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落とされ人  作者: カーブミラー


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53/65

【053.アイカ】

続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。

 庭園には、池もある。

 そこには、小魚が泳いでいた。

 レフティーが、池の浅瀬に足を踏み入れ、翼を軽く広げ、池を覗き込んだ。

 どうやら翼で影を作り、水の中を見ようとしているらしい。

 しばらくすると彼女が水中に素早く顔を突き入れた。

 頭を上げると口には、小魚がその身体をビチビチとくねらせて逃げようとしている。

 彼女の口には、細かい尖った歯が無数に生えていて、小魚を逃がすことはない。

 ヒナふたりが、それを見ていた。

 見られていることをレフティーが確認すると、彼女は小魚を飲み込んだ。

 どうやら小魚の捕まえ方をレクチャーしているらしい。

 ヒナふたりが興味を示して、池に入っていく。

 トールがまちがって、池の深いところに足を突っ込んでしまい、身体ごと池に落ちる。

 慌てふためくトール。

 彼らの足には、水かきはない。

 羽をばたつかせながら浅瀬に辿り着いた。

 息を整え、身体をゆすって、水滴をふるい落とす。

 “ひでぇ目にあった”と言うようにピーッと鳴く。

 エレナがトールに向かって、ひと鳴き。

 “バカみたい”と言っているようだ。

 そこでまたケンカがはじまった。

 水がバシャバシャと音を立て、あたりにまき散らされる。

 レフティーは、すでに池から離れていた。

 トールがまた、深みにはまった。

 エレナも危なく、引きずられてしまうところだった。

 すぐに浅瀬に上がるトール。

 また、水滴をふるい落とす。

 それからしばらく口ゲンカをしていたが、水から上がって、追いかけっこをはじめた。

 魚を捕まえることなど、もう忘れている。

 レフティーが、フゥッとため息をついた。

「おまえさんも大変だな」


 翌日もレフティーは同じように、ヒナたちに小魚を獲って見せた。

 ふたりは、それを見て、思い出したように池に入った。

 ふたりとも羽を軽く広げて、水の中を覗く。

 影を求めて、小魚がふたりの足元に近づく。

 ふたりが同時に水に突っ込もうとして、頭がぶつかった。

 口論がはじまり、ケンカになった。

 追いかけっこになる。

 レフティーが、ため息をつく。

「今日もダメですな」


 レフティーが羽ばたくようになった。

 筋力トレーニングだ。

 飛べるほど、まだ筋力は戻っていない。

 ヒナたちふたりは、小魚を獲る練習。

 レフティーが、エサを与えなくなったのだ。

 別々のエサ入れを用意していたのだが、レフティーが独り占めしてしまう。

 どうやら“小魚を獲りなさい”とヒナたちにうながしているらしい。

 ふたりは、玄関ドアを開けると、争うように池へと滑空した。

 ふと、人の気配を感じた。

 あたりを見回すと、廊下の奥からひとりの男性が、ヒナたちのようすを覗き見ている。

 オレと目が合うと、会釈ではなく、深々とお辞儀をした。

 ヒナたちの集中をとぎらせないように、と静かにそちらへと移動した。

「おはようございます」

「おはようございます」

「何か御用でも?」

 男性は、60代半ばで、白髪を短く刈り揃え、白い肌には深いシワが刻まれている。

 定番の服。

 その手には、つばのある白い布製の帽子を持っていた。

「わたくし、ドナルド・ヘーガンと申しまして、城内の庭園を管理している者でございます」

「ああ、あなたが。いつも美しい草木を楽しんでおります」

「うれしいお言葉を。ありがとうございます」

「いえ。それで?」

「はい。あちらの池の魚についてでございます」

 池の魚?

「まさか、珍しい魚だったんですか? あの小魚」

 彼が微笑んだ。

「いえいえ。ご安心を。ふつうの淡水魚でございます。池には魚がいた方がいいと入れてございました」

 よかった。

 珍しい魚をヒナたちのエサにしてたとしたら、一大事だ。

「しかし」と言葉が続いた。笑みはそのままだ。「あのごようすでは、すぐにいなくなってしまうのではないでしょうか」

 ヒナたちの方を見る。

 真剣に小魚を捕まえて、食している。

「育ち盛りですからねぇ」

「もしよろしければ、新しく入れておきますが」

「お手数では?」

「ご心配なく。じつは、養殖をしておりまして、水棲動物のエサにしているんです」

「水棲動物?」

「はい。動物と言いましても身動きするわけではなく、水中で花を広げているようなものでして」

「水中で花を? もしかして、イソギンチャクのようなものですか?」

「イソ? その名前は存じませんが。その動物は、ここでは“アイカ”と呼ばれております」

「“アイカ”……それを見ることはできますか?」

「それは無理かと。陛下の御部屋にありますので」

「陛下の御部屋に……なるほど。ちょっと無理そうですね」

「映像でよろしければ」

 彼のフェイスと自分のフェイスを接触させた。

 それで目的の映像がコピーできた。

 画面を見る。

 水槽の中で、確かに大輪の花が咲いていた。

 オレンジ色の花びらがヒラヒラしている。

 根元には、緑色の藻のような葉がある。

「葉のように見えているのは、共生植物です。アイカのフンを栄養にしているそうです」

「共生植物、ですか」

 映像の中に小魚が出てきた。

 小魚がアイカの真上を泳ぐ。

 すると花の中心から細長いものが出てきて、その小魚を捕まえると、花の中に引っ込んで、花びらが包み込む。

 ほんの一瞬のできごとだった。

「こんなに素早いんですか?」

「はい。小魚5匹まで連続で食べられます。陛下の御部屋には、6匹おりますので、毎日、それなりの数を食べさせておいでです」

「陛下自ら、ですか?」

「はい。以前、湖の視察においでになった際に、そこの猟師からプレゼントされたとか」

「その湖には、アイカがたくさんいるんですか?」

「聞いた話では、それほどではないそうです。一緒の水槽にするとどちらかが死ぬまでのケンカになるんだとか」

「そこまで? どうして?」

「さぁ。おそらく生きるためでしょう。縄張りが近ければ、小魚にとっては危険度が増しますからな。近づいてこなくなるのではないでしょうか」

「なるほど。そうなったら生きていけませんからね」

「はい」

 彼が去るのを見送った。

 小魚は、あとで池に追加してくれる、という。

 ヒナたちふたりは、真剣に小魚を捕まえていた。

 彼がいたことには、気付いていないようだった。

 その代わり、レフティーが玄関からこちらを見ていた。

 そばに行く。

「彼が、小魚を増やしてくれるそうだよ」

 言葉は通じないが、心配はしてなさそうだ。


読んでいただき、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。励みになりますので(汗)

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