【067.ストレス発散】
続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。
オレは、疲れて、漂っていた。
天井には、発光パネルの暖色系の光。
身体の下は、水。
その水は、ぬるい。
漂っているのは、温水プールの水の上。
疲れは、ずっと泳いでいたため、体力がなくなったからだ。
まわりでは、数人が泳ぎまわったり、オレと同じように水に浮かんで漂っている。
この温水プールは、城内にある。
一般には開放されていない。
ジムに併設されているプールだ。
ときどき、こうして泳いでいる。
ストレス発散とも憂さ晴らしとも言える。
これといって、不満はないはずなのだが、ときどき自分でもどうにもできないときがある。
そんなときに泳いでいる。
今日は、そんなときだった。
表面のオレと内面のオレとの摩擦が原因かもしれない。
本来のオレは、こそ泥であり、詐欺師だ。
それが今は教授のフリをしている。
まぁ、荒々しい面を見せたこともあったが。
だが、こそ泥だったころを思い返せば、その日暮らしではあったが、悪くない生活だった気がする。
気がついたら、施設だった。
そう、オレは、捨てられたのだ。
施設では、食事は最低、扱いも最低。
いつのまにか、自分で生きるようになっていた。
あの女に会っていなければ、もっと早くに死んでいただろう、街なかの影で。
あのころは、それでもいいと思っていたものだ。
それが、女のおかげで、詐欺師になった。
自分じゃない人間になって、人を騙した。
いい生活をしてきたが、その分、自分を偽ってもいた。
今もそうだ。
偽りのマスクを今の自分から外すのは、いったいいつになるのだろう?
オレは、水に漂うのをやめ、水から上がった。
途端に重力が襲ってくる。
ヨタヨタと近くのテーブルに近づき、そこのイスに腰掛けた。
男性ウエイターに手を振る。
近くに来るのを待って、温かい飲み物を頼んだ。
いくつかの飲み物をあげてくれたので、その中のひとつを頼む。
すぐさま運ばれてきた。
ホットフルーツジュースだ。
甘味と酸味がある。
身体の中で染み込んでいく。
この生活が悪いとも思ってはいない。
この惑星に落とされた時点で、オレの罪は消えている。
詐欺行為も行なっていない。
まぁ、ひとりの命を奪ったことはあるが、あれは女王陛下を守るためだ。
陛下が殺されれば、オレの仕事に響く。
正当防衛と言えよう。
「先生」と声をかけられた。
振り向くとマリーンが立っていた。
ジム貸し出しのワンピースの水着を着ている。
その上にタオルを羽織っている。
「やぁ。君も泳ぎに?」
「はい」
空いている席を勧める。
彼女が腰を降ろした。
「何か飲むかね?」
「あとで。先生、お疲れのようですけど」と心配顔。
「ん? 心配にはおよばんよ。めいいっぱい、泳いだんだ。それで疲れただけだから」
「そうでしたか」
彼女のことは、もうミリーとは別人なのだ、とわかっている。
そう思って見れば、確かに別人でしかない。
似てはいるが、それだけだ。
「慣れたかね?」
「えっ?」とこちらを振り向くマリーン。
「この惑星に、という意味だよ」
「ああ」と微笑む。「まだなんとも。日々の出来事に追われて、生活しているだけで」
「私もだよ。そういう意味では、仕事があってよかったと思うね」
「私もです。仕事がなかったらたぶん……」
「たぶん?」
「自殺してたかも」
「自殺? またどうして?」
彼女がまた私を見た、しっかりと。
それからプールに目を移した。
「私は、父を殺しました」
「そう……だったか」
「結果的にですけど。でも殺してしまったことには変わりありません。それで終身刑になりました」
「結果的に、か。訊いてもいいかな? どういう意味なのか」
「私は自殺をしたんです。自殺の理由は、自分がわからなくなって、死んでしまいたいと思ったから。その自殺現場を父が発見して。どうしてそうなったのか憶えていませんけど。気がついたときには、父は死んでいました」
彼女は遠くを見つめていた。
そのときのことを思い出しているのだろうか?
「そうだったか」
「私、死んだ父を見たとき、泣かなかったんです。ひと粒も。潤んでもいなかった」
「気が動転してたんだろう」
「そうかもしれません。でもその後も泣かなかったんです。そのようすを見て、陪審員たちは、私が父を殺したのだ、と判断したんです。ふつうなら裁判の途中でも泣いているはずだと」
「ウソ泣きする人もいるから、当てにはならんな、そんな理屈」
彼女は、クスッと笑った。
でもすぐに真顔に戻った。
「ひとりでいるときも泣きませんでした。もしかしたら本当に父を殺したのかもしれません」
「お父さんは、どんな人だった?」
「私には優しい人でした。ほかの人には厳しく当たっていました」
「そう。君がお父さんを殺す理由はないね」
「なくもありません」
「ん?」
「私の過去を一切、話してはくれませんでしたし、叱ってもくれなかった。そういう不満は溜まっていましたから」
「ふむ」
過去の記憶がない、と彼女は言っていた。
いったいどんな過去があったというのだろう?
「写真はなかったのかね?」
「ありました。両親に抱かれている写真。まだ赤ん坊のときの。その一枚だけでした」
「お母さんは?」
「私が生まれて、すぐに病気で死んだとしか」
「ふむ」
妻を亡くし、娘を溺愛していた父親か。
娘としては、窮屈だったのだろう。
もしかしたら彼女が記憶をなくした事故も自殺だったのかもしれない。
彼女は、ヒザの上の自分の手を見下ろした。
「こんな機械の身体になってまで、生きたいとは思っていませんでした」
「だが、生きている。それには、理由があるんだと思うよ。今はまだ何もわからないだけで」
彼女は、まっすぐ前を見た。
「泳いできます」
「うん」
タオルをイスに置き、身体をほぐすと、プールの端にある階段を使って、その身を沈めていった。
オレは、その姿を目で追う。
軽く潜って、無人のコースに現れると、彼女は背泳ぎをはじめた。
なぜ、彼女は、オレに話したのだろうか?
読んでいただき、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。励みになりますので(汗)




