【044.左翼】
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竜は、食欲旺盛で、買ってきた釣りエサをすぐに食べつくした。
「こいつは、先生の財布の中身を知っているんじゃないですか?」とテオが笑う。
「あはは。しかし、ほどほどにしておかないとすぐに太ってしまうな」
「太った竜ですか。ちょっと幻滅しそうですね」
竜についての情報をテオに集めてもらったが、渡り竜についての情報は、少なかった。
もともとは、王国の北部境界よりも向こうに生息しており、そこは敵対勢力の土地で、その生態を観察できないからだった。
渡り竜にとっては、国境は関係ない。
繁殖には、暖かでエサの豊富な王国内の方がいい。
それで渡ってくるのだ。
情報の中に、渡り竜の飛ぶ姿があった。
山型の編隊を組んでいる。
1匹――1羽? それとも1竜?――だけの画像を見る。
大きな翼とまっすぐに伸びた首。
2本のツノと2本の長い尾。
2本の脚は、板状の羽で、姿勢を調整しているようだ。
確かにドラゴンのようにも見える。
それで“竜”の呼び名をつけたのか?
別の種類の竜の情報にも目を通す。
翼は、渡り竜ほどの大きさがない。
ツノも小さいし、尾も短い。
脚の羽も大きくはない。
遠距離を飛ぶことがないのだろう。
生息場所は、森林地帯。
昆虫が主な食料とされている。
卵は、春の繁殖期に産み落とされる。
その卵は加工して、酒の肴として、売られている。
珍味の類い、と書かれていた。
肉は食べられるが、うまくないとか。
昆虫食なのだから、うまいような気もするが。
渡り竜に名前をつけることになった。
テオが「名前をつけた方がいいですよ」と提案したからだ。
ふたりでさんざん候補を挙げ、“ああでもない、こうでもない”と選んだ。
「渡り竜くん、今から君は、“レフティー”だ」
「その名前なら、こいつがオスでもメスでも、変じゃありませんね」
そう、この渡り竜の性別がわからないのだ。
何しろ情報が少ないのだから。
「左翼を骨折しているからという理由もあるがね。“ブラックビューティー”も捨てがたいんだが」
「それだとほかの渡り竜と同じですよ。お腹の青もあるのに」
「そうなんだよねぇ」
「“レフティー”が一番ですよ、先生」
レフティーは、自分の名前が勝手に決められたことには、ちっとも気付いていない。
黒ガラスの瞳をこちらに向けて、じっとしている。
レフティーの世話は、当然ながらオレの責任で行なうことになった。
エサと水は、朝と昼に与える。
フンの掃除は、一日に一度。
食欲は旺盛だ。
釣りエサは、マリーンに買いに行かせている。
「腕を這い上がってくるんじゃないか、と不安です」と彼女。
「あはは。大丈夫だよ。みんな容器の中にいるんだからね」
「わかってはいるんですけど」と苦笑い。
虫が苦手なのだ。
彼女にもレフティーを見せる。
「意外と大きいんですね」
「ああ。ほかの竜よりも大きいらしい」
「でも目がきれい。宝石みたいです」
「確かに」
室長も見に来た。
「初めて見るのよ。竜がいるとは聞いていたんだけどね。でもイメージとは違うわね」
「飛んでいる姿は、確かに竜のようですがね。編隊飛行をしているところからすると、群れで行動するようです。この子は、その群れからはぐれたのかもしれませんね」
レフティーは、胸を張って、こちらを見続けている。
見知らぬ人間に対しての警戒心からだろう。
オレだけになると、こちらを見てはいるが、脚をたたんで、首を伸ばして、タオルに腹ばいになる。
その姿は犬のよう。
尻尾が上に持ち上げられ、それが左右に揺れる。
まるでネコの尻尾を思わせる。
オレが近づいていくと、レフティーは長い首を持ち上げて、オレの顔を見上げた。
尻尾を揺らすのをやめている。
人差し指をレフティーの頭に伸ばした。
触れられる直前に、レフティーが口先で人差し指をつつく。
噛むこともできたはずだ。
そこでこちらもレフティーの口先をつついてみせた。
レフティーは、ピーッとひと鳴きする。
その頭を人差し指の腹でなでた。
レフティーは、マブタを閉じて、指の感触を味わう。
こちらもだ。
滑らかな肌だ。
ツノにも触れたが、それほど硬くはない。
一度放して、レフティーがマブタを開けると、そのアゴ下を人差し指でかいた。
レフティーは、オレのすることを抗議もせずに受け入れている。
だが、オレは、それ以上触れるのをやめた。
一度に触りすぎない方がいいだろう、と考えて。
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