
「そうかもな。王様がいればよかっただろうが、死去して、その跡継ぎは12歳の女の子だ。彼女のまわりの側近たちもこの国をもっとよくしようとがんばっている。当然、賄賂なんか横行していないし、不正な輩もほとんどいない。確かに女詐欺師には不利だな」
「金持ち、いないの?」
「私の知り合いには、いないな。見たこともない」
彼女は、気落ちして、小さくなった。
それからオレを見た。
「なんとかできない? 先生、女、好きでしょ?」
「間に合ってるよ。お誘いはうれしいがね。君はふつうの恋愛はできないのかね?」
「無理。男は騙してなんぼよ。こっちは、お金目当てなんだから」
オレは、ため息をひとつついた。
「だよな。ふつうの恋愛ができるなら、詐欺師なんてしてないもんな」
「そうよ……どういう意味? 先生の言い方だと女詐欺師を何人も知ってるみたいよ?」
「知ってるのは、ひとりだけだよ。だが、彼女とは長い付き合いだった」
「詐欺師と知ってて?」
うなずく。
「ターゲットは、私ではなかったからね。それに子どもだったし」
「ああ、なるほど。子役として使われてたんだ」
肩をすくめた。
「そんなところだね」
「じゃぁ、私のことを見抜かれても不思議はないわね」
「そういうこと。さて、問題はだ」
「問題? ああ、私を突き出すかってこと?」
「簡単に言うとね」
「いいわよ。ここのムショ、どんなところ?」
「幸か不幸か、知らないな。だが、今後一切、詐欺を働かないと誓えるならば、ムショにいく必要はないだろう。ふつうに仕事をして、ふつうに給料をもらって、ふつうに暮らせばいい」
「ふつう、ね。ひとり暮らしは無理?」
「いや。だが、ワンルーム程度になるだろうな。それに食事も自分でなんとかしないと」
「そうね。やっていけると思う?」
「やっていくしかないだろうな」
「そうよね」
彼女は、大きなため息をついた。
アネットに来てもらった。
ターニャが女詐欺師であることを話し、今後のことを話し合う。
そこで決まったのは、ターニャにひとり部屋が用意されることだ。
「いいの?」
「詐欺行為を見張るための監視人の必要は、もうありませんから」
「監視人? ああ、最初からわかってたんだ」
「怪しいと思っていましたから。パオロからもそうではないかと」
「あはは。先生だけじゃなかったんだ。でもひとりになれるのはうれしいわ」
「それから仕事についてですが」
「今の仕事を続けるんでしょ? あと半分だけど」
「それはお願いします。パオロ、終わったら教えてくださいます?」
「もちろん」
「では、それから話し合いましょう。あなたに合った仕事を見つけるために」
それからターニャは、集中力を取り戻し、それまでの半分の期間で仕事を終えた。
彼女はアネットに連れられて、事務室を去っていった。
次の仕事については何も聞いていない。
その後の消息も。
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