【230.患者】
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夕方。
部隊は、包囲をせばめた。
カプセルからは放射線も出ていないし、熱量もなくなったからだ。
会議用のテントも近くに移設された。
評議会からの指示は、包囲続行、だ。
おそらく、上からの連絡がないのだろう。
(使節団との通信は、依然として、亜空間通信を使っています)とアル。
(わかった)
アルは、すでに調査船に戻っていた。
シェロアとの念話は、相手を特定できているので、もう機械を使う必要はないからだ。
それとともに調査船も、カプセルから離れていた。
ハッチを元通りに閉じて。
(ドクター・スベトは、患者を見守っています。手は尽くしたようで、患者が目覚めるのを待っているようです。患者にこれといって、変化は見られません)
(そうか。あとでそちらに行って、ドクターと話をしてみよう)
(わかりました)
(言葉はわかりそうかね?)
(いいえ。まだヒントも出てきていません。どこから来たのかもわからないし)
(そうか。何かあったら呼び出してくれ)
(わかりました)
夜。
就寝時刻になり、仮設住宅の一室で、オレはひとりになった。
そこから調査船にジャンプする。
「患者は?」
「まだです」とアル。
患者が寝かされている部屋に案内された。
患者は、上半身、裸。
腹這いで寝かされている。
その横で、背もたれのないイスに座っている砂色の宇宙人がいる。
身長は180cmほど。
そのツノは、枝分かれが多く、美しい。
砂色のドクターが見守る前で、白銀の背中を動きまわるリスのような小動物がいた。
2匹だ。
(スベト?)と念をかけた。
こちらを向くドクター。
オレを見て、一瞬ひるんだが、すぐに平常心を取り戻す。
その白地に黒い瞳が、マブタで細められた。
それから鼻から息を吐き、声を発した。
「*****」(誰かね?)
どうやら彼らの鼻孔に声帯膜があるようだ。
これは、黒い個体にはなかったものだ。
ということは、あれらには言葉を発する能力はなかった、ということか。
(声は出さずに。パオロです)
(ああ、君がそうかね)
マブタが開かれた。
微笑の念。
(はい。患者の容態は?)
(落ち着いてるよ)
(そうですか。その小動物は?)
(彼の小動物だ)
(発音は)
ドクターの鼻が開く。
「フェレ」
死んだ3人のフェレは、司令官の要請で、すでに母船に送ってあった。
(ペット、ですか)
(ペット? いやいや、共生動物だよ)
(共生動物?)
その小動物は、本物のリスそっくりで、前脚の小さな手でウロコを取り、モグモグと食べている。
(古くなったウロコを食べたり、ツノの表面を舐めたり、歯をきれいに保ったりしている。そうすることでこちらは清潔でいられる。小さな傷も舐めて、癒してもくれる。この動物にとって、エサも得られれば、安全も得られる。我々は宿主というわけだ)
(ああ、だから“あるじ”と呼んでいたのか)
(この子らと話ができたのかね?)
(念を送ってきました。つたないですがね)
(そうか。これらは、番であったり、親子だったり、兄弟だったりだ。我々の大きさによって、その数は異なる。司令官クラスになると10匹以上だ)
(それはすごい。いや、あの大きさを見たら納得できる数か)
(司令官に会ったのかね?)
(いえ。ですが、司令官の目を通して、司令官の手を見たので)
(なるほど。こうして話ができるというのは、ありがたいな。特に異種族同士では)
(ええ。あなたがたには、こうした能力はないのですか?)
(残念ながら聞いたこともない)
(そうですか)
(話は変わるが、医学者として、また生物学者として、君たちの身体に興味があるんだがね)
そこでアルに頼んで、ソラ人の透過図を出してもらい、ドクターに説明をしていく。
(なるほど。外見の形状は似ていても中身はだいぶ違うのだな)
(ですが、おたがいに生きとし生ける生物には違いありません)
(確かに)
ふと、小動物に目が行った。
2匹とも宿主の顔を覗き込んでいる。
ドクターもそれを見た。
(心配なんだろうな、この子らも)
(でしょうね。ああ、そういえば)
(ん?)とオレに向くドクター。
(カプセルに3組のフェレがいました。おそらく死んだ3人のものと思われますが)
(きっとそうだろう。死を覚悟したのだ)
(だからフェレを?)
(そう。フェレは我々にとっては、かけがえのない動物だ。自分が死ぬとき、フェレに自分の魂を託し、次の者に渡すのだ)
(つまり、魂はフェレによって受け継がれていく、と?)
(そのとおり。そのフェレが死んだとき、初めて彼らの魂が、先祖の地へと向かうのだ)
(なるほど。それで司令官が、送るように、と言ったのか)
(君たちには、そうした動物などはいないのかね?)
(フェレのような特定の動物はいません。ですが、大事にしていた物を受け渡すことがあります。それに思いを込めて)ドクターは、うなずきの念を浮かべた。(魂は、その人物の死とともに、約束の地へと旅立ちます)
(なるほど。その約束の地には、先祖が?)
(はい。家族も友人もそこにいます)
納得の念が伝わってきた。
そのとき、大きく息を吸い込む音がした。
ふたりして、患者を見た。
それは、患者の呼吸音だった。
低く響く音が、患者の鼻から噴き出された。
「ネネカ」とドクターが声をかけた。
その声は、鼻腔から出ていた。
“ネネカ”というのが、患者の名前なのだ、と気付く。
患者のマブタが細く開かれた。
そこには、銀色の虹彩と黒い瞳孔がある。
まだ意識はボンヤリとしている。
「*****」(ここはどこだ?)
「***********」(この惑星の住民の家だ)
「***」(そうか。全員、無事か?)
「******* ***********」(3人が死んだ。ほかはかすり傷程度だ)
「*** ****」(3人? 誰だ?)
ドクターから、3人の名前が告げられた。
「******」(3人のフェレは?)
「******* ****」(君と一緒のカプセルで脱出した。無事だ。もう司令官のもとに送り出してある)
ネネカは、ひと息吐き出すと(そうか)と安堵した。
ネネカの前では、フェレ2匹が心配そうに鳴いている。
ネネカから微笑みの念が出てきた。
(心配するな。大丈夫だ)とフェレに思いを伝えている。
それを感じ取ったのだろう、2匹はネネカの鼻を、その前脚でポンポンと叩いた。
ネネカは、口を開いた。
恐ろしいほどの牙と尖った細かい歯の列が見える。
それらは、美しいほどに白い。
オレは、自分の目を疑った。
フェレ2匹が、そのネネカの口中に入っていったのだ。
(スベト、フェレはなぜ口の中に?)
(ネネカの口を掃除しに入っただけだ)
彼らにとっては、ふつうのことなのだな。
スベトがオレを見た。
(ネネカが目覚めたことを全員に知らせてもらえまいか)
(わかりました。伝えます。司令官にも?)
(そうだな)
オレは、シェロアとホウウェイ司令官に念を送った。
喜びの念が返ってきた。
フェレが口内の掃除を終えると、ネネカはふたたび眠りに落ちた。
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