【053.アイカ】
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庭園には、池もある。
そこには、小魚が泳いでいた。
レフティーが、池の浅瀬に足を踏み入れ、翼を軽く広げ、池を覗き込んだ。
どうやら翼で影を作り、水の中を見ようとしているらしい。
しばらくすると彼女が水中に素早く顔を突き入れた。
頭を上げると口には、小魚がその身体をビチビチとくねらせて逃げようとしている。
彼女の口には、細かい尖った歯が無数に生えていて、小魚を逃がすことはない。
ヒナふたりが、それを見ていた。
見られていることをレフティーが確認すると、彼女は小魚を飲み込んだ。
どうやら小魚の捕まえ方をレクチャーしているらしい。
ヒナふたりが興味を示して、池に入っていく。
トールがまちがって、池の深いところに足を突っ込んでしまい、身体ごと池に落ちる。
慌てふためくトール。
彼らの足には、水かきはない。
羽をばたつかせながら浅瀬に辿り着いた。
息を整え、身体をゆすって、水滴をふるい落とす。
“ひでぇ目にあった”と言うようにピーッと鳴く。
エレナがトールに向かって、ひと鳴き。
“バカみたい”と言っているようだ。
そこでまたケンカがはじまった。
水がバシャバシャと音を立て、あたりにまき散らされる。
レフティーは、すでに池から離れていた。
トールがまた、深みにはまった。
エレナも危なく、引きずられてしまうところだった。
すぐに浅瀬に上がるトール。
また、水滴をふるい落とす。
それからしばらく口ゲンカをしていたが、水から上がって、追いかけっこをはじめた。
魚を捕まえることなど、もう忘れている。
レフティーが、フゥッとため息をついた。
「おまえさんも大変だな」
翌日もレフティーは同じように、ヒナたちに小魚を獲って見せた。
ふたりは、それを見て、思い出したように池に入った。
ふたりとも羽を軽く広げて、水の中を覗く。
影を求めて、小魚がふたりの足元に近づく。
ふたりが同時に水に突っ込もうとして、頭がぶつかった。
口論がはじまり、ケンカになった。
追いかけっこになる。
レフティーが、ため息をつく。
「今日もダメですな」
レフティーが羽ばたくようになった。
筋力トレーニングだ。
飛べるほど、まだ筋力は戻っていない。
ヒナたちふたりは、小魚を獲る練習。
レフティーが、エサを与えなくなったのだ。
別々のエサ入れを用意していたのだが、レフティーが独り占めしてしまう。
どうやら“小魚を獲りなさい”とヒナたちにうながしているらしい。
ふたりは、玄関ドアを開けると、争うように池へと滑空した。
ふと、人の気配を感じた。
あたりを見回すと、廊下の奥からひとりの男性が、ヒナたちのようすを覗き見ている。
オレと目が合うと、会釈ではなく、深々とお辞儀をした。
ヒナたちの集中をとぎらせないように、と静かにそちらへと移動した。
「おはようございます」
「おはようございます」
「何か御用でも?」
男性は、60代半ばで、白髪を短く刈り揃え、白い肌には深いシワが刻まれている。
定番の服。
その手には、つばのある白い布製の帽子を持っていた。
「わたくし、ドナルド・ヘーガンと申しまして、城内の庭園を管理している者でございます」
「ああ、あなたが。いつも美しい草木を楽しんでおります」
「うれしいお言葉を。ありがとうございます」
「いえ。それで?」
「はい。あちらの池の魚についてでございます」
池の魚?
「まさか、珍しい魚だったんですか? あの小魚」
彼が微笑んだ。
「いえいえ。ご安心を。ふつうの淡水魚でございます。池には魚がいた方がいいと入れてございました」
よかった。
珍しい魚をヒナたちのエサにしてたとしたら、一大事だ。
「しかし」と言葉が続いた。笑みはそのままだ。「あのごようすでは、すぐにいなくなってしまうのではないでしょうか」
ヒナたちの方を見る。
真剣に小魚を捕まえて、食している。
「育ち盛りですからねぇ」
「もしよろしければ、新しく入れておきますが」
「お手数では?」
「ご心配なく。じつは、養殖をしておりまして、水棲動物のエサにしているんです」
「水棲動物?」
「はい。動物と言いましても身動きするわけではなく、水中で花を広げているようなものでして」
「水中で花を? もしかして、イソギンチャクのようなものですか?」
「イソ? その名前は存じませんが。その動物は、ここでは“アイカ”と呼ばれております」
「“アイカ”……それを見ることはできますか?」
「それは無理かと。陛下の御部屋にありますので」
「陛下の御部屋に……なるほど。ちょっと無理そうですね」
「映像でよろしければ」
彼のフェイスと自分のフェイスを接触させた。
それで目的の映像がコピーできた。
画面を見る。
水槽の中で、確かに大輪の花が咲いていた。
オレンジ色の花びらがヒラヒラしている。
根元には、緑色の藻のような葉がある。
「葉のように見えているのは、共生植物です。アイカのフンを栄養にしているそうです」
「共生植物、ですか」
映像の中に小魚が出てきた。
小魚がアイカの真上を泳ぐ。
すると花の中心から細長いものが出てきて、その小魚を捕まえると、花の中に引っ込んで、花びらが包み込む。
ほんの一瞬のできごとだった。
「こんなに素早いんですか?」
「はい。小魚5匹まで連続で食べられます。陛下の御部屋には、6匹おりますので、毎日、それなりの数を食べさせておいでです」
「陛下自ら、ですか?」
「はい。以前、湖の視察においでになった際に、そこの猟師からプレゼントされたとか」
「その湖には、アイカがたくさんいるんですか?」
「聞いた話では、それほどではないそうです。一緒の水槽にするとどちらかが死ぬまでのケンカになるんだとか」
「そこまで? どうして?」
「さぁ。おそらく生きるためでしょう。縄張りが近ければ、小魚にとっては危険度が増しますからな。近づいてこなくなるのではないでしょうか」
「なるほど。そうなったら生きていけませんからね」
「はい」
彼が去るのを見送った。
小魚は、あとで池に追加してくれる、という。
ヒナたちふたりは、真剣に小魚を捕まえていた。
彼がいたことには、気付いていないようだった。
その代わり、レフティーが玄関からこちらを見ていた。
そばに行く。
「彼が、小魚を増やしてくれるそうだよ」
言葉は通じないが、心配はしてなさそうだ。
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