【075.知識人】
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〈落とされ人〉たちと別れてから、ほぼ1週間が経った。
オレと室長は、会議室に呼ばれた。
会議室には、アネット・マネリー――オレに今の仕事を世話してくれた女性――と、もうひとりの女性が待っていた。
美しい女性で、年齢は20代後半から30代前半。
白い肌で、緑の瞳、金髪はゆるやかなウェーブを描いている。
魅惑的な笑みを浮かべている。
薄化粧だ。
王国には化粧品も揃っているから、もっと濃くできるはずなのだが。
身長は、160cmといったところだろう。
ほどよいボディーラインを定番服で包んでいる。
こういっては失礼だが、男好きする女性だ。
アネットがそれぞれの紹介をしてくれる。
その女性は、ターニャ・フロンチェフスキー。
「ターニャも」とアネット。「パオロと同じように知識を記憶術で記憶しているそうです」
おや。
「では、その知識を取り出すために?」
室長がアネットに尋ねた。
「できれば」
「パオロ?」とオレを見る室長。
「ターニャ」と彼女に話しかける。
「はい」
「その記憶は、イメージすることができますね?」
「ええ。瞬間記憶で憶えていますから、すぐにイメージできます」
オレはうなずいた。
「それなら大丈夫でしょう。調整をしてみます。できるかどうかは、それでわかりますから」
調整は、テオが担当する。
アネットも同席した。
マリーンもだ。
「ターニャ」オレが説明する。「この調整で、イメージの取り出しが可能かどうかを調べます」
「はい」
不安げなようす。
「取り出しが可能だとわかったら、微調整の作業に入ります。ちょっと根気のいる作業です」
「はい」
「それが済めば、順次、取り出しを行なってもらいます。その作業はちょっと退屈かもしれませんね。そうそう、これから行なう調整や作業で、あなたの頭に電極をつけてもらいますが、あなたに電流を流すわけではありませんので、そんなに不安にならずに、肩の力を抜いてください」
「はい」
彼女は力を抜こうと、両肩をほぐしはじめた。
ほぐれたところで、テオが彼女の頭に電極をつけていく。
本来なら脳科学研究室で専門家が行なうべき作業なのだが、彼らは今、別の作業で忙しい。
それに彼らの手を煩わせるほどの作業でもない。
調整がはじまった。
まず、ひと文字ずつ、文字をイメージしてもらう。
それから単語をイメージ。
その脳波をコンピューターが解析して、画面に出力。
この段階でうまくいけば、イメージを取り出すことが可能だ、とわかるのだ。
テオがオレにうなずいた。
オレもうなずき返し、ターニャに声をかけた。
「ターニャ、君の知識を取り出せるようだ」
彼女がオレを見て、微笑んだ。
「よかった」
「まずは、インデックスをイメージしてもらえないかな」
「インデックス?」
「君の知識の一覧だね。それを見て、どれを取り出すかを決めたいんだ」
「わかりました」
インデックスの取り出しは、この段階でもできる。
もちろん、内容の方は、正確を期すためにも、きちんと調整が終わってからにしなければならない。
インデックスのイメージが、解析され、プリントアウトされた。
それを眺める。
オレは、それを見て、いぶかしんだ。
彼女は、オレのよく知る人物と同じ書籍を読んでいた。
一冊だけではない。
何冊も重なっている。
だからといって、ターニャが、その人物と同じ職業についているとは限らない。
「ちょっと失礼」
オレは、ターニャの手を取って、眺め見た。
手相を見ているのだ。
手相もオレの知識にある。
どうやら同じ職業らしい。
「なるほど」
「何か?」とターニャ。
「おきれいな手だったので、つい。いや、失礼」
「褒められるとは思いませんでしたわ」
「繊細な指先を見ると、どうもね」と微笑む。
「指フェチですの?」
「そんなところです」
彼女から離れた。
アネットがそばに来る。
小声で「何かわかったことでも?」と尋ねられた。
「なぜ、そうお思いに?」とささやく。
「少し不審な点が」
「なるほど。のちほど、お話しましょう」
「わかりました」
微調整作業に入った。
その場をテオとマリーンに任せて、オレとアネットは会議室を出て、別の会議室に入った。
「それで?」とアネット。
「“過去は過去”とはいきませんか」
「どうも彼女は、混乱のもとになりそうですので。美人なだけではない気が」
「さすがですね。ターニャは、詐欺師です」
「詐欺師?」
「ええ。私の知人が騙されたことがありましてね。その相手と同じような書籍を読んでいたんです。だから手相を見たのです」
「手相も見られるのですか、あなたは」と驚いている。
「私の知識に手相も含まれているのですよ。顔相も占星術もね。さすがに細かいことはわかりませんが、それでもいろいろなことがわかります」
「なるほど。それで彼女は危険な存在でしょうか?」
「詐欺を働くか、と?」
「はい。上と同じ犯罪を犯す可能性があれば、隔離処置を取らねばなりません」
「そうですか。だが、インデックスを見る限り、取り出すべきものは多い。私の知識とは別のものですから」
「そうですか」アネットは、しばらく考え込んで、それからオレを見て言った。「取り出し作業をお任せしても?」
「もちろん」
「こちらでは、彼女の監視をすることにします」
「監視まで?」
「念のためですわ。詐欺師はどのように仕事をするのでしょうか?」
「ふむ。これは知人が騙された経緯をもとにしての話ですが」
「はい」
「まず対象となる人物のことを調べます。どこまで調べるかは仕事内容次第でしょう。それから接触し、騙す。少しずつ金品を引き出すか、一気に引き出すか、それは詐欺師によって異なるでしょう。知人の場合は、前者でした」
「なるほど。ターニャは、どちらでしょう?」
「手相から考えると、前者かと。後者だとしても協力者が必要になります。そうなると一緒に落とされた可能性もありますね」
「協力者、か……わかりました。こちらで調べてみますわ」
その夜。
食事を終えてから話す。
「テオ」
「はい、先生」
「彼女を担当してもらえるかね?」
「わかりました。代わりにマリーンを先生につけても大丈夫ですか?」
「そうだね。手順はわかっているわけだし。でもなぜだね?」
「マリーンから、先生のお手伝いをしたい、と言ってきてたので」
「そうかね。感心だね」
「ええ。今の仕事にも慣れはじめてましたから、次の段階に進めるのもいいかと」
「だね。彼女の意中の人については、何かわかったかね?」
「それが全然。強いて言えば、先生ですね」
「私? まさかだろう?」とテオに問いただす。
「強いて言えば、ですよ、先生」と笑う。「本当にそうだと思っているわけじゃありません。尊敬から崇拝に変わってはいますがね」
「崇拝ねぇ……それにしても驚かさないでくれよ」
「あはは。でも嫌いじゃないでしょ、彼女のこと」
「もちろんだよ。とてもいい子だ」
「私もそう思います。落とされるような子じゃありませんよ」
「そうだね。だが、“過去は過去”だ」
「ええ。それにここの生活にも馴染んでます。友だちもできて、楽しくやってますよ」
「楽しんでるか。いいことだ。君自身はどうかね?」
「仕事もプライベートも楽しんでます。ご心配にはおよびませんよ」と微笑むテオ。
「君のことだ。心配はしてないがね」
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